22―2

 村の異変について話し合うこと一時間。

 その結果、やはり提供された楽曲に原因があると結論付いた。


「とりあえずあの歌はもう二度と使わないようにしよう。あんたの言うとおりシオンの脅迫がハッタリならもう従う理由もないしな」


 どこかスッキリとしたムゲの言。呪いの歌の重圧から解かれたのがよほど開放的と見える。

 当たり前の話である。元気になるのは良いことだ。

 それだけに、ザックは一つ心に感じる。

 〝申し訳ない〟と。


「そのことなんですが…… ムゲさん。今ここで、その曲を演奏してくれませんか?」


 気まずさを隠しきれず、小さく言う。


 やはりか、場の空気が一気に変わった。

 沈黙、それも、思い空気を纏った沈黙。当たり前の事である。


「ちょっと待ってくれ! なんでそうなるんだ!?」

「ちょ、ちょっとそれは……」


 ムゲはともかく、スズナもさすがに嫌らしい。

 仕方のない事だが、一度直接聞いて効果を判断すれば、何か解ることがあるかもしれない。ザックも嫌がらせで言ってるわけではなかった。


「……わ、わかった。演奏するよ。だが、君達になにかあっても知らないからな」


 虚勢を見せ、ムゲは床に置いていた〝ギター〟という旧文明から伝わる楽器を手に取った。

 一呼吸。間を置いて、ギターをズイと胸元へ掲げ、二回音を短く出す。


「こいつはギターのギータンってんだ。俺の相棒だ。俺たちはいわゆる古典楽団でな。旧文明の楽器を使うんだよ」


 そのまま演奏の構えを見せる。

 始まる直前、ザックはラーソに〝凝視〟するよう願い出る。

 対象は、自分とムゲ。

 演奏中のムゲと、それを聞く自分の生体磁場に異変が生じるか、占術師の能力で確認してほしかったのだ。

 ラーソは許諾し、深呼吸。目元を強く凝らし始める。


 準備は整った。いよいよ件の楽曲が流れる。



「なるほど…… 人気が出るのも解ります」


 演奏が終わり、第一声。ザックはなんとも間の抜けた言葉を発してしまう。

 聞いただけでは特になにも感じない、というのが本音だった。


 物静かな音色、愛する者を失った女性が、亡き恋人を思い、やがて自殺を決意するといった内容の歌詞は、確かに憂鬱さを感じさせるが、それだけで村中が陰気になるとも思えない。


「ザックさんにはあまり変化はありませんでしたが、ムゲさん達のオーラリズムに異常な変化が見られました」


 疑問を解消したのは、ラーソだった。

 さらにラーソは、この楽曲には人の魂を不安定にさせるリズムと、ストレスを与えるリズムが組み込まれていると憶測をたてる。

 快刀乱麻を断つ。一気に音楽の確信に近づいた。

 だが、それだけで村中がここまで沈むとは思えない。

 なにか呪詛(じゅそ)のような力が働いているのでは…… ザックはさらに思案し、ムゲに何かまだ気になることはないか尋ねる。


「そういえば、あいつ…… シオンは一週間に一度、なぜか新しい譜面を持ってくるんだ。もう見ないでも演奏出来るっていうのに」


 いかにも裏がありそうな話である。

 ザックは気になり、シオンが最後に訪れたのはいつかを聞いた。

 ムゲは六日前と即答し、おそらく明日またここに来るだろうと震えて話す。

 いずれにしても歌が元凶であるのは確か。

 その事実を目の当たりしに、ムゲ達は一層の落胆を見せ始める。


「俺たちはつくづく愚か者だ。ミレマに恩返しするどころか、逆に仇を返しちまった」


 音楽隊を始めて数年。一度も日の目を見ず、すっかり自信を無くした頃、ミレマを訪れた時に見た地元のイベント夜光祭で、人生観が変わったというムゲ。


「夜空をきれいに彩る花火。夜道を照らす土屋の明かり…… それは、わたし達の行くべき道も照らしてくれた、そんな気がしたの」


 ほだされたのか、スズナもすっかり詩人になる。

 だが二人とも、美しい記憶と今の状況の落差ぶりに、ガックリと来たようだ。うっすら涙を浮かべ、及び腰になっていた。

 ならばとザックはニヤリと笑う。

 今からでも夜光祭を始めることは出来ないか、そんな案がピカリと浮かぶ。


「なら、今からでも出来ません? 夜光祭」


 今まさに言おうとした時、ラーソからの思わぬ先手があった。


 夜光祭は毎年同じ時期にやるという訳ではない。

 一年に一度、長く続く夜に開催するのが習わし。つまり、条件さえ合えば明日にも開催できる訳だ。


「すごい…… ちょうど明日と明後日の二日間、長い夜が起きますよ」


 ラーソが声を張り上げる。

 気象予知で解った事実は、確かに興奮を覚えるものだった。

 例年より夜はだいぶ短いが、それで事足りるはず。


「明日は丁度シオンが来るって話でしたね。なにもかもちょうどいいタイミングです。シオンが逃げ出すような祭りをやりましょう」


 ザックは、腰砕けになっていた二人を励まし、一枚の写真を差し出した。

 サムにも見せた、昔の夜光祭の花火の写真…… それを見るなり、ムゲ達の目は輝き始める。


「そうだな…… 俺達はなにもしないで震えるだけだった。わかったよ。出来る限りやってみるよ」



 かくして、四人が主催のイベント企画が始まった。

 夜光祭は、メインである花火、民家を含むすべての土屋の扉を外し、それ自体を巨大なランプに見立てる土屋ランプ。そして、今回初となるイベント、インフィナルによる生演奏を開くことで纏まった。

