13「見上げる空」

13―1

(どうする? 適当にやり過ごすか)


 クレロワ・カニールが所有するビル〝カニールガーデン〟の一室に、クルトは居た。

 ここははリリ達〝進化派〟の拠点としての一面がある。立ち入りは厳重に禁止されているため、その事は当然誰にも知られていない。

 拠点としての用途は、専ら雑談。時々会議。

 いずれもテレパシー(シンクロ・シティから個人に向けて会話をする技術)で事は足りるが、直接会うことに意義を見いだしているらしいリリは、よく無意味に仲間を呼んではお茶会と称し談話していた。

 クルトはいつもそれをパス。稼ぎのためタグ師として各地を放浪し、時々家族の元へと帰るという生活をしていたのだが、この日は違っていた。大事な会議だと念を押されていたためだ。


「では、さっそく議題に入ります!」


 主な内容は、アセンションを果たすために必要な要素「効率の良いインディゴの魂取得方法」だった。

 リリは、皆が居る円卓のテーブルにお茶を差し出しながら、一人一人に策を聞いていく。

 はじめに声を掛けられたクルトは、考え中を装いだんまりを決め込んだ。

 右隣のクルトも今は案がないという。

 と、左隣で動きがあった。議題にいち早く飛びついたのは、白髪の初老の外見をした音吏(おんり)であった。


「……以上がこれまでの研究で明らかとなった情報でございます」


 深々と頭を下げ、音吏は話し終えた。対してリリは、首を傾げ、なにやら思案するしぐさを始める。


「自殺賛歌。呪いの歌か。確かに、旧文明…… わたしが生きてた時代にもそんな話はあったけど、言わせて貰えば呪われていたのは歌じゃなくて時代のほうね」


 リリは、さしたる関心をみせないでいた。

 空になった陶器のコップをテーブルに置く音吏。ガックリと肩を落としているのが解る。

 のんきにお茶を汲み直すリリを見、クルトは内心ホッとする。


 ――音楽によるインディゴ確保計画。


 音吏が提唱した案は、明らかな効果をもたらすとクルトには思えたのだ。それならば、ふいになるに越した事はない。


「でもまあ、温故知新(おんこちしん)って言葉もあるし、故事に習うのも良いかもね。好きにやってみて」


 ドキリとする言が、リリからいきなり告げられた。気まぐれさに、クルトは心の中で舌打ちをする。


「では音楽による、インディゴの魂獲得計画、今日より開始、ということで。クラウドの壷、一杯にしましょう!」


 始まり始まり、と陽気な声が。

 そのまま、お茶会は解散になる。

 喜ぶ音吏と、賛同するシオンを傍目に、クルトは頭を悩ませた。


(どうする…… なんとか止めないと)







(ど、どうする、これは……)


 計画発表から一週間後。

 クルトは半ば強引にシオンに連れられ、とある廃ビルの一室に来ていた。そこで見た光景に、思わず言葉を失う事になる。

 緑色に統一された部屋の中、手足を縛られ、身動きを封じられた男がうずくまる光景。

 それを見、シオンは陽気に顔を綻ばせる。部屋の陰湿さと同化し、なんとも不気味にクルトには思えた。

 そして、耳に伝わる旋律が、よりいっそう気色の悪さを増幅させた。


「これが、じいさん(音吏)が研究して作り上げたインディゴを呼び寄せる音楽らしい」


 誇らしげにシオンは言う。

 この曲には、かつて旧文明時に〝呪われた歌〟と言われた二つ曲を研究して作ったものであるという。

 人の脳に危険信号を送るリズムが加えられており、さらに精神に過度のストレスを与えるという和音が取り入れられている。

 縛られた男は、ワンダラーであり、呪われた歌の効果を試す実験台とされていたのだった。


「こんな事をして、リリが許すと思うのか?」


 クルトは怒りを見せた。普段はシオンの行動を、見て見ぬふりで過ごしてきたが、さすがに今回は我慢がならない。

 だがシオンに「研究のための犠牲」と冷静に切り返され、言葉に詰まる。

 さらに、続けて出された話に、完全に言葉を失ってしまう。


「この計画はお前が主導で遂行しろ。決行場所は〝ミレマ〟だ」


 ミレマは、標高の高い場所に存在する村で、タグを扱える場所が少ないという悪条件により、年々過疎化が進んでいる地である。

 過疎にともない、人々の心にも活気が薄れ、閑古鳥が鳴く光景を隠せないでいた。

 そんな陰気な村は、人の精神を不安定にさせる音楽がまさにうって付け。改めて、計画の狂気をクルトは知る。


「断る! 俺にこんな真似……」

「散々サボってきたんだ。名誉回復のチャンス、逃す手はないだろう?」


 クルトは頑なに計画を拒んだが、長くは続かなかった。

 これまでリリの集合に積極性を見せず、やる気も見せていなかった為、仲間に疑われても仕方のない状態の身。

 これを断ればますます立場が悪くなるのは明白だった。


(どうする…… 腹をくくるしかない、のか……)


 クルトは、とりあえず従う振りをしミレマに向かった。

 そこで、一組の音楽隊と接触する事になる。

 インディゴを集める音楽を広める、その媒体とするための音楽隊と――





 


