13―2
「おかしな話ですね」
ザックたちは、クルトの話で沸いていた。庭先の優雅な一時の事である。
「あの人、本当変わり者なんですよ。ブリザードフラワーを見てみたいって言ったら、花が咲く森ごとプレゼントしますって言ったんですよ」
昔話をするレリクは、若々しく、とても幸せそうだった。
じっと聞いていたザックは、益々クルトを憎めない気持ちになっていく。
自身の目的のためなら、強行策を取る進化派の一員でも、クルトだけは違って思えた。
「さて、ちょっと散歩にでも行ってきます」
ザックは思い立ち席を立つ。隣に座る、上目使いのラーソと視線が重なる。
手を取り、そして歩き出す。
今日のフォトンエネルギーは、淡い朱色に輝いていた。
〝空焼け〟と呼ばれる現象である。ロマンテックだという者もいれば、凶兆だとして不気味がる者もいる。
ザックは前者だった。写真撮影にうってつけという職人気質な感想と同時、素直に〝特別な時間〟であると感じるのだ。
まさに〝特別な話〟をするのにもうってつけ。
そう、互いの素性、ワンダラーとしての物語をするには、である。
しかし、ザックは口を開かない。ラーソもまた、なにも言わずついてくる。
森の囁きが朱色に染まった世界に溶ける。ザックはカメラを構え、そんな静かさを切り取っていく。
一枚、枝に佇む小鳥達。
二枚、樹の幹に絡みつき、一つになる蔦の写真。
そして、三枚目。上を向き、写したものは、青い空。
撮り終え、深呼吸をした後、ザックは言った。
「……俺と一緒に旅をしませんか?」
それは、ラーソがワンダラーだと知ってからの三日間、悩んだ末の決断だった。
ラーソの丸くなった目を、ザックはしっかり受け止める。
だが気まずさは消しきれず、いつものように頭を掻いて気を紛らわせた。
ラーソは、最近まで自分がワンダラーだとは知らなかったらしく、そのため、かつてのワンダラー同士の争いも、進化派がどのような者達なのかも浅い知識でしか知り得ていなかった。そして最近になり、進化派から仲間にならないか勧誘を受けるようになったという。
あの時、そう自分に話してくれた事に報いるには、ラーソを進化派の危険から遠ざける、つまり自分が守る事くらいしか思い付かなかった。
「わたくし、よく解らないままなんです。受けるつもりはないですが、断ればクルトさんに迷惑が…… それに……」
ラーソは言う。以前、クレロワの臨時放送を聞いた時、すぐさま新たなアセンションを否定したが、反面、心のどこかでそれを受け入れたいと思う自分が居ると。そんなどっち付かずな自分が口惜しいと。
ラーソの憂いを帯びた顔ばせが、胸の奥に突き刺さる。
ザックは、進化派がこれまで行って来た強行の事実を改めて告げた。その上で、自身の事を話し始めた。
進化派の強引なやり方を阻止するためにこの世界を回っている事。
ワンダラー同士が衝突した際、微妙に時間流に変化が生じる。それをチャネリングの要領で三日以上前から読み取り動きワンダラー達の戦いを抑止してきた事。
時間流の変化はもう何一〇年も起きていない。進化派もすっかり諦めたものと考えていた時、今回の事件が起きた。その事に震える思いをしていたこと。
「でも…… 俺も、ラーソさんと同じなんです。今はこうして旅をしていますが、本当は彼らと争うのが正しい事なのか解りません」
ではなぜ、戦う意志を止めないのか…… そう問うラーソに、ザックは頬を指で掻きながら答えた。
「約束…… しましたからね。ずっと昔のことですが。それに、この旅を通して俺は、自分と言うものを知りたいんです」
ラーソの表情に張り付いていた憂いが、スッと落ちるのをザックは感じた。それは、自分も同じ。秘めた事を言えた開放感。その相手がラーソだという事が、なぜか嬉しく思えた。
「……ザックさんはやっぱり素晴らしい人です」
二人は初めて会った時のように、力強い握手を行う。
それは、新たに始まる旅を紡ぐように、きつく交わされたのだった。
空は、ますますの朱をもって、周囲の景色を染めていった――
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