14―3

「と、言うわけで、危ない所をマティスさんに助けられたわけです」


 列車の中、ザックはマティスの勇敢さを少し盛ってラーソに伝えた。

 そんなつもりは無かったのだが、興奮に拍車が掛かり過剰になってしまったのだ。


「なにやら楽しそうですな」


 話し声につられてか、ザック達の席に来る者が。背中に、リュックというアナログな収納道具を背負った、旅人然とした男である。

 パッと見壮年に思えるその男は〝ハモンド〟と名乗り、自分もしがない荒らし浄化の専門家だと告げた。

 先刻の荒らしの事件時、突然の出来事に腰を抜かしていた矢先、ザックがいち早く荒らしに向かったおかげでこの列車は救われた…… その事で礼を言いに来たのだという。

 だが、ザックにしてみれば、真の功労者はマティスである。礼は彼にすべきだ、そう考え、素直に伝える。

 と、思わぬ返事が返ってきた。既にマティスの方に礼をしに行っているというのだ。

 

「まあ、そういうわけでして。おっとそろそろモヴァですな。そういえば、どららの方まで行く予定で?」


 聞かれ、ザックはワイスと告げた。どこか覗き見てくるようなハモンドの視線に、戸惑いが生まれる。


「私はここに用がありまして。では」


 用が済んだか、ハモンドは足早に席を離れ去っていく。


「……なにか、妙な気がしますわ。あの人なにか隠してる……?」


 怪訝を表しラーソが言った。


 占術師の〝人を見る印象〟というものは、馬鹿に出来ない。 常に人を見ている占術師だからこそ、普通では解らない所でその人の本質を見抜くことは良くあることである。

 今のラーソの言葉は、ザックにハモンドの警戒をさせることになった。


 列車は、そろそろモヴァに着く。

 減速する車窓を眺め、ザックは提案を一つ思い付き、ラーソに話す。


「一度、モヴァで降りてみようと思うのですが……」


 やはり胸につかえるものがある。二つ返事で提案に乗って来たラーソも、どうやら同じ気持ちらしい。


 ブレーキの高い音が長く鳴った。多くの靴音が、それに続きホームを響かす。

 ザックとラーソ、二人の足音もあったが、それらは出口へは向かわない。


『実は、予定より少し遅れそうです。サムの方はどうしてますか?』


 ザックは今、ホームに設置された長椅子に座り、テレパシーを行っていた。

 相手はワイスで知り合った看護師〝ルシー〟である。

 そもそも、今回の旅の終着点はサムが待つ家。元々そこに長期滞在する予定だったのが、スパンセ行きで反故(ほど)になっていた状態だった。仕方のない事なのだが、これ以上は長引かせるのも忍びない。


『サム君は、ちぃちゃんと遊んでます。泣きながらちぃの馬鹿って言ってます』


 ルシーの陽気な返事が。

〝遊んでいる〟という言葉には語弊があるような気がするが、ともあれ元気そうではある。


「ザックさん、あの人…… 北側の方角の列車に乗るみたい」


 呼び声を受け、ザックはテレパシーを終え目を開ける。

 ラーソはというと、同じくホームにて、ハモンドの動向を追っていた。

 やり方は、未来予知。やはり疲れは出るようで、ラーソは地面にペタりと座り込む。

  

「おかげではっきりしました。さっきの人は怪しさ満点ですね」


 ハモンドはモヴァに用があるといっていた。にもかかわらず、あと数一〇分で来る別の列車に乗り、どこかへ行こうとしている。

 無論、乗り換えの意味で「用がある」と言ったのかもしれないが、怪しい事には変わりない。

 

「やはりお前さんもここに居たか」


 突如、背後から声がした。振り返ると、右手を差し出すマティスが居た。

 再会を喜び、ザックは握手を交わす。しかし「お前さんも」という言葉が解せず、首をかしげる。


「お前さん達もハモンドに胡散臭い話を聞かされたのだろう。俺も奴の動きが気になってな」


 マティスも勘がいいのか、ハモンドの言葉に疑念を抱いた様だった。

 ザックは、ハモンドが数一〇分後別の列車にお乗り込む事を告げる。

 予想通り、マティスの広角がくいっと上がった。


「なるほど。俺は奴を追うつもりだが…… お前さんたちはどうする?」


 どうやら、一緒に行かないかという誘いらしい。ならば、断る理由はない。

 一層の心強さを手に入れたザックは、ハモンドが乗る列車の到着を静かに待った――

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