19―4
「あんた達が居ればこの島は安泰だな」
街一番のチャットルームは、賑わいをみせていた。
騒ぎ中心には二人の男女。それぞれが自信と誇りに満ちた表情で、周りと祝杯を上げていた。
――街に現れた二〇体もの猛獣撃破。
それを雑作もなく行ったのは、明日駆とネム。
二人が住む土地〝メリア〟は世界大陸ムティの離島であり、ムティからわざわざ訪れに来る者は少なかった。
そのため、荒らしや猛獣といった内憂は、島の者が担当し、平穏を保っていた。
その中で、特に腕の立つ明日駆とネムは、お互いバイオレッドという共通点から「ツインバイオレッド」と呼ばれヒーロー扱いを受けていたのだ。
「でもあんな達ほどの実力者なら、島から出てひと暴れしたいんじゃないかい?」
それは、島民達の口癖だった。
「俺が、いや俺たちが居なきゃ誰がこの島を守るんだい?」
応じる明日駆の一言も、いつしか口癖になっていた。
憂いを断ち、島民とバカ騒ぎを送る日々。 そんな悠久の時に、一陣の風が吹き荒れる――
*
いつもと変わらず賑わいを見せるメリア一のチャットルーム。
だが、この日はいつもの騒ぎとは少し異なるものだった。
マティス・ハーウェイという旅人が、最近目を目を見張る活躍をした―― その話題が中心だった。
森に現れた二〇体もの猛獣撃破。噂のマティスが討伐したその数は、明日駆たちと並ぶものだった。
評判は、すぐに島に吹く風に乗り、明日駆達の耳に伝わる。
「あんたがマティスか。なかなか腕が立つそうだな」
明日駆は、ネムと共にその日の内にマティスと対峙する。
狭いチャットルームは瞬く間に発熱。だが、明日駆の目の前には、動じもしない冷静な氷。
睨むこと数秒。「何か用か」と鬱陶しいそうに熱い紅茶を飲み、氷がようやく溶けだした。
明日駆はこれ幸いと、マティスの座る後ろ側、五メートルほど先にある壁を指差した。
「新しく入ったアフィリエイト(店内広告)によると、近くの森にツチノコが大量発生しているそうだ」
群れを成すツチノコという猛獣は、熟練者といえども、一人で抑止するのは困難と言われている。
そこで明日駆は、マティスに討伐の協力を頼みに来たのだった。
「……俺と腕比べしたいのなら、そう言えばいいだろう」
壁の広告から視線を戻し、マティスが言ってくる。
内に宿る明日駆の真の目的は、どうやら見透かされているようだ。
ならばと明日駆は〝闘視〟で睨み、その通りだといいのける。
かくして、奇妙な争いの幕が下りた。
ツチノコの尻尾を多く持ち帰った者が勝者、という事で話は一致。また、尻尾はストレージタグで持ち帰るという事となった。
「あんたは確かタグ師でもあるそうだな。俺はタグは使えないから、相棒のタグ師を連れて行く。もちろん討伐は俺一人でやる」
明日駆がいうと、マティスは億劫そうに頷いた。
「……わたし、全然話せてないんだけど」
巻き込まれたネムの小言は、明日駆の耳に入ることはなかった――
*
高揚感が、時間が刻まれる度に増していく。
荒い小石が散りばめられた獣道。左右に広がる背の高い蒼草…… 明日駆は今、近隣の森で長い棍を振るっていた。
甲高い威嚇の声が、左右から立体的に迫り来る。
その数、九匹。高さ一メートルの蛇に似た、寸胴の生物だった。まさに、件のツチノコである。
明日駆は、臆する事なく棍をツチノコに叩きつけ、一つ、また一つと鳴き声を消していった。
「これで計三〇。これだけ退治しとけば安全だろう。あいつにも勝ててるだろうしな」
視界は、群がる死骸で。心は、達成感で満たされる。
息つく間もなく尻尾を切り取り、その付け根を念入りに潰していく。
アセンションを遂げたツチノコは、個々の生命力よりも繁殖力を進化させた生物。