(どうする…… 計画はもうここまで来ちまった)


 すっかり癖になった言葉を心に響かせ、クルトは一連の記憶を起こし終えた。

 この日は、計画の発足からちょうど半年後。

 目の前に佇む、土壁の丸い建物を前にし、立ち尽くす。

 やがて、意を決し扉を開けた時、自分の名を呼ぶ複数の声が耳を通った。


「我らが偉大なるスポンサー、クルト様。もうすぐ来る頃かと思ってましたよ」


 そう言い、クルトに拍手を向けるのは六人の男女。

 皆一様にクルトに対し敬意を払い、賛辞を述べた。


「全くあなたは大した人だ。あの時の俺たちが、まさかここまで売れる様になるとはね」


 拍手を止め、一人の男が陽気に口笛を吹き言った。

 この男達こそ、シオンが曲を広める媒体にと接触を促した音楽隊である。


 音楽は、写真と同じ世界三大芸術の一つで、高い人気を誇る芸能。

 それに魅せられる者も多く、旅をしながら音楽を奏で、さながら吟遊詩人のような暮らしをする者も少なくない。

 この男達もそんな旅芸人であったが、全く相手にされない所謂(いわゆる)売れない音楽隊であった。

 だが、ある日を境に、売れない日々は終わりを告げた。そう、半年前、クルトが持ってきた音楽によって。


「あなたの楽曲は、わたし達に光を与えてくれました。感謝してもしきれません」


 音楽隊の紅一点〝スズナ〟に言われ、クルトは苦笑いを浮かべた。

 かつての売れない音楽隊は、今ではこの村では知らぬ者が無いほどの有名人となっていた。

 事に、リーダーである〝ムゲ〟の知名度は絶大だった。


「そ、そうか。人気が出てるようで良かったよ」


 クルトが村に来たのはこれが二回目。突然「また会いたい」とムゲから誘いがあり、急遽会う旨を決定し来たのだが、再会を果たしたいという思いよりも呪いの歌、その効果を確かめたい思いの方が強かった。

 結果は、期待していたのものと違っていた。むしろ、最悪といっていいものだった。

 村中で人気が出たのならば、すでに手遅れだろう。思いはしたが、一応クルトは「村人達に異変は無いか」と聞く。

 聞いて、冗談だと思ったのか「皆、歌を歌いすぎて、村中うるさくなった」と笑ってムゲに返される。


「村中なんだか元気になったように思います」


 予想だにしない言葉がスズナから現れた。

 本来の効果ならば、村人は自ら命を絶ちインディゴに変わるはず。だが、逆に元気になっているというのだ。


(効果がなかったんだ!)


 クルトの心に涼やかな風が吹く。 


「それは良かった! じゃあ俺は用事があるんでな。失礼するよ!」


 ようやく苦笑いではない笑顔を見せる。

 陽気にステップ、施設を後にし、チャットルームへいざ行かん。

 鼻歌もつい表れるが、無意識に出た曲は、なんと呪いの歌。

 ハッとし、とっさに別の旋律に切り替える。


(まあ、呪いの効果がないって考えればいい曲なんだよな)


 思う最中、チャットルームが見えてくる。

 ミレマはチャットルームが他の地域より少ない場所である。

 村に不慣れな者は、チャットルームを探すだけで一苦労を有する。

 ついさっきも訪れたはずのクルトでも、複雑に入り組んだ地形から、すぐにそれを探すのは苦労を有した。

 行き着いたチャットルームは、土で固められたカマクラのような外見をしていた。

 ミレマならではの建設技術で造られた〝土屋〟というものである。

 村にある殆どの建造物は、この土屋で出来ていた。

 土の香りを鼻に通し、チャットルームに入ったクルトは、すぐさま空いた席へと腰を下ろす。

 そして、休むことなくタグを用い、この村を後にした――







 ミレマを経由し、着いた先は自分の家。皆が集うダイニング。

 固有リンクタグ(特定の人物の元に瞬時に移動できるタグ)で家族の元へと移動したのだ。


「父さん、おそいよ!」


 息子であるシェイン達である。


「すまんな。ちょっと急ぎの用事でな。……ん。ザックとラーソさんは?」


 言いながら、二人の姿がないことに気づく。 

 聞けば、二人はレリクと一緒に庭で談話中だという。ともあれ、今回は息子たちと勉強会の予定だった。少々酷いが、今は向こうにいた方が都合が良い。

 勉強の舞台はチャットルーム。それで依頼を受け、無事に達成すること。

 冒険家を目指しているらしいシェイン達に、子供の内からそれがどんなものなのかを体験させるのが狙いだった。


「じゃあ、さっそく……」

《しゅっぱつ!》


 クルトが話す中、青いチャット文字がカインの指先から現れた。

 それを見、クルトは感嘆の声を上げる。


「そうか。出来るようになったのか!」


 クルトが長期的に家に滞在してから一週間、二人は勉強により見違えるほど成長していた。

 ことにカインは、これまで出来なかったチャット文字を完璧に扱えるまでに成長していた。

 これも、父であるクルトの力が効いたのだろう。


(こいつらのために頑張らないとな!)


 二人の成長に思いを馳せ、クルトは勇んで家の外へと踏み出した――

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