15―3
『あ! ザック。この前の見た? 良いカイブツが悪いカイブツと戦うやつ!』
なんとも騒々しい始まりだった。
定番になっていたサムに対する定時報告。それをテレパシーでしたのだが、会話の主導権はすっかりサムのもの。
「アニメの話だよ! それでね……」
長くなりそうだと感じ、それとなく会話を終わらせテレパシーも終える。
閉じた目をそのままに、今度はルシーにテレパシーをはじめる。
『あ、サムくんですか? なんか、アニメの話でちぃちゃんと意気投合したみたいで。仲良く話し合ってますよ』
聞いて、サムの変化の理由に安堵する。ちぃとも仲良く出来ているのならなおさらである。
『あ、ごめんなさい。今なんか急ぎの用事が…… 失礼しますね』
ワイスに着くのが遅れると言おうとした矢先、慌てた様子でルシーは通信を終えた。
ザックは仕方なしにテレパシーを終え、瞳を開ける。
だが、暗い。闇から戻った先にも関わらず、光がまるでない。
「ここにも来そうにないですわ」
「それじゃあ、次に行こうか」
暗闇の中、ラーソとマティス、二人の声が遠くで聞こえた。同時に、小さな光が声の方から二つ現れる。
その光は規則的に揺れ、ゆっくりと近付いて来る。
ザックは一歩踏み出す。ぬかるんだ土の感触に、ずるりと足場を滑らせる。
腕を振り体勢を正す。が、背丈ほどに伸びた草藪がぶつかり、袖は大きく水滴で濡れた。
と、近づいていた二つの光が間近で止まる。
「さて、次はどっちへ?」
ザックは光の正体である手持ちランプに、それに照らされたマティスとラーソに話し掛けた。
今、三人は〝アソノモイカ〟という町の周辺で依頼を行っていた。
この地方には、一般的にあまり見られない〝フォトンボ(飛光虫)〟という生物が多数いる事で知られている。
フォトンバは、空気中のフォトンエネルギーよりも高濃度それを体内に溜め込んでいるのが特徴の、細長い体と四本の羽を持った昆虫。
特性上、飴や飲み物などに加工し摂取すれば、高濃度のフォトンエネルギーを体内に取り込めるため、世界中で重宝されている昆虫でもある。
今ザック達が夜にも関わらず草藪の中にいるのは、今回の依頼がその虫を空き瓶一杯に捕獲するというものだからである。
フォトンボは夜に多く現れる。そのため、三人は夜の日にフォトンエネルギー補給用のランプを持参し、対象が現れる時を待っていたのだ。
「ち、なかなか現れんな」
町で依頼を受けたのは、マティス。だが、どこか浮かないその表情からは、依頼に対する不満が見て取れた。今まで荒らし浄化を専門にしていたため、気乗りしないようだ。
一方ザックとラーソは、護衛と補助という役割でマティスの仕事に参加していた。
〝護衛〟といえば聞こえは良いが、ザックの本当の目的は、フォトンボが織りなす光の芸術をカメラに収める事。
「早く帰って来なくても大丈夫」とサムから言われていたため、ザックはマティスの要望である旅の同行を受けていた。写真撮影は、その息抜きといったところだ。
「もしいざとなれば、ジョウントタグでお前さん達を送ってやろう」
移動中、余裕を含んだマティスの言が飛ぶ。
が、カメラの調整に夢中なザックに、その声はほとんど届いていなかった。
草藪を切り分け進むこと数分。
先頭を歩くラーソが急に止まった。
「ここでもう一度調べて見ます」
ザックは頷き、マティスも止まる。
未来予知、の始まりである。
結果はすぐに出た。雪の心配はないが、後一時間で夜が明けるらしい。
その前にお目当てのフォトンボとご対面といきたいところだが……
「後二〇分程度でここに来ますわ」
予知の結果に、小さく息を吐く。寒さはあるが、こうして待つのも悪くない。
会話も消えた、一〇分後。カメラを固定する三脚をセットし、さらに一〇分。
「……来た!」
上空が明るくなるのを感じ、ザックは見上げる。
暗闇が、突然開き、輝いた。
そこから無数の光の粒が現れ、それぞれが四方八方に舞い踊る。
「よし」
同時に二つの声が重なった。
掛け声と共に、マティスは上空へ跳躍し、光をすくい取るように瓶を振り、フォトンボを捕らえる。
ザックは、マティスが地へと着地したのを見計らい、三脚のカメラを構え、光の中に光を放った。
光が重なった時、フォトンボは驚いたのか一目散に逃げ失せた。
つかの間の星空は消え、辺りは再び闇に包まれる。
それぞれの目的は無事果たされた。
ザックは、写真を確認するためカメラを覗いた。
星の如く輝くフォトンボが、幻想的に……
(あれ?)
