16―4

 低く唸る心の鼓動。くるりと回る、ドアのノブ。

 客入りを知らせるベルの音に、クルトの鼓動が早くなる。

 ここは、ジランドの外れの方のチャットルーム。クルトは、店に入って早々、ぐるりと室内を見渡した。


「もうだめかと思ったとき、聞こえたんだよ。娘の声がさ」


 いたく陽気な声が聞こえる。他の客人に囲まれ、一人の男が忙しそうに場を湧かせていた。

 クルトは気付く。あの男こそ、リリの示した男であると。


「てなわけだ。さあ、そろそろ休ませてくれよ。俺も疲れてるんだ」


 男の一声で、集まっていた者達は一人、また一人と去っていく。

 なんともちょうど良い。クルトは用意された舞台に苦笑しつつ、男の席に歩み寄る。


「失礼。あなたのところがずいぶんと賑やかなもので気になってね。なにか良いことでも?」


 出来るだけ自然に振るまい、席に座る。

 男も気を良くしたのか、指をぱちんと弾き、話に乗って来る。


「いや、近い内に娘に会えそうでしてな。色々ありまして、ずっと会えてなかったんですよ。それが会えるって話です、年甲斐もなくドキドキもので」


(娘…… こども、か)


 クルトは心臓をつままれる思いをおさえ、有無を言わさず強制リンクタグ(場の者を強制的に思念空間に移動させるタグ)をチャットする。


 選んだ思念空間は、草原。

 突然の出来事に、男も動揺を隠せない。キョロキョロと忙しく周囲を見回し始める。


「あなたは煽り師という、高尚な人類にあるまじき愚行を犯した。だから、俺は、忠告に来たんだ」


 主導権を握り、話をスムーズに進ませる。そのために、混乱したままの男の頭に要点だけを叩き込んだ。

 冗談か、と男は笑う。だが、わざと作った真顔がこうをそうしたか、男に用件は伝わったらしい。

 このままでは消される、という状況が。どちらの立場が上なのか、が。


 男の呟きが微かに聞こえた。何を言っているのか、耳を澄ます。

 声は震えている、が澄ました耳をつんざく叫びが、直後に周囲を震わせた。


「冗談じゃない! ようやく新しい一歩を踏み出そうって時に……」


 男が体当たりを決め込んだ。クリスタルの力を生かした衝突は、クルトを大きく吹き飛ばす。

 脅迫は悪手だった。クルトは馬乗りにされた状態で、ぬかったことに苛立ちを覚える。

 舌打ちをする顔に、息と風を切り拳が迫る。


「待ってるんだ。娘が、待ってるんだ!」


 攻撃を腕で防いでいたクルト。だが男の気迫を受けた直後、無防備にも腕を地面に落としてしまう。


 低俗な者ならば、アンチにも心は痛まないだろう。

 今でもそう心の片隅に感じていたクルトは、例え低俗でも〝人〟であるということを思い知らされた。

 動揺するクルトの頬に、懇親の右拳が入り込む。

 何度も、何度も。重く、重く。

 このままではこちらが危ない…… クルトは本能的に動き出した。

 自由の利く右手でタグを書き、それを放つ。


〈pla…


 男がタグに触れた途端、その身体は不気味な光に包まれた――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る