23―2

 新雪舞い散るミレマの夜空に、鋭く吹雪く風二つ。

 思念波を放つシオン。

 素早い身のこなしで、それを避け、攻めいるザック。

 その争いは、冷たい空気を切り裂いていた。

 シオンは、思念波を二三放ち、後方へと移動する。

 ザックからは、接近戦に持ち込みたい意思が見え隠れしている。

 まずはその思惑を封じ、主導権を掴む。シオンは、自身に取ってかなり慎重な戦い方を選択した。


「ずいぶんと無駄な動きが多い…… 焦っているんですか? この計画もそうです。村中を陰気にするというやり方は、ネガティブオーラを蔓延させる。それは進化派にもマイナスなはず」

「ディセンションは世界規模に広がらない限りは問題ない。多少のリスクに怯えるより、村を使いインディゴを確保する事の方がよほど効率的だ」


 見え透いた油断作りの話に、シオンはあえて乗った。

 思念波を再度放ち、さらに様子を見る。

 ここは足場のない空中。そこでは、自身の浮遊能力がものをいう。

 しかし今は、光の少ない夜の状況下。生体磁場(オーラ)の生成は限られるため、浮遊するだけでも慎重にならなければならない。思念波を放つ事も、自身の不利を招く可能性がある。

 当然、シオンは百も承知。それでもなお思念波を放つ。

 ザックを誘い込むために。


「今回の件はあなたの他に協力者がいると踏んでいます。それは誰か……」


 思念波を両手で防ぎ、ザックが言う。

 この、無理にでも話しかけようとする様に、真の狙いが見えてくる。

 シオンは一旦攻撃の手を止めた。

 そして、ザックの話に興味がある素振りを見せ、隙を伺う。


「協力者は音吏…… 彼なら多少の〝概念波〟を使えますからね」


 案の定、ザックは会話をメインに据えてくる。


「村中を陰気に包み込む…… 音吏ではそこまでのことは出来ないはず。だから元々陰気に満ちていたミレマと、精神を浸食する音色を利用し、自身の概念波の効果を高めた。ですが、それでも効果は一週間で消える。だからあなたは力を宿した楽譜を持って来るのでしょう。残念ですが、それも今日で終わりです」


 ――期は熟した。

 会話に夢中なザックに対し、シオンは一瞬わざと前進の力を抜いた。


(……さあ、隙だらけだ、来い)