いや、〝幻滅〟だった。
なぜならば、あるのは何も写っていない真っ黒な写真。
こんな失敗をしたのはいつ振りか……
『星空を写すのに、普通の風景を相手にするようなやり方は駄目よ』
フッと現れた古い記憶が、ザックの脳裏を過去へと誘った――
*
それは、今日と同じ、空まで闇に染まる夜のこと。
耳に聞こえるのは波の音。それがいっそう強く聞こえる崖の上に、一人の女性が座っていた。
「夜なのにランプも持たずに…… 危ないですよ。ソシノさん」
近づき、心配と怒りを滲ませザックは言った。
だがソシノは依然、動かない。
「ランプを持ってちゃ、せっかくの暗闇が台無しじゃない」
お返しとばかりに強気な口調が返る。
さらに、ソシノは勢いよく立ち上がった。これにはザックも驚き、謝ろうとするが……
「危ない!」
そこは足場が悪い崖の上。ソシノはバランスを崩しよろめいたが、間一髪。ザックは身を抱える助けることに成功した。
さすがにソシノも反省したのか、場にうずくまり沈黙する。
しばらく続く、空虚の時間。
波音が、言葉の代わりに打ち返す。
「……そうだ。これだけ毎日夜が続いてるんだから、明けたら桜が咲くかもね。今度、見に行こうか」
三脚を立て、夜空にカメラを構えていた時、ソシノの呟きが聞こえてきた。
ザックは頷き、返事とばかりに上空にカメラを響かせた。
満天の星空がレンズの表面に張り付く。
だが、撮り終えた写真は、闇だけが映された無味乾燥なものだった。
「星空を写すのに、普通の風景を相手にするようなやり方は駄目よ。物にはちょうどいい使い方があるんだから」
子供のあやし声にも似た声が、悩むザックを撫でていく。
「ほら、こうすると」
半ば強引に三脚の前を陣取られる。固定されたカメラを覗き込み、何やら両手も力強く握り込む。
シャッタースイッチが、オンになる。
一五秒の間を持って、カメラのシャッターは押された。
「カメラのフラッシュに使うフォトンエネルギー。あれにラグを起こしてカメラのシャッタースピードを遅らせたのよ。そうすれば被写体の動きや光の写り方が変わるの」
ソシノの言う通り、 カメラには見事に光り輝く星空が写されていた。
ザックは感嘆し、拍手を送る。
「まだまだね! ザック…… ホント、わたしがいないとだめなんだから」
ソシノは、得意気に波の音に混じる称賛の音を受け取っていた――
*
シャッタースピードを遅らせる、という初歩的な事の失敗に、思い出したザックは苦笑い。
(ソシノさんに怒られるな)
ザックが一人物思いにふける中、マティス達の支度を急ぐ呼び声が、どうやら二人は帰る支度を終えたらしい。
すぐに始めると告げ、急いで片付けをし終える。
帰り道、先ほどよりすっかり明るくなった夜空は、夜明けを思わせる空気に満ちていた。
ザック達は縦一列に並び、高い草藪を切り分けるように続く道を歩いていく。
先頭をザック、続いてラーソ、そして最後にマティス。
「人の後ろを歩くのは久しぶりだ」
どこか落ち着いた声色が聞こえてくる。
ザックは一度歩を止めた。振り返り、視線をラーソの向こうのマティスに移す。
「そういえば、言いそびれてましたが、明日駆たちはどうしたんですか?」
何気なく言った一言だった。が、
「ん、なんだ? 明日駆たちを知ってるのか?」
マティスにとっては「何気ある」ものだったらしい。
呼び捨てという砕けた呼び方が、混乱を与えたのだとザックは理解する。
ぶしつけだった事を詫び、「昔一緒に行動していた時期がある」と話す。
「なるほどな。まあ、あいつらは今わけありでな。騒がしい奴と無口な奴だ。いない方が落ち着けるんだがな」
マティスの照れのような愚痴のような物言いに、ザックは笑う。周囲の虫達も、涼やかな音色で笑っていた。
やがて、進む足は長く続いた細い道を通り抜ける。
湿った草原の、青を緑が視界の上下いっぱいに広がった。
「あ、少し待ってくれますか?」
再び三脚を、柔らかい地面に突き刺す。
せめてこの湿原は収めていこう。カメラをセット……
『さっきは突然話をやめてごめんなさい』
した時、ルシーからテレパシーが来た。
多忙のためだろうか。その声には疲れと溜め息が混じっている。
これ以上気負わせるのは酷だろう。ザックは「気にしてない」と告げ、二三会話を交えた後テレパシーを終えた。
息を一回、大きく吐く。再びカメラを構え、遥か遠方にシャッター音を響かせた。
「今度は上手く撮れましたよ」
空を見上げ、今度は声を響かせた。
その空は、地上に明かりを導くように、赤く静かに燃えていた――
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