14―2

 一方、ここは列車の中央部。

 走り始めた列車の中、肩を上下させ席に向かい合って座るザック達の姿があった。


「なんとか間に合いましたね。ラーソさん」


 ザック達は、東にある町〝ワイス〟を目指すため、様々な街を経由し旅をしていた。

 今は、オマという町にいる。そして、これから列車で別の場所に移動する所だった。

 列車の内部は広く、向かい合って座るザックとラーソの間には木製のテーブルがある。ザックはそこにカメラを起き、改めて一息付いた。

 疲労するザックの瞳に、車窓の風景が入り込む。

 ザック達がいる列車中央部は、ほどよい具合に賑わっていた。

 あちこちから人の話し声が聞こえ、それは時折列車の音をかき消すほどに騒がしかった。

 どちらかと言えば、ザックは静かすぎるよりも賑わっている状況の方が好きだった。

 大自然の中なら話は別だが、人が居るのが必然になる場所の場合、賑わいがないとどこか寂しく思えるのだ。


「なんかみんな楽しそう。わたくし、旅の人たちを見るのが好きなんです。色々想像出来て」


 意外にも、ラーソもそうらしい。

 談話を交えつつ、時間は過ぎていく。

 多少の睡魔が寄ってくる。少し休もうかと提案しようとした矢先、ラーソのふとした誘いが来た。


「〝オセロ〟ですか。たまにはいいですね」


 それを行うのにちょうどいいテーブルが目の前にある。ザックは快く受けて立つ。


 オセロは古くから伝わる基盤遊戯。

 両者白石と黒石に分かれ、基盤に交互に石を打っていく。相手の石を自分の石で挟むと、色は自分のものに変わる。それを繰り返し最終的に色の多い石を持つ方が勝者という、シンプルな遊びだ。


「このままどんどん取りますよ」


 したり顔でザックは言った。

 戦局は、ザックの黒石の方が圧倒的に多く、このままラーソの白石全てを飲み込まんとする勢いだった。だが……


「これで」


 ラーソの目付きが変わった。そして打たれる一手。

 盤の右下の角に置かれた白石により、先ほどまで優勢を誇っていた黒石が次第に揺らぎ、戦況は一変。

 いつしかザックの立場は逆転していた。


「積みました。ラーソさん、強いんですね」


 両手を上げ、「お手上げだ」とザックは言った。


「オセロは序盤から多く石を取ると不利になるのよ」


 ふいに、座席の背もたれの上、ちょうど頭の上の方から少女の声が聞こえた。

 驚き、振り向き、首を上げる。座席の上から顔を覗かせ、得意気な様子で見つめる少女の姿があった。

 紗流(さる)と名乗る一七歳ほどのこの少女は、オセロが得意らしく、楽しそうに興じる二人を見、ついつい覗き込んでしまったらしい。

 ザックを小馬鹿にしつつ、ラーソにオセロの対局をしたいと騒ぎだす。

 あまり騒げば周りに迷惑が掛かると注意をするが、紗流は気にせず話を進めた。


「大丈夫よ。みんなあたしを注意出来ないから。出来るのはあなた達だけ」


 紗流は笑ってそう言った。

 事実、なにか理由があるのか周りは誰一人として紗流を注意しない。


「ラーソさん、どうしますか?」


 聞いては見たが、本人はどこかやる気まんまんといった表情をしていた。

 それではいざ、勝負。

 となるはずだったが……


「あ、いけない、忘れてた! そろそろ父さんの所に行かないと……」


 紗流は急に大声を出したかと思うと、慌てた様子で席を離れ、姿を消した。

 鳩が豆鉄砲を食った様に、ザックは呆気に取られる。


「……あ、そういえば、今のオセロでこの写真を思い出しました」


 空気を変えようと、ザックは一枚の写真を取り出した。

 夜に巻き込まれた時に写したその写真は、暗闇の中、それに負けんとカメラの光を反射させ、輝きを放つ雪景色が写されていた。それを見るラーソの瞳も輝きを放つ。


「雪、好きなんです。綿のようで、暖かそうなのに冷たくて……」


 ラーソの感嘆を耳にし、ザックは申し訳ない気持ちが溢れる。なぜならば、この写真は撮るのに失敗した、いわば没のものだったからだ。

 喜ぶのならば、プレゼントしたい。だが、失敗作をあげるのは忍びない…… ザックは迷う。


「全然、わたくしには素晴らしい写真ですよ」


 ラーソが迷いを一蹴した。健気な表情で微笑む様に、ザックは胸を掬われ、掴まれる。


 車窓の風景は、森から草原へと変わっていた。

 その変わり目を見ることなく、ザックはラーソを覗き見る。

 列車の鼓動が、胸の鼓動とリンクする。

 だが、それは突然終わりを告げた。


(な、なんだ)


 ドン、と車体を突くような強い揺れが一回、車内を伝った。

 乗客は動転し、辺りは惨事となり果てる。

 衝撃でザックは、目の前のテーブルに伏す形で転倒した。

 顔を上げた時、オセロの石が中空中に飛び散ったまま静止していた。

 ラーソも驚いた表情のまま動きを止めている。ということは……


(ラグ、荒らしか。いや、もしかしたら)


