21―3

 円形のガラス細工のテーブル。そこに僅かに反射する自分の顔と目が合う。

 鳥の鳴き声がはっきりと聞こえる。そして、対面するラーソの声も。

 ザックは今、サムの家に居る。ひどく閑散とした室内に。

 家には当然サムも居たが、いつもの通りテレパシー仲間との会話に夢中。その上、ルシーは用事があるといい、少しの間外に出ていたため、家は静まり返っていたのだ。


「……タルパというのを知っていますか?」


 テレパシーに夢中のサムには、周りの音は届いていない。

 それを見越した上で、ザックは普段ここでは出来ないような会話をラーソにぶつける。

 ラーソは戸惑いを見せていた。が、首はすぐに横に振られる。


「前に、気になることがあると言いましたが、実はそのタルパというのが原因なんです」


 そしてザックはタルパについて語る。

 言葉を紡ぐ度、ラーソの顔色が変わっていくのがわかった。

 無理もない…… 様々な願望、能力を自由に設定し、完璧に生命を作り出すタルパはまさに常軌を逸した技術。旧文明に習って言えば、超兵器になりえる存在を作り出せる技術である。ザック自身、恐ろしさを感じるものだった。

 そのタルパで作られたのが、ヤーニ。ヤーニはワンダラーを感知する力があるとクルトから前に聞いていたザックは、その事も伝える。

 そして、この話をした時、ラーソの表情は完全に曇った。


「気になっている事はここからなんです。ワンダラーを感知できるなら、そう時間がかからないで全てのワンダラーの元に行けるはず。もっと早くここに、つまりラーソさんの元にだって…… 俺はそれを警戒して手は打っていたんですが、今だ来る様子はない」


 ザックは思う。なにか来ない理由があるのだと。

 ラーソの事は見逃したのか、そもそも感知に時間が掛かるのかもしれない。

 前者の場合、すべてのワンダラーをアンチのする気はないという事になる。つまり、アンチしなければならないワンダラーと、そうでないワンダラーが進化派の中では区分されている…… その線引きが分かれば、今後の対応が変わってくる。

 ザックはこの仮説は概ね当たっていると考えていた。しかし、同時に思う。ヤーニ自身に問題があるという後者の仮説もまた、当たっているのではと。


「実は、昔…… 退化派とよばれる人達が、ヤーニより先にタルパ作りをしていたという話があります。そのタルパにもワンダラーを感知する力があって、次々にワンダラーをアンチしていったという話も。その話と比べると、ヤーニはなにか大人しいような気がするんです」


 ヤーニは不完全、もしくは、あえて進行が遅れても問題ないよう指示されているのではないか…… これがザックの考えの全てだった。

 いずれにせよ、仮定が確定とならない限り、ラーソの安全は保証出来ない。なにより、ワンダラーアンチの被害も気になる。ヤーニならば気配を察しられずにアンチ活動が出来るだろう事実が、より不安を濃厚にさせた。

 ラーソは変わらず曇り顔だった。

 少しは安心できる要素を交えたつもりだったが、さすがに衝撃が強かったようだ。

 しかし、これからを思えば、酷な事実ときちんと向き合う強さも必要である。ザックは心を鬼にし、再度話す。


「実は、彼ら進化派がどこに居るか予想は出来ています。一度は諦めたのですが、今度こちらから仕掛けてみようかと」


 この時、きれいな長い黒髪が、ザックの眼前を乱れて動いた。


「危険すぎますザックさん! それにまずは、すべての話を世界中に広めた方がいいのでは?」


 立ち上がり、珍しく眉をつり上げるラーソが、反論熱く攻めてくる。

 仮にそうした場合、確かに進化派の計画は止められるかもしれない。しかし、ザックは引き下がらない。


「ディセンション、というものがあるんです」


 ザックは一旦躊躇い、話を切るが、次の瞬間、滝の如く言葉を放った。

 ディセンションについて。それを行う勢力がいること。そして、進化派の事実は公表出来ない理由を。


「……というわけです。進化派には、旧文明でいう信仰に近い概念で親しまれている人が多いですからね。それが良からぬ者とされたら世界はどうなるか……」


 無駄に不安を煽り、世界中が混乱すれば、多大なネガティブオーラが蔓延するかもしれない。そうなれば、ディセンションを行う退化派にそれを利用されてしまう危険が生じる。


「おそらく進化派も、これがあるから俺たち存続派は手出しできないと踏んでいるはず。実際その通りなのは残念ですが……」

「ザック、ザック!」


 張り詰めた空気の中に、シンクロ・シティから戻ったらしいサムの声が響いた。

 何事かと、ザックは話を終えてサムの方へと駆け寄る。


「ダークミラーってなんかおもしろそうだね!」


 どうやらシンクロ・シティで、ダークミラーという製品の紹介をするチャンネル思念に触れたらしい。

 気になったザックは、すかさずシンクロ・シティに意識を通わせチャンネル思念に触れた――







『ダークミラーは、チャンネル思念とは全く異なる方法で、美しいビジョンを眺めることが出来るものである。それは、自身が抱く悩みや深層心理にある願望を導き出し、それを解消する映像を映し出すいう新しいパワーグッズである。

 我々がチャネリング時に使用するシンクロシティの淵にある集合無意識から煩悩を導き出し、映像として写すため、その信頼性は非常に高い。偉大なる占術師、リリが新たに作り出したこのダークミラーを、我々は自信を持って皆様にご紹介しよう』


 やはりか、発信者はクレロワだった。

 警戒し、さらに伺う中、件のダークミラーが映像で現れる。

 映し出された凹面のダークミラーは、鈍い輝きを放っていた。


 一旦、チャンネル思念を覗くのを止め、シンクロ・シティを抜ける。

 真っ先に目に飛び込んだのは、瞳を輝かせるサムの姿。

 嫌な予感が…… 思うと共にすぐに現実になる。


「おもしろそうだよね! ザック、あれほしい!」


 体を揺らし懇願するその姿に、ザックは苦笑いを浮かべごまかした。

 と、その時…… サムの葉になにかが触れた。

 それは、みるみるうちに音を立て、家の中へ入り込む。


「雨が降ってきたみたいですね」


 大きく空いた天井を見上げ、ザックは呟く。

 サムが自然に少しでも触れられるようにと開けた天井。たしかに雨も自然の一部だが、それにしてはやけに強く、冷たい。

 どうしたものかと悩み込むザック達とはよそに、サムは陽気に雨水を口にしていた。

 だが、いつまでもこうしているわけにもいかない。

 穴を塞ぐのが賢明だが、手頃な道具が見当たらず、ザックは思わず頭を抱えた。

 こんな時、ルシーならどうするのだろう…… 考えていた時、家の扉を叩く音がした。

 扉が開き、そこから雨音と共に、体を濡らしたルシーが現れた。


「……突然の雨でこの有り様」


 ルシーは、雨水と一緒に愚痴をこぼす。その様はいつもみせる凛とした印象とは少し違って見えた

 ルシーはそのまま、濡れた手を上に伸ばし天井を塞ぐよう指示を出す。


「隅にある引き出しに、何枚か思念紙があります。それで塞いで下さい」


 言われ、ザックはラーソと共に思念紙を用意した。

 数分掛け、天井は無事に覆われる。

 雨音が小さくなり、サムは心なしか寂しげだったが、ともあれ家が濡れる心配は無くなった。

 一旦落ち着いた室内の中、ザック達はしばらくのんびりした時間の中に身を委ねた――

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