尻尾の付け根部分には第二の脳があり、自らがそれを切り離すと、尻尾から新たな個体が生まれ、爆発的に数を増やす。
そのため、尻尾は念入りに駆除しなければならないのだ。
明日駆は、全ての処置を終えたツチノコの尻尾を、一ヶ所に集める。
そして、後方に待機していたネムを呼び、ストレージタグで取り込むよう求めた。
作業は静かに進み、ものの数秒ですべて終わった。
依頼達成の瞬間である。
後は街へ戻るだけ。だが、なぜかネムは動こうとしなかった。
「まだ、数が足りない気がする」
言うと、ネムは道を外れ、茂みへと身を乗り出した。
右手には、いつのまにやら光る鞭。
「お前…… もう十分だって! つうか駆除は俺以外手出ししないって約束だったろ!?」
明日駆は察し、思わず叫ぶ。
ネムは俄然、首を振る。
「そもそもわたし、二人の話し全然聞いてないし」
意外にも、根に持っているようだ。勝手に今回の勝負事を決めた事を。それに、意外にも、勝負事に関しては本気になりやすい性格らしい。
(そういえば、こいつはこういうとこが前からあったな……)
明日駆は二つの事実に辟易しつつ、なんとかネムを説得した。
ようやく帰路についた時には、三〇分ほどの時間が経過していた――
*
チャットルーム。
明日駆たちが戻ると、呑気にコーヒーを飲むマティスがすでに居た。
余裕だな、と牽制がてらに言い放ち、明日駆は対面の席にドカンと座る。
両者向き合い、結果発表。
互いのペーストタグが書き上げられる。
途端、室内は、森になる。
マティスはテーブルに、明日駆の方は床に。成果の尻尾が置かれた時、土と緑が混じった様な独特の匂いが漂い、もはや店とは呼べない異質な空間が広がった。
固唾を呑み見守る観衆…… とネムの熱視線を背中に受け、明日駆も結果を凝視する。
「ま、こんなもんだろう」
マティスの愉悦に満ちた声が、辛酸な事実となり、耳に入った。
動揺する周囲よりもうろたえつつも、明日駆は毅然に振るまい、やり過ごす。
「……まぁ、少しの差だ。それに、ツチノコはクリスタルのほうが対処しやすいからな。対象が別ならどうなるか解らん」
苦し紛れの発言だった。だが、それは歓声の嵐を呼び、そのまま〝再戦〟の潮流を引き寄せることになる。
それから一週間、奇妙な戦いが繰り広げられていく。
猛獣討伐、荒らし浄化。果ては、木の実の採取といったものまで勝負となり、毎日が流れる。
戦いの全ては、マティスのものだった。明日駆は負けるたび動揺し、消沈していく。
(このままで終われるか……!)
島民の興味が完全に薄れた頃、明日駆はマティスを森の中に呼び出した。
小高い木が一本、辺りを見守る様に佇む地。
明日駆は、そこで睨みを利かせ話し掛ける。
「あんたの腕は認める。だがあんたのせいで、俺の名誉は傷ついた。だからその借りは直接払わせて貰う」
なんとも理不尽な話である。自分でも意地汚いと承知の上だったが、それでも我慢ならなかった。
どんな暴言を返されるのか、身構えて待つ。
「……俺もお前さんの腕は認めている。俺とここまで付き合えたのはお前さんが初めてだからな」
予想外の言葉だった。しかし称賛されたはずだが、沸き上がる感情は喜びではない。
「バカに、してんのか!」
嫌みに受け取ったのが発火材。ついに憤慨し、明日駆は棍を手にし身構える。
そしてマティスに短刀を手にするよう促し、決闘だと走り出す。
瞬く間、バイオレット特有の浮遊技術で詰め寄る。
対するマティスの右手には、短刀が。まずは払い落とそうと、明日駆は棍を頭上に放り、空いた手で手刀を打ち込む。
注意を上に向けると同時に、近接戦闘で身軽さを確保する。明日駆にしては見事な戦略だった。
が、相手は卓越したクリスタル。特有の身体能力、反射運動を前に、捻った攻撃は避けられてしまう。
(くそ!)
