17―5

 ポタリ、と冷たい感覚が一つ、頭に染み込む。

 どこかひんやりとした洞窟内、明るさはあるが、外よりもフォトンエネルギーが少ないためか、薄暗く感じる。

 内部は広いわけではない。道も別れることのない一本道。歩く音だけがただ、響く。


「ようやくお目覚めかな?」


 進む先から、声が聞こえて来る。


「今から君を特別な場所へ連れていこう。そこで僕たちは……」 


 どこか余裕を持った、勘に障る声色だった。

 聞いて、抑えきれない衝動が押し寄せる。足を、一気に進ませた。

 そして、視界に声の主が見えた時、それより一層強い声を、挑発的にいい放つ。


「恋慕の果てに、自分だけのものにしようと考える。いかにも低俗な思考だな、蛮人」


 この男シオンは、今まさに高揚を最大限に高めていた。

 見えるものは、「誰だ!」とのたまう男の姿のみ。

 天井や床に固定された赤いラインで手足を縛られ、弱りきっているクロンはどうでもよかった。


「俺は、そうだな。駆除の専門家のようなものだ。貴様のような蛮人のな」


「僕が蛮人だって? 確かに荒らしを使って会場をメチャクチャにしたが…… ちゃんと荒らしを浄化できる人も用意してたんだ。被害が広がる前にと思ってね」


 状況の察しが付いたらしい蛮人は、言い訳を始める。さらに、クロンの背後に隠れ、人質を取る蛮行も及ぶ。

 つくづく面白い…… シオンは口角を歪ませつつ、目元をこわばらせ睨み付ける。

 思念波になった眼光は、クロンを飛び越え、背後の蛮人を岩肌まで吹き飛ばす。

 

「ぼ、僕を殺して何になるんだ! またすぐ戻って来てやる! なんなら荒らしにだってなってやるさ!」


 息も絶え絶えに、野蛮な笑みを男は浮かべる。

 シオンはそれにも負けない屈折した笑みを見せる。

 そして右手でペーストタグを書き上げ、身体から一冊の本を取り出した。


「この〝真死録〟には、旧文明時の蛮人の行為が記録されている。人のなぶり方、虐待拷問方法、殺し方…… 記された方法を一つ一つ試したら、貴様の魂はどれくらい保つかな?」


 蛮人の額がうっすら汗ばんでいるのをシオンは見る。

 追撃に、うずくまる蛮人に対し腹部めがけての右足蹴り。

 鈍い感触が残る間に、ペーストタグを再び書く。身体から現れたものは、ヒヒイロカネで作られた長い棒だった。


「……ふむ、何度見ても禍々しいものだ。蛮人の道具というものは」


 言いながら、地に投げ出された蛮人の右手にその棒を振り下ろす。


 そこから数一〇分。執拗なまでの暴行を続ける。

 両手足を真っ先に潰し、肉体が滅びぬ程度に痛み付ける。

 蛮人はクリスタルのため、肉体の傷はすぐに回復するが、その度シオンは暴行を繰り返した。

 そうすることで魂は次第にストレスを感じ、その寿命を短縮させ、やがて完全な死に至る。


「私の一番の喜びは、貴様のような者を始末する事だ」


 と、喜びに震える手は、一瞬の隙を作ってしまう。その間に蛮人は、脱兎の如く逃げ出した。


《〈a href="http://〈hr si…〉"》


 だが、シオンは笑みをそのままに、タグを一つ向かわせる。

 タグに触れた蛮人は、当人の叫びをも許さぬまま、音も無く消え去った。


「バカが。最期まで見苦しい」


 呟き、俯き、シオンは目を閉じる。ついこれまでの光景が、脳裏に呼び起こさせる。

 そして放たれる、高笑い。しばらく洞窟は、禍々しい歪んだ風を外へと響かせた――







 ポタリ、と冷たい感覚が一つ、右腕に落ちる。

 どこか薄気味の悪い洞窟内、明るさはあるが、どこか薄気味の悪い洞窟内。素直な一本道の内部を、走る音が強く響く。


「クロンちゃん!」


 そして、ビンズの叫びも響いた。

 今、ビンズの目には水溜まりと間違うほどの血溜まりと、洞窟の奥で小さく震えるクロンが映る。


「わ、わたし、誰かにここまで連れてこられて…… そしたら今度は別の人がここに来て、わたしを連れてきた人を……」


 途切れ途切れに話すクロンを見、ビンズは堪らず抱きよせる。


「今は何もかも忘れよう。ごめん…… 何も力になれなくて」


 震えるクロンより更に震え、囁いた。


「あ、あなたの声…… なんだかわたし、これで二回、あなたに助けられたみたいですね」


 先刻、声援を送ったものだと知ったらしいクロンの言葉に、ビンズは顔を赤らめる。


 その後、二人は無事、洞窟を抜けイベント会場に戻る。

 ザック達に礼をしよう。思いはするが、見当たらない。

 すでに会場にはいないのか…… いずれにせよ、再びやって来る人混みが、探す余裕を削いでいた。

 イベントは不祥事で散々だというのに、それでも会場はクロンを呼ぶ声で溢れていた。熱狂が、驚異を上回った結果だろう。


「ではわたし、いってきます。ビンズさん、今回はありがとうございました」



 ステージ裏、ビンズはクロンを見送った。

 ステージに向かう際、憂いの表情が華やいだものへと変わる。

 ビンズは、それをいとおしく見つめ、見送った。


「みんな、こんな時でもまた来てくれてありがとう!」


 そして、会場を後にする。胸に、確かな強い鼓動を宿しつつ――

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