27―2
「なぜ俺たちにサフィームを発見させた?」
敵意にも似た、強い眼光だった。
クレロワにとって、マティスの言葉は、予想外。思わず押し黙り、反応が遅れた。
「クレロワさん。確かに俺たちはあなたの依頼で遺跡に向かった。でも、サフィームの発見はあなたに関係ない事ですよね?」
「俺はあの発見は意図的で、あんたがそれに関わっていると踏んでいるんだがね。どうやらこいつらはまだあんたを信用したいらしい」
明日駆が弱々しく質問してくる。マティスは変わらず威圧的に言を放つ。
どうやら向こうも一枚岩ではないらしい。
(なるほど…… どうにかして海底遺跡に行ったのか。それで何かを掴んだ、といったところか)
いずれにせよ、追求されている内容は事実。それに対する答え次第では、一触即発になりかねない。
クレロワは思案し、そして……
「……全て君たちの察した通りだ」
重く、口を動かした。
重い空気が、大きく淀む。
答えに対し、明日駆とネムはあからさまに落胆している。
一方、マティスは微笑を覗かせていた。
素直に認める決断は、ひとまずの時間稼ぎにはなった。
「なぜサフィームを発見させたかについては、残念ながら単独では返答しかねる」
『という事なのだが…… 来てくれないか』
返答をはぐらかしつつ、クレロワはテレパシーで音吏を呼ぶ。
その間も、マティスは威圧的に詰め寄ってくる。
が、その口が開くより先に部屋の扉が開かれた。
「……あ!」
開扉一番、なぜか明日駆の驚き声が。
やって来た音吏を見ての反応の様だが、これまたなぜかすぐに押し黙り、知らん振りを決め込んだ。
「初めまして。私は音吏という。君達の話は聞いておるよ」
音吏が詳しく自己紹介を続ける中でも、明日駆はなにやらそわそわと上の空。
さらに、ネムも似たような仕草をしている。 何かある、と容易に想像付いたが、今は検索する時では無い。
「サフィームの話に触れるには、まず話しておかなければならない事がある。いいかな?」
音吏には、なにかうまくはぐらかす策があるようだ。淀みの無い物言いに、クレロワは余裕の様を見る。
「まずは、ワンダラーについてから始めていこう」
そしていよいよ本題に進む。
ワンダラー誕生の仕組み。誕生した後に行った、旧文明の次元昇華。
それらを話し終えた後、現在のワンダラーの事情に進む。
そこで語られたのは、世界のあり方を決めるワンダラー同士の争いの事実。
このままの世界を受け入れようとする存続派。
世界の時間軸を変え、文明の改変を行おうとする退化派。
二つの派閥で争いあっている、それが主な内容だった。
「ワンダラーについてはリリさんから軽く聞いてましたが、なるほど…… 要するに今の世界をどうしたいかで争っているんですね」
軽く丸めた右手をあごを当て、明日駆が呟く。
音吏達は退化派の者達と争っていると告げた。
退化派はディセンションという力を用い、派閥が掲げる目的を成就させようとしている事も続けた話した。
「ディセンションにはネガティブオーラというものが必要になる。それが、君たちが求めた答えに関わるのだよ」
音吏の目線が、考え込む明日駆に向かった。
ネガティブオーラは、人々のマイナス思念によって溢れ出すオーラ。
それを抑止するためには、反対の作用を持つ〝ポジティブオーラ〟を世界に蔓延させる必要があるという。
サフィームを遺跡で発見させたのも、その一環だと音吏は話した。
世界中に名の知れた著名な冒険者が、遺跡から偉大なる発見をした…… その事実は、世界中にポジティブオーラを蔓延させる素材になりうる。
「さらに、サフィームの内容に触れ、自分達はまだ進化しえる存在だと知った人類は、一層の向上心を持ち邁進(まいしん)するだろう」
音吏の話はここで一旦終わった。
うまく嘘と真実を混ぜ合わせた内容は、見事の一言。
