20「追憶の海」
20―1
海は青を生み、波は音を生む。
フォトンエネルギーがいつにもまして輝くこの日。白い砂浜に、朱色の髪が乱れてなびく。
なびく先には、男の荒らし。荒らしの周りには、威勢と気勢。
と、荒らしは突如、大きく海の中へと吹き飛ばされる。
「ソシノさん、今です!」
威勢の元であるザックの叫び声。
気勢を放つ朱色の髪の女性〝ソシノ〟は、思念波で吹き飛んだ荒らしに向かい、ラインタグを綴る。
青い水平線を遠方に、赤い光鞭が輝きを放つ。
垂直に移動するラインタグは、すぐに荒らしに巻き付き、その自由を奪った。
「なる…… か!」
荒らしは、特有の奇妙な言葉を連ね、激しく暴れる。
ジリジリと間合いを詰めていくソシノ。その足元は、次第に水の冷たさを増していく。
ザックは静止したままただ見ていた。ソシノもまた、歩むだけで攻撃の意思を見せない。
大きな波が叫びを上げる。ソシノの肩まで食らい付く。
《縺励s縺ア縺・@縺ェ縺・〒》
ソシノはチャット文字を再び綴る。荒らしが使う奇妙な文字列〝文字化け〟を。
荒らしは、書かれた文字を見るなり、動きを止めた。
「あなたに危害を加えるつもりはないの。ただ、戻ってほしいだけ」
ソシノはついに、ラインタグすらも消滅させ、荒らしと対峙した。
完全に無謀な状況である。しかし、効果はすぐに現れた。
「……やわっア」
荒らしは何かを呟くと、ふらふらとその場を離れ姿を消した。
「やりましたね!」
嬉々としてザックが駆け寄る。
ソシノも笑い、近寄ったザックと互いの手のひらを頭上で打ち合わせ、ハイタッチ。
「勝利だー!」
その声は、波音より高らかに、響き渡った――
*
「……これが、俺達が始めて見たあいつらの戦いだ」
紅茶の香りが立ち込めるチャットルームの中。
目を瞑ったマティスに、明日駆の呟きが入る。
「ところで、どうだ? 俺たち特性のアニメーションは!」
ところが一転、興奮気味の喜声により、繊細な耳はつんざかれ、マティスはたまらず目を見開いた。
深いため息をつく。
テーブルに両手を置いて目を輝かせる明日駆に、これ以上の対応は出来なかった。
今滞在しているこの地は、最も自然と調和した地モヴァ。
離れ島のメリアから、数日掛けての大移動。わざわざ来たのには当然理由はある。
明日駆とネム、二人の記憶だ。
以前、ザックから聞いた明日駆たちと旧知の仲だという話し。
それが事実なら明日駆達からザックの話が聞けるのでは、と踏んだのだが、それが予想以上に盛り上がりを見せたのだ。
どうせ話すなら映像化してやろうという明日駆の提案を皮切りに、どんどんエスカレート。ネムもやけに積極的だったため、断れないままモヴァに来た、という訳だ。
モヴァは、ヴァース程では無いにしろ、アマチュアのアニメーションを作成する者が多い場所として知られる地。
そのような場所柄、チャンネル思念作りに集中出来る施設が充実し、ある程度の知識と技術、そして人数があれば本来は難しいアニメーション作成を手軽に出来る。
「確かに、この方が解りやすいが…… 俺はお前さん達の道楽に付き合っているわけではない」
コーヒーを口にし、マティスはアニメーションの感想を尚も迫る明日駆に対し、マティスはコーヒーを口に含みお茶を濁す。
ガッカリした気配があからさまに増えた気がしたが、構わず話を続けることにした。
「しかし、俺と会うよりずっと前か。文字化けで荒らしを説得するとは驚きだ。聞いたことがないのが不思議なくらいだ」
「ん…… ああ。俺達もその噂を聞きつけて見に行ったのがあいつらと会ったきっかけだからな」
どこか気の抜けた返事を明日駆はする。
面倒に思いつつ、マティスは再び目を閉じた。作られたアニメーションには、まだ続きがあるのだ。
「続きはスゴいよ。クオリティが上がる。わたしがメインでやったから」
ネムの自信に満ちた声に不安を覚えつつ、シンクロ・シティでさっそく件の映像に触れた――
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