15―2
宴が終わりに近づいた頃だった。
リリは、満腹を過ぎてもなお動かしていた箸を止め、隣に座るヤーニを見る。
〝ディセンション〟について聞きたいと、ヤーニから言われたのだ。
「ディセンションは、アセンションと対を為す行為です」
そして鈴かに語る。皿に添えられたチョコレートケーキ、それを分けながら、「これは別腹です」と。
本題を向こうに寄せ、あきれた風なヤーニをよそに、二三パクパク口に運ぶ。
甘味が口に広がり、満足感に包まれる。すっかり満悦したリリは、面倒だが仕方がない、とディセンションについて語ることにした。
とはいえ、どう話そうか…… 一度モゴモゴ動く口と一緒に、頭の中を整理することにした。
――ディセンション。それは魂を高次元な存在に上昇させ、進化を果たすアセンションとは違い、高次元な魂をあえて低次元な存在に落とすよう促す行為。
高次元に進化を果たした魂は、低次元には存在出来ないため、そのような魂を持つ者は、あえて自身を落とし、世界に溶け込む必要があった。
旧文明をアセンションに導いた、リリを含むワンダラーは、元々〝レインボー〟という種に進化し、新世界に降り立った存在。
だが、肝心の新世界は、不完全な進化を遂げた低次元なものだった。
そこは、高次元な存在であるレインボーが活動出来ない世界。その為、ワンダラーはディセンションを施す必要が生じたのである。
「そうして、わたし達ワンダラーは、本来の種であるレインボーから、魂が最も安定した存在であるバイオレットとなりこの世界に根付きました」
リリはささやくようにヤーニに言った。そして今度は耳元に近づき耳打ちをする。
「ですが、ここで問題が生じたのです」
――低次元な魂となったワンダラーは、それにより〝競争心〟〝妬み〟などの人類が失った不要な感情が芽生えはじめた。
そのため、思想の統一されていたワンダラー達の間で、それぞれの意見が生まれ世界のあり方を巡る対立を生むようになっていく。
進化派。存続派。退化派。
そうした同盟に別れ、ワンダラーは争いを始めた。
その争いを制したのはリリ達進化派。
だが、ここ最近になり、消滅したと思われていた同盟が、牙を向け始めた。生き残った退化派の者達である。
それらはディセンションを世界に向けて発動しはじめた。その影響は強く、人の魂にも変化が生まれる。より低次元に、より低俗な感情に沈んだ者達が増えて来ているのだ。
「でもディセンションがどうして退化派の仕業だって事になるんだい?」
「ワンダラーにディセンションを施した人達が、今居る退化派の方々なのです。ディセンションは彼らにしか扱えない現象ですからね」
リリはさらに話を付け足す。
アセンションにより世界を変えようとする進化派に対し、退化派はディセンションをもってそれを抑止しようと企てる者達、だと。
とにかく、いまだに進行するディセンションという異物を排除しない限り、進化派の望みは果たせない。リリはヤーニに強く言った。
「対抗策は、ディセンションの影響を強く受けた者の排除です。ディセンションは魂から魂へ感染する現象ですからね。幸い、強い影響を受けた者は世界中に極僅かです。それともう一つ……」
話を切り、リリはクレロワの方を振り返った。
「まぁ、それはまた今度話します」
*
祝いを終え、カニールガーデンへと帰る道は、心なしか荒れていた。
だがそれは、心持ちのせいだけではなかった。
「やめて…… ください」
高く伸びた並ぶビル、その隙間の狭い道。二組の男が、一人の女性の腕を無理矢理に引いていた。
卑しさを湛えた瞳に、リリはため息を漏らす。
「あれもディセンションの影響を受けて低俗に落ちぶれた人よ」
笑顔をもってヤーニに話すが、それは無理に作った引きつり笑顔。
隣に居たクルトが、後ろに引く。代わりに、音吏が前に現れる。
「ここはこの私が…」
音吏の声、だがリリはあえて聞かない振りを決め、二人組の男の方へ歩いていく。
眼前まで近づいた、その時だった。
(っと、あれ?)
一瞬の間にそこは、無骨な岩が並び立つ岩場に変わっていた。
「ここまでうまく行くとはな。情報通り、正義感が強いな、リリ・アンタレス」
二人組の男が光を撒き散らしながら現れた。その後、なぜか女性の方も同じように男達の隣に現れる。それぞれが短刀を手にし身構えていた。
何を言おうか考える間もなく、三人組は視界から消えた。
「っと、あれあれ?」
四方を囲むようにパッと現出した三人に、頭を回せず目を丸める。
次々に迫る短刀の突き、斬りをリリは華麗に避けていく。だが、ギリギリで免れたドレスの腕部、脚部の純白は無惨に引き裂かれていく。
「いい格好だな。リリ」
はだけて大きく露出した足元に、視線を感じ、リリはまたため息をついた。
「えっと…… 全員バイオレットですね。てことは…… 〝あれ〟一本で十分かな」
再度始まる鋭利な猛攻を、今度は完全にかわしきり、最中にストレージタグを書いていく。
現れたのは、紫色の薄く研がれた長い剣。
マゼンタブレード。それは、リリ専用の宝剣である。
右手に紫、左手は透明な者達を指差し、リリは高らかに〝掃討〟の意を告げる。
「そう簡単に行くかな、リリ」
三人が再び視界から消えた。
フッとマゼンタブレードを振り上げ、フッと笑う。
微笑がやがて、にこやか顔に変わる。そこから喜色満面に至るまで、そう時間は掛からなかった――
*
「じじ、ごめんね。せっかく用意して貰ったドレス、こんなに汚れちゃった」
リリは、純白のドレスを朱色に滲ませ、滲み出る口惜しさを吐き捨てる。
じじこと音吏は、普段の険しい顔を歪ませ心配そうな様子を見せる。
「リリを狙う者が一芝居打ったのか。リンクタグで誘い込んだまでとはずいぶん用意周到だ」
敵対する者の仕業であることは明白…… だが、リリには解せないことがあった。
自分の存在や居場所はもちろん、素顔さえも、他のワンダラーには知られていないはず。ましてや進化派を率いる者だとは誰も知り得ないはずであった。それを知っていたと言うことは……
「ま、外に出なければ問題ない話だし、とりあえずここから離れよう」
珍しく、ヤーニが気を利かせてくる。リリは素直にそれを受け、差し出された右手を握る。
手を引かれ歩き出す中、一度後ろの仲間たちを振り返る。
依然悩ましげな音吏、とクレロワ、そして…… 額に汗を浮かべ拳を握るクルトが見えた。
「みなさん、今日はありがとうございました」
にっこりと笑い、再び歩き出す。
何だかんだでよい一日だった。そう胸に満足感を秘めながら――
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