「そうだったんですか! 全ては世界を守るためだったんですね!」
明日駆は、すっかり信じ切っていた。
隣のマティスはため息をついている。
明日駆の単純さに対してか、はたまた別の感情か……
それを知ってか知らずか、明日駆は「なにか協力出来ることはないか」と聞き、意気込みをみせる。
音吏もこれには乗り気らしく、すぐに返答を返した。
「ディセンションに対抗するためにはもう一つ、重要な事がある。高濃度の生体磁場(オーラ)の確保だ。実は…… それを確保するのに少々手間取っておるのだ」
音吏はその役目を任せたいらしい。
高濃度のオーラは、クリスタルやバイオレットからは確保出来ない。
そのため、利用するのはインディゴの魂だという。
話を聞いた明日駆は、やる気満々、我先にと身を乗り出す。
と、おもいきや……
急にマティスの方を振り向き、頭を掻く仕草を始めた。
「マティスの事、気にしているみたい。いつもみたいに突っぱねるんじゃ無いかって」
ネムの声の後、久方ぶりの沈黙がやって来る。
ネムも他人事のように言うが、普段は見せない、浮ついた表情を覗かせていた。
やはりこのメンバーは一枚岩では無いのか…… マティスのワンマンチームだと考えていたクレロワは、物事の決定をメンバー内で語り合う事実を意外に思う。
「……解った。協力しよう」
結果、マティスは、音吏の依頼を受け入れた。
「マティス! 信じてたぜ。お前にも正義感があるってな!」
明日駆が調子よく持ち上げるが、マティスの表情は妙に真剣めいていた。
「協力に感謝する。ではさっそく教えておきたいことがあるのだが……」
音吏は感謝を伝えると共に、自分たちが独自に作り上げた特殊なタグを教えるという。
インディゴ、いや荒らしを浄化した際に湧き出るオーラを確保するタグである。
「なら、俺にそれを教えてくれ」
マティスは自ら志願を始めた。
ずいぶん素直である。が、面倒が無いのは良いことだ。
音吏も素直に要望を許諾。
その後、タグの指導はすぐに終わった。
マティス達が正式に、協力者になった瞬間だった。
「早速で悪いが、仲間の一人が、ある都市に荒らしを多数呼び寄せる事に成功した。君達は今すぐその地に向かい荒らしを浄化してほしい」
いきなりの任だった。
さすがに事を急ぎすぎでは…… クレロワは思うが、動じず一同の動向を伺う。
「よし! お任せあれ!」
明日駆は腕をぐるぐる回し、意気込みを見せる。
マティスは、腕から来る風圧に目を細めるが、依頼に対しては乗り気のようだ。
「じゃあ、マティス。早速いっちゃう?」
ネムも闘志を見せている。
一同が場から居なくなるのに、そう時間は掛からなかった――
*
「それにしてもあなたも人が悪い。自分たちに都合の良い事をよくもすらすら言えたものだ
静まりかえった室内で、クレロワは対話の感想を口にした。
サフィームを発見させた理由を一から話せば、アセンションの事を語らねばならない。
そしてそのアセンションの中心に自分達がいる事は、なんとしても隠し通す必要があった。
音吏が先刻話した内容は、おおむね事実。
ただ一つ、自分達もアセンションにより世界を変えようとしているという事実を改ざんし、世界の救世主然としていることを除いては……
事実の中に都合のいい作り話を混ぜ、あわよくばマティス達を仲間に引き入れる鎹思案(かすがいしあん)ともいえる知を、音吏は決行していたのである。
「ともかく、これで優秀な働き手が加わった。今は祝うとしよう。我々の計画の前進を」
音吏は、テーブルの上の空のティーカップを手にし、陽気な声を上げた。
クレロワも合わせ、手にしたティーカップを高らかに上げる。
「乾杯だ。我々に来るだろう栄光に――」
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