24―3
マティスと明日駆は、遺跡の中で最も高く聳えるビル、その屋上に足を運んでいた。
「後は帰るだけか。ネムが戻るまで暇だな」
頭上を見上げ明日駆は言う。
マティスもつられて首を上げる。
そこには、手が届きそうな程近くに広がる海があった。
このビルは、海と遺跡を覆う地球磁場の丁度境目、端的に言えば水を遮る膜の近くまで伸びていた。
多くの探索者は、ここから跳躍し海へと戻る。
遺跡の出口の役割を果たす事から、このビルは〝ストラトスフィア(成層圏)ビル〟と呼ばれていた。
「お、来たな」
海を見上げる二人の元に、遅れてやってきたネムが来る。
「じゃあ行くぞ」
頭上の海に向かいひとっ飛び。ザバンと音を上げ、海中に入る。
マゼンタプレートを用い、ここに至るまで掛かった時間は半日。
プレートの効力は、一度使えば三日間は失われないため、そのまま飛び込んでも支障はないのだ。
「でももう使いたくてもマゼンタプレートは使えないんだよな」
やや残念そうに明日駆は言った。
使用したパープルプレートは、リリから貰ったβ版。三回使用すれば効果が切れる代物だった。
手にした際に試しに使用した分、ヤーニとの戦闘時に使用した分、そして今回の遺跡探索を含めると、ちょうど三回目……
明日駆が手にしたマゼンタプレートは黒ずみ、ただの板と変わり果てていた。
だが、マティスとネムの持つプレートは、依然紫色のまま、まだ使えると輝いていた。
「俺はヤーニとの時意外は使ってないからな。効果はあと一回残っている」
「わたしは今が初めて。だから後二回力がある。後先考えないで使ったのは明日駆だけ」
ネムは気だるそうにそう言い、空間を保存した膜に包まれた身を移動させる。
物申そうとする明日駆を無視し、マティスもネムの後を追う。
その後は、明日駆の小言を除けばなんとも平穏だった。
海の中の遊歩。
ネムは魚と戯れ笑み、明日駆もオニューの棍を無意味に振り、したり顔。
皆思い思いに海の旅を満喫していた。
が、そうは問屋が卸さない。
「……居るな」
マティスが鋭く言ったその時…… 周りの魚達が一目散にその場を離れ、変わりに、体長五〇メートルを超える一体の生物が現れた。
細長い蛇のような胴体が特徴の〝シー・サーペント〟と言われる生物である。
クリスタルの一撃や、バイオレットの思念波でも決定打にならないため、時には荒らしより驚異となる非常に危険な存在だった。
「活きの良さそうな奴に見つかっちまったな」
明日駆は身体を半霊化させ、厄介そうに呟いた。が、言動に反し、棍を持つ手がいやに活動的だった。
マティスは臨戦態勢に入り、二人に指示を出す。
だが、指示より早く明日駆は動き出した。
五〇メートルの巨体を器用に泳がせ、噛み砕こうと向かってくるシー・サーペント。
その口をかいくぐり、うなりを上げる尾を棍で二三叩いた後、見事すり抜ける。
シー・サーペントの後を取った。
ここまではよかった。
が。
「行くぜ…… 明日駆キック!」
勇んで叫び、後頭部に当たる部分を蹴り込む。
が、バイオレットである明日駆の肉体的な攻撃は、マゼンタプレートで強化されてもなお、堅牢な皮膚を持つシー・サーペントには届かなかった。
(なにをしてるんだ、あいつは……)
はね飛ばされた明日駆を見、マティスは思う。
苦笑いを浮かべ、再度シー・サーペントに向かう明日駆。マティスはそれを仕方なく援助する。
いくら間が抜けた明日駆でも、決定打に武器ではなく肉体を用いる様な真似は普段しないはず…… そう思ながら、ふとネムの方を見る。
ネムは、シー・サーペントの尾をブロックタグで防ぎ、牙に追いやられる明日駆をラインタグで引き寄せ危機を救う。
いつもと同じ、冷静なネムだ。
マティスは胸をなで下ろした。
が、ペーストタグをネムが書いた時、再び口の閉め方を忘れてしまう。
現れた物は、背丈ほどに伸びた長い剣。
それを手にし、ネムは言った。
「明日駆はあいつを引きつけて。わたしは後ろに回る」
目を丸くし佇むマティスをつゆ知らず、二人は見事な連携でシー・サーペントを翻弄し、攻め立てる。
普段は後援に徹し、冷静に状況を見つめるネムが、武器を手に、シー・サーペントの尻尾を勇ましく切り裂いていく。
そして、明日駆の援助の元、胴体に回り込み、力強い一差しを決め込んだ。
巨体が海底に伏す振動が、マティスの元に伝わる。
倒れたシーサーペントの上…… 悠然と武器を収める二人の姿があった。
「明日駆、今の動き…… 見てたんだね。あれ」
「そういうお前こそ見てたんだな。その剣が動かぬ証拠だ」
そして二人は、互いの右手を叩き合い、息を合わせ、こう言った。
「高速機動隊!」
それは、カニールガーデンが新たに放送を始めたアニモーションの名だった。
二人は、その影響で先の様な奇行に走った訳だが、それが解せないマティスは、後ろで呆然と眺め、ため息をつく。
「……とっとと行くぞ」
周りを泳ぐ魚達は、そんなマティスを笑うかのように蒼然の中を回遊していた――
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