25―4
空焼け。
上空のフォトンエネルギーが一時的に変異し赤く輝く現象。
ザックが今いる公園は、件の現象で赤く染まっていた。
空焼けは闇を連れてくる、という言葉があるように、この赤い輝きが消える頃、たいていフォトンエネルギーが消失し夜が来る。
詳しい因果関係は不明だが、今回もそれが起きる兆しがあった。
夜は危険な現象。急いで場を離れる等の対策をしなければならない。
だが、ザックは動こうとはしなかった。
ベンチに腰を掛けたまま、固く目を閉じる。 少し姿勢を正す。
隣に置いていたカメラが、僅かに動く。
ベンチの隅、カメラはあわや、地面の堅さを知る寸前。
それでもザックに変化は無い。
なぜここまで動じないのか…… それは、周囲の状況をまるで知らないからである。
今は、目を閉じ意識を他に向けていたのだ。
(やっぱりなにもない、か……)
ワンダラーの気配、それを探して一時間が経とうとしていた。
ワンダラー同士が衝突しあえば、時間軸に僅かなラグが生じる。
ザックはそれを探知出来る数少ない者であり、これまでもその能力を使い、進化派が行うアンチ活動を抑止して来た。
だが、ある日を境に、進化派によるワンダラーへの衝突は激減した。
それはなぜか、ザックは察していた。
――ヤーニ。
タルパという常識外の方法で生み出されたその存在は、数々の常識外の力を宿し、予想外の行動を数多くしてきた。
進化派が他の派閥のワンダラーと衝突しなくなったのも、代わりにヤーニにそれを実行させているからに他ならない。
だが、解っていても今日まで抑止出来なかったのは、ヤーニの気配がまるで無いためと、もう一つ…… 出来ることなら力で咎める事はしたくないと、どこかで感じていたからである。
ワンダラー、いや…… リリ達に対する同情なのか、それは解らない。
しかし、シオンと対峙した際に聞いた言葉に、ザックの心は揺れていた。
(我々は既にアセンションの準備を概ね終えている)
それは他のワンダラーが犠牲になっているという証に他ならない。
たとえヤーニを探知出来なくとも、他に手はなかったのか…… そう自虐せずにはいられなかった。
ザックは、がむしゃらに数週間先まで探索範囲を伸ばすが、結果はやはり空回り。
「ザックさん」
疲れきった脳内に、そっと届く優しい声。 それは否応なしに、瞳を開けさせる。
「これ、落ちそうでしたよ。大切にしないと」
見ると、両手に握られたカメラが。
座るベンチの端から落ちそうになっていたのを防いでくれたと知り、一言礼をする。
カメラを受け取ると同時、夜が来る事の警鐘も受ける。
と、避難を促すラーソが、ふいに街灯を指さした。
「見てください。なかなかいい構図だと思いません?」
空やけにより、うっすらと暗くなった周囲を街灯が照らす。
その上に、翼を休めた一羽の鳥が、光を塗りつけ止まっていた。
ザックは、受け取ったカメラを構え、レンズを覗いた。
覗く間は、やはり落ち着く。
悩みや、迷いが、消えていく。
冷静さを失っていた…… それを気付かせてくれたのは、カメラか、ラーソか。
「人の業により滅びた魂こそが、人の業を浄化出来る…… 彼らの唱える言葉に反論する気はありません。ですが……」
レンズを目にし、鳥と光を捉え、意識を集中。シャッターの音と共に、再び声を放つ。
「ですが、彼らのする事を許すわけにはいきません。彼らのしようとする事もまた、人の持つ業なのだから」
シャッターの音に驚いた鳥は、あさっての方向に飛び立った。
もうすぐ夜が来る。
撮れた写真は、憂鬱を打ち消すほどに美しかった――
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