今度は左手で殴りかかり、後方に引いていた右足を前につきだし、膝蹴り。
すべてマティスの両手でさばかれると、放っていた棍がちょうど互いの間合いに落ちてくる。
ナイスタイミング、と明日駆は両手で掴み、目一杯横に振るった。
「……お前さん、聞くところによると、随分長い間この島で英雄ごっこをしているそうだな。なぜ、島を出ようとせず、ここに依存するか、俺が当ててやろうか?」
棍はあっけなく片手で防がれた。
明日駆は、何も返答せず左手から思念波を放つ。がら空きの胸元へ、ようやく攻撃が入り、マティスの身は僅かにだが後ろへ飛んだ。
そのまま両者、にらみ合い。
「お前さんが島から出ないのは、島を守りたいからじゃない。ここで英雄気取りをしているのが好きだからだ。安いプライドだな」
見え透いた挑発だった。
乗ってたまるかと胸の内で抑える。が、やはり明日駆。残念ながら身はままならない。
叫びと共に、なりふり構わず殴りかかってしまう。
当然、クリスタル相手にそんな暴力は通用しない。マティスの体当たりを逆に受け、飛ばされた明日駆は後ろの木に激突した。
込み上げる苦痛に明日駆は悶える。
じりじりと、短刀を構えたマティスが迫る。その目は、荒らしを浄化する時の殺気立った光を宿していた。
「お、お前……」
明日駆は目を疑った。
殺気を見せるマティスに、ではない。
「……これ以上は、させない」
突如として目の前に割って入ってきた、ネムに対してである。
「お前、見てたのか、いつから……」
「あなたの言うとおり、明日駆はここを出ないんじゃない。出る勇気がないだけ」
驚く明日駆にはお構いなしに、両手を広げマティスに立ち塞がるネムは言った。
「でも、それはわたしも同じ。本当は広い世界に出てみたい。でも、ここでの生活を捨てられなかった。だから、明日駆への侮辱はわたしが受ける」
ネムは、タグを書く動作を始める。明確な、戦う意志だ。
だが、マティスの反応はそれとは逆だった。
「解っているならいい。お前さん達はここに縛られたままでは惜しい逸材だと思ってな」
そう言い残し、後ろを向いて去っていく。
ネムはじっと背中を見ていた。
明日駆もまた、視界を滲ませ去り行く勝者を見送った――
*
「まぁ、まさかあの後、俺と一緒に行きたいと泣きついてくるとは思わなかったがな」
昔話を始めた明日駆よりも、マティスの方がいつのまにやら懐古に浸っていた。
言い出しっぺの明日駆は、恥ずかしい過去を指摘され、もう止めろと頭を抱える。
「……居る。」
苦い過去の空気は、ネムの小声でピリリとひりつく。
指差す先、そこの茂みが怪しく動く。
甲高い鳴き声、複数の地を這う不気味な音。
昔話に釣られてか、やって来たのはツチノコの群れだった。
あの時ぶりに勝負でもしようか、とマティスが挑発してくる。明日駆は二つ返事で勝負を受けた。
「今度は、わたしも挑戦する」
突然のネムの宣告に、明日駆は一瞬静止する。
その間ネムは、ラインタグでツチノコ達を問答無用になぎ払っていった。
復帰直後とは思えぬ動きに、明日駆は負けじと身を乗り出した。
「やれやれ、本当に変わらない奴らだ」
「そういうお前は、一〇年前より少し丸くなったな」
マティスの呟きに、すかさず明日駆は言葉を返す。
佇む木々は、三人を鼓舞するように激しく揺れていた――
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