 居場所を探知した進化派の者かもしれない…… 考えた時、焦りがどっと押し寄せる。

 いずれにしても、ラグにより運転に支障が出た状況だろう。ザックは、一目散に最前列へと向かった。

 魂の力を引き出し、身体を半霊化させ、静止した人や壁をすり抜け駆ける。

 列車の正面から一気に飛び出した。外に身を投げ、姿勢を正す。

 案の定、列車の走りを邪魔する者が立っていた。

 一見して荒らしだとすぐにわかった。だがその顔は、憎悪ではなく、荒らしには珍しい笑顔を覗かせていた。


「冒険者か。強めのラグを起こした割にはすぐ来たな」


 発した言葉は、荒らし特有の破綻したものではなかった。

 ということは、自我がある。ザックは判断し、身構えながらも会話を試みた。

 自我があるなら荒らしから戻れるはず…… そう話したザックに対し、向かってくるのは強い思念波。笑いながら掌をかざす、荒らしの享楽。

 思念波を防いだザックは、ならばと次の思考をした。

 手っ取り早く静かにさせる。その上で話し合う。一度解いた半霊化を再度行い、戦う意志を示した。

 線路が破壊される前に勝負を決めようと、ザックはバイオレット特有の動き〝テレポーテーション〟で一気に間合いへと詰め寄った。

 荒らしですら感知出来ないその動きは、動揺を誘うのに十分な材料となる。

 ザックは、対応が遅れた荒らしに対し、右脚で力強い脚撃を決め、豪快に吹き飛ばした。

 追撃のため、自身も移動。しかし、このまますんなりとは行かなかった。

 荒らしは地に叩きつけられる瞬間、両手で思念波を放ち、自身をその反動で宙に浮かせ、受け身を取り、静かに着地。すぐに万全を取り戻した。

 その動きに、今度はザックの対応が遅れる。飛翔した勢いに乗り、地に足を付いた荒らしに拳を振るうが、逆に両手から放たれた思念波で衝撃を多大に受けてしまう。

 

「なんだ、大したことないな」


 荒らしはさらに、打撃を受けた腹部に手をあてがい、そこに自身の生体磁場(オーラ)を集中させ、魂の傷を和らげ始める。

 瞬時に最善の手を選択し、実行する。理性のある荒らしは、通常の者より頭が回るぶん、浄化もまた一苦労を有するのだ。


「次々いくぞ」


《<ul type="square"><li> </li>》


 挑発しながら作り出されたタグは、〝ブロックタグ〟と言う、フォトンエネルギーを一カ所に凝縮させ、特殊な物質に変換させるタグだった。


 フォトンエネルギーを圧縮された熱に変える光球タグと似ているが、これは鉱物を生成するタグである。出来上がったそれは〝ヒヒイロカネ〟または〝オリハルコン〟と呼ばれる、旧文明にも伝わる鉱物である。


 正方形状に作られたヒヒイロカネは、荒らしの思念で形を変え、無数の細長い針状に変化した。

 それは、矢のように勢い良く飛んでくる。

 それを見、ザックは冷や汗を一つ頬に伝わせた。

 このヒヒイロカネには生体磁場が残留していない。そのため、半物質半霊化した今のザックは、それを透過することが出来る。

 だが、透過した場合、背後にある列車にヒヒイロカネがぶつかり惨事となる。避けるわけには行かなかった。

 ザックは、迫りくる剛針を、体中から放出した思念波で押し止めた。

 だが、吹き飛んだ剛針は、突然一箇所に固まると、一本の槍を思わせる形に変化し、列車めがけ飛び出した。

 どうやら荒らしの思惑に嵌まったらしい。

 急いで止めようと、ザックは列車に駆け寄る。が、これもしたり。強力な思念波が、がら空きとなった背後に圧を掛けてくる。すっころび、ザックは舌打ちと肘を打つ。

 自我がある荒らしだからこそ出来る、狡猾(こうかつ)な戦略だった。


 このままでは列車が危ない。

 ザックは自身の身をかえりみず、再び立ち上がり止めようと動いた。

 向かっていく巨大な槍。それを避けるすべを知らない列車は、死を迎え入れる棺桶をイメージさせた。


『わたし、列車が嫌いなの』

 

 その時、脳裏にふっと追憶の言が甦る。

 同時に浮かぶ過去の光景。いつか見た桜の並木道、その下でソシノと二人で話した懐かしい思い出。


『怖い、ていうのが正解かな? あの日の事を思い出すから。わたしがわたしじゃない頃の』


 悲しげにそう話したソシノの表情が、目の前の列車と重なって見えた。

 だが、幻は長くは続かない。再び強い衝撃が、背中に襲い来る。

 ザックは両手を付き、地面に倒れた。

 のんきな口笛が、荒らしの元から聞こえてくる。


(もうだめか…… いや、こうなったら)

「待っていた甲斐があったな」


 苦心した時、男の声が突如聞こえた。見ると、列車の屋根に影が一つ。

 それは颯爽と飛び降り、飛んでくる剛槍を、横から両手で掴み受け止めて見せた。その力はクリスタルであることを物語る。


「自我がある荒らしか」


 男は、担いだ剛槍を荒らし目掛けて放り投げ、同時に自身も駆け出した。

 瞬く間に距離を詰め寄るが、やはりその身体は半霊化していない。

 剛槍を、上へ飛ぶ形でかわした荒らしは、追撃の構えを始める。だが、男も跳躍し、逃げる暇を与えない。 

 ザックも加勢の意を決め、男によって叩き落とされた荒らしに向かい思念波の追撃を加える。


「ち、分が悪いか……」


 荒らしは一言呟くと、光に包まれその場から消えた。

 あっけないが、ひたまずの解決である。列車の無事に安堵し、体の緊張をほぐす。


「ありがとうございます。と、マティスさんですよね。まさかこうして会えるとは」


 ザックは、体の傷を忘れマティスに礼をする。


「お前さんも大したものだ」


 マティスもまた、賛辞を送り返してくる。

 そして列車は動き出す。

 マナーは悪いが、列車に飛び乗り乗車。この場は解散となった――

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