23―3
「貴様、一旦どうやってループタグから……」
息も絶え絶えな叫声が響く。
ザックは、思念波を放ち、声の元ごと掻き消した。
遥か遠方へ吹き飛んだそれを確認すると、息つく暇なくキーボードの前に立つスズナの元に向かう。
そして、胸に添えたブリザードフラワーに手を掛ける。
「これを。ムゲさんだけあるのも寂しいですからね」
スズナは唖然としていた。
めまぐるしく変化する局面、さすがにすべての状況を把握しきれていない様だが、それでもスズナは花を受け取った。
「ムゲ!」
「スズナ!」
突如、名を呼ぶ無数の声が、波となって押し寄せる。
歓声、である。
それは、ラグが解かれた事を意味していた。
いざこざなど知らない観客は、勢いをそのままに騒ぎ叫ぶ。
向かい来る、熱い波。
その圧は、魂に深く届く。
勢いに負けてはいられない…… 感化されたザックは、吹き飛ばしたシオンを追うため意気込んだ。
飛び立つ刹那、ザックはラーソと目を合わす。
熱気をまとい、力強く頷くラーソを見ると、勇気と気力が湧いてくる。
「三人とも、いいステージを期待しています」
言い残し、熱狂の渦から抜け出した――
*
風と木。二つが合わさり、枝が揺れる音を生む。
それが至る所から聞こえ、不気味とすらいえる森の中。
闘志を宿したザックの両目に、苦渋を浮かべ、立ち上がるシオンの姿が映る。
「ループタグを受けてしまっては、流石になりふり構っていられませんからね。それに、マゼンタプレートを持つあなたが相手なら加減する余裕もない」
一歩、二歩と挑発しながら距離を積める。
シオンは当然、是としない。
思念波を放射状に周囲に放ち、反撃の意を見せる。
しかし、ザックは歩みをやめない。手で受ける事もせず、闊歩。
今度は衝撃で折れた周りの木の幹や枝が、思念で操られ一気に飛んで来る。
それでも、ザックは止まらない。
最小限の振り払いだけで敵意を退け、三歩、四歩。
「貴様は! いったいなに……」
怒号が響く。
それを合図に、ザックは瞬間的に、叫び終わる前のシオンの前に移動した。
拳がすぐに顔面に伸びてくる。
受けるべく、下方の左手を勢い良く掬い上げる。
ガツっとした衝撃をもって、伸びるシオンの腕をいなした後、空いた右手で思念波を放つ。
無防備になった相手の腹部に、ダメージがすんなり加わる。
「くそ! なんだこの力は……」
衝撃で僅かに退いたシオンにステップで近づき、右拳、右足で上下をそれぞれ攻める。
「いや、この強さは……」
相手はもはや防戦一方。
トドメとばかりに、ザックは跳躍。
頭一つ分の高さから、落下の勢いを利用した渾身の蹴脚を放つ。
手応えは…… あった。が、それは本来イメージしていた感触ではなかった。
「……そうか、そういうことか」
両腕を胸元でクロスさせ、シオンは脚撃を防いでいた。
膝が今にもつきそうなほどふらついていたが、なぜか表情からは笑みが浮かび上がる。
にやついた目元と目があった。ザックはハッと、気押される。
「お前の強さ、理解したぞ!」
一瞬の油断が生まれた刹那、目の前のシオンが姿を消した。
消えた先を考えるより先に、背後から強い衝撃が来る。
油断が焦燥に置き換わる。
ここが正念場。
ザックは踏ん張り、仰け反る身をその場に静止。体勢を建て直す勢いをそのままに、身を背後に一気に捻らせ、後方に渾身の右拳を突き出した。
今度こそ、狙い通りの感触が伝わる。
強烈な一撃は、見事にシオンの鼻先を捉えた。
数メートル吹き飛んだシオンは、地を削る音を響かせさらに数メートル。地に伏すことでようやく身の自由を許される。
マゼンタプレートは手から離れ落ちている。これではもう今までのような力も出せないだろう。
「ずっと考えていたよ。戦う貴様のその殺気その動き…… 今、ようやく確信できた」
呟きが聞こえた。
泥が混じった雪を含んだ口元は、ザックが反応するより先に、歪んで大きな笑いを発する。
怒りで呆けたか…… 高々と笑うシオンに、ザックは同情に似た憐れみを覚える。
しかし、隠すように小さく動いた右手の動き、これにハッと息を呑む。
僅かだが、握った掌が淡く輝く。
タグも見えた。
指定した個人の元にダイレクトに移動できるタグだった。
今なら止められる。ザックは思念波は放つべく掌を構えた。
(……いや、もういいか)
考え直し、翳した掌をふいに下ろす。
シオンの暴言と捨て台詞を耳に、光に変わるシオンの姿を目にしつつ、ザックは攻撃の意をやめた。
シオンは今、ジョウントタグでこの場を抜けた。
人の形を僅かに残した泥の土を眺め、ザックは思う。
もう勝負は付いている。いや〝これから勝負が付く〟と。
見えていたのだ。シオンの未来が、この先の結末が。
(久しぶりに無茶をしたな……)
俯き加減で一人耽る。
ぼんやりと、その目には地に落ちたマゼンタプレートが映っていた――
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