 瞬間、ザックの姿がフッと消える。

 刹那、シオンは右足を後方に目一杯蹴り上げた。

 足底に大きな質量を感じる。気持ちのよいほどの、見事な感触にシオンの口角は大きく上がる。


「温存しておいたオーラでテレポート、か。無駄な考えだったな」


 そして、ニヤリと一笑。

 森林に落下し、深雪にめり込んだザックを上空から俯瞰(ふかん)した。


「疲労で力が緩んだ、とでも思ったろう。私にあれほどの反撃が出来るはずはないと…… 残念だったな、私にはこれがある」


 苦痛に顔を歪めるザックに、懐から取り出した〝マゼンタプレート〟を見せつける。


「良いことを教えてやろう。既に我々はアセンションに必要な要素を概ね終えている。貴様が邪魔をしていたワンダラーアンチもな」


 さらに追撃。言葉による打撃で動揺を誘う。

 効果は確実に現れた。

 立ち上がったザックは「どういうことだ」と息も絶え絶えで反応を示す。


「クラウドの壺もインディゴの魂で満ちている。残る障壁は、クラインの壺をこの世界に繋ぐ事だけだ。まあ、もうお前には関係ない話だがな」


 言い終えた時、ザックに異変が起きた。

 その身が光輝き、次第に泡のごとく消え始めたのだ。


「これは、まさか……」

「〝ループタグ〟だ。貴様も効果は知っているだろう。残念だがこれまでだ」


 物言わず、ザックは消えていく。

 同じくシオンも沈黙する。

 焦りの表情を、じっと目に焼き付けた。

 いつでもこの光景を思い出し、悦に浸る。

 その歪んだ欲望を果たすために――







 花火の打ち上がりを一〇分ほど後に控えた、ミレマの中心地。

 インフィナルの演奏会場でもあるこの場所は、積もった雪を溶かすほどの熱狂をみせていた。

 皆、夜の寒さや陰気を忘れ、白熱し合い響き合う。

 その地にシオンは足を踏み入れる。

……うるさい。

 抱く感情は、ただそれだけ。

 ならば消し去ってしまおう。

 四方を遮る人の壁を押し倒し、両の腕を広げ、天を仰ぐ。

 少し体に力を入れる。

 途端、音が止み、風も止んだ。


「……な、なんだ?」


 ステージに立つインフィナルだけは、困惑し、声を上げた。


「ラグを起こした。貴様達だけは特別に動けるようにな。私からのせめてもの気遣いだ」


 ゆっくりと歩み寄る。

 諭すように、威圧するように。

 ムゲとスズナが震えているのがわかった。

 無様な様は見ているだけで面白い…… 無意識に顔がほころぶ。

 と、直後。二人の隣に立つ人影に気づく。


「ラーソ、か。まさか我々の誘いを断った貴様がこんなところに居るとはな。ザックがらみか、それとも……」


 ステージの上に立ち、眼前に三人を見据える。

 震えが加速する一方で、ラーソは今だしっかりと、眼光強く二人を庇うように立ちふさがる。

 しかし、シオンは知っていた。その勇ましさを一瞬で無くす事の出来る一言を。


「ザックの事を待っているのか? 奴はもう二度と現れることはない。私が始末したからな」


 やはりか、この〝口撃〟は効いたらしい。

 ラーソは力無その場に座り、俯き、手にしていたギターを床に落とす。

 まさに弦の糸が切れたラーソを通り過ぎ、シオンはムゲ達に迫る。


「……なぜ、あなたはこんな事を? 村を壊してまですることなんて……」


 後ろから聞こえた呟きに、思わず歩を止め、振り返る。

 そして告げる。

 アセンションに必要なインディゴを確保するため、と。


「じゃあ、どうしてアセンションを?」


 言われ、シオンはいよいよムゲ達の相手を忘れ、話に夢中になっていく。


「それは、我々にしか出来ない事だからだ。元々、全てのワンダラーは旧文明の時から行動してきた存在…… アセンションに向けてな。進化と供に忘れただけで、貴様もそうだったはずだ」


 あらゆる業や、あらゆる煩悩、エゴを淘汰し、理想となる高次元の世界に人類を導く。それこそがワンダラーの役目なのだと続けて話す。


「でも、それでも…… 今の世界を生きる人達を巻き込む理由には、きっとならない!」


 ラーソは中々ままならない。立ち上がり、僅かに語尾を強め、反論し出す。

 ならば、もう一度へし折ってやろう。シオンも躍起になっていく。


「人の業により滅びた魂だけが、人の業を浄化出来る。ワンダラーでありながら、それすらも忘れたのか? この不完全な世界こそ、そもそも罪だ。変えなければならない理由だ。そして、ワンダラーだけがそれを実行できる。人の業によって滅びた経験を刻んだ、この魂だけが!」


 大呼し、息を荒らげる。

 勢いをそのままに、怯むラーソに堂々詰め寄る。

 今度こそ終わりに……

 否。

 シオンは後ろを素早く向いた。

 ギターが激しく揺れている。それを持つムゲも、揺れている。

 耳に律動、目に激動。シオンに、わずかな焦燥が起きる。


「なんの話か知らないが、シオン…… お前が信用ならない奴には変わりはない!」


 その叫号(きょうごう)に、握った掌がどんどん堅くなる。

 先刻まで怯えていた小心者。一度も反抗を示さなかった脆弱な存在…… そう見下していた相手に罵倒され、たまらずシオンは拳を突き出す。

 だが、それは一つの衝撃をもって停止した。


「なんだ、今のは……」


 強力な思念波だった。

 受けたシオンは、訳もわからずステージ裏に転がり悶えた。

 苦悶のまま、顔を上げる。

 途端、思わず眉もつり上げる。


「ムゲさん、見事な一喝でしたよ」


 いきなり現れたその存在に、上げる声を失った。


「ザック!」


 名を呼ぶ声が重なり響く。

 その間、シオンはただうろたえた。

 形勢はそこまで変わっていないはず。だが、流れは明らかに向こうに来ている。

 遅れてザックの名を呼んだ時、ようやく自分の置かれている状況を悟った。


「ばかな、なぜ……」


 振り向いたザックの表情は、不思議と穏やかなものに感じられ、シオンは初めて身震いというものを感じるのであった――

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