 花火に使う火薬と、土屋を中から強く照らすランプといった道具は、全てミレマの集合倉庫に保管されているため、集める徒労は省かれたが、一つだけどうしても足りないものがあった。

 インフィナルのメンバーである。


「俺達は元々五人だったからな。それが、例の事件で減っちまったんだ」


 インフィナルは、リードギター、サイドギター、ドラムス、ベース、キーボード、という担当で構成されていたという。

 ムゲはリードギター兼ボーカル。スズナはキーボードの担当者らしい。

 この手の部分にまるで疎いザックは、用語についていけず、ただ頷いた。

 しかし、納得する演奏をするには、後一人、できればドラムがほしいというムゲ達の意見は解った。

 ここに来て、新たな問題である。

 思案を始めた、その時だった。


「ラーソさん?」


 何を思ったのか、ラーソは専用のスタンドに置かれていたギターの一本に手をかけた。

 束ねた髪を右手でいじると、今度は楽器の胴の部分に張られた弦をいじり、徐に奏で始める。

 そこから聞こえる音色は……


「思わず聞き入ってしまいましたよ。こんなが特技があったなんて」


 ザックは感嘆する。儚くも爽やかさを感じる音色は、率直に素晴らしいものだった。

 自然と拍手をしてしまう。それは他の者も同様らしい。


「ラーソさん。良ければ明日、俺達の協力をしてくれ!」


 大きな拍手よりも大きく、ムゲは喜声をあげる。

 スズナも、ラーソの両手首を握り、興奮気味に「すごい」を繰り返す。


「ほんとはドラムがよかったんだが、十分だ。俺のリードと君のサイド、スズナのキーボードでスリーピースの誕生だ!」


 ラーソの顔と、力強く掴まれるその手首が赤くなっている。

 困惑を隠せないでいるが、ラーソもまんざらではなさそうだ。


「引っ込み思案の自分を変えたいと思って、昔ギターを習ったことがあったんです。こんなわたしでも役に立てるなら……」


 その後は、ムゲの独壇場だった。

 村中に祭りの開催を伝えに回ると言い、その後は、ラーソに明日の舞台に向けての猛特訓をすると指を指し宣言する。

 先ほどまでの陰気な部分はどこへやら…… だがその変化を、ザックは素直に喜んだ。


「ああなったら周りが見えなくなるんですよ。バカなんだから」


 スズナは涙を浮かべつつ、独り言のように呟いていた。

 涙は涙でも、先刻のような悲観の涙ではない。笑顔という喜びの上に浮かんだ、希望に満ちたものだった――







 夜が来る。

 しかし、明るく響く声。窓の開いた土屋から溢れる光の数々。大勢の人だかり、発生する熱量…… 暗さは感じない。村の夜は、朝だった。

 村人達はメインの花火が打ち上がるまでの時を、思念写真を撮るなどして過ごしていた。

 花火の打ち上げ地、そして、今回初となるインフィナルによる特別演奏は、村の中心にある大広間で行われる。

 演奏舞台は、簡素ながらも本格的なものだった。イベントへの期待感を更に高める。


「ラーソさん、急ぎましょう!」


 ザックは、凸凹の土の道をラーソと駆ける。 目指す場所は、件の舞台。

 次第に増える周囲の声の間を切り裂いて、目下の舞台が見えてくる。


「あ、よかった! はやくはやく!」


 舞台の裏側。キーボードに指を当て、短い音を放ちつつスズナが声を掛けてきた。

 インフィナルの二人は、楽器の音合わせをしている最中らしい。ムゲに至っては完全に没頭し、人が増えた事も気づいていない。


「遅くなりました。これをザックさんと探してまして」


 息急き切って、ラーソが小脇に抱えた小瓶を差し出す。

 中に詰められているものは、柔らかい光を明滅させていた。

 ブリザードフラワー。世界で高価な贈り物の筆頭として挙げられるそれを見、スズナの瞳も輝き始める。

 光を放つ稀少な花という事から「栄光」「達成」という意味が込められているブリザードフラワー。それは今の贈り物としては最良といえた。


「ありがとう!」


 衝動的か、スズナはラーソに抱き付いた。

 ブリザードフラワーは、そのままスズナの手に渡り、音合わせに熱中するムゲの元に運ばれる。 


「これを俺に?」


 始めは困惑を浮かべていたが、ムゲはすぐに感謝を示し、笑顔を見せる。

淡い光は、その胸元に飾られた時、凛と光ってムゲを照らした。


「じゃあラーソさん。雰囲気を壊すようで悪いが、音合わせに付き合ってくれるか?」


 ムゲに言葉にラーソは、頷く。そしてギターを手に、残りわずかの本番に備え弦を弾き始めた。

 少し震えた足元をザックは見る。

 ラーソは、昨日から猛練習を重ねていた。しかし、それでも簡単には自信に繋がらないのだろう。


「ラーソさん、まずは楽しむことです。そうすれば、きっとどうでもよくなります」


 震えるラーソにザックは言った。

 奏でる音色が僅かに変化…… したように思えた。そして、音を生み出す表情も。

 もう大丈夫だとザックは悟る。なら、次にすべきは、自分の役目。


「では、俺の方も行ってきます」


 誰に向けるでもない声を発し、背を向ける。

 上に見えるは星の空。胸に抱くは、一つの覚悟。


(シオン…… ここで終わりにします)


 途中に見た土屋の明かりは、夜の明かりに負けまいと、一層強く輝いていた――

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