13―3
「じゃあ頼んだわよ」
クルトの右手は、一人の女性の右手にガッチリと握られていた。
眼前にはチャットルームの入り口。後方には、荷を背負う子供たち。
歩き出す子供たちを、クルトは後ろから見守る形で追いかける。
「父さん、まさか荷物運びなんて仕事があるとは思わなかったよ」
シェインの愚痴がふわりと届く。
冒険者の体験修行。そう釘打って始めた初の依頼は、荷物運びという割りとポピュラーなものだった。
依頼主はバイオレットの若い女性。
バイオレットは肉体的にいえば、クリスタルより脆弱である。ストレージタグで魂に取り込めないような大型の重い荷物は、バイオレットでは運べない。だが、クリスタルならたやすく持てる。この関係を利用した仕事は、クリスタルの重要依頼として生かされていた。
「だからお前たちにはうってつけな訳なんだ」
クルトは子供たちの背中にエールを送る。が、当の本人たちはどこか不機嫌そうだった。
「ぼくたちもっとかっこいい仕事したいよ。例えば、ザックさんみたいに荒らしを……」
もくもくと歩いていたカインも、兄と同じように愚痴り始めた。
と、そのシェインがふいに歩みを止める。隣のカインを向く横顔は強ばりを見せている。
「コラ! ザックに言われただろ。かるい気持ちじゃダメだって」
カインがハッとしたようにピタリと立ち止まる。あやうくぶつかりそうになるのをこらえ、クルトは子供たちの会話に聞き耳を立てた。
「そうだね。あの時教えられたいろんな事、忘れてなかったはず…… なのに」
カインの潤み始めた声を聞き、クルトはそっと会話に入り込む。
「ザックから大切な事を教わった様だな。誰だってすぐには守れるもんじゃないさ。これからやっていけばいい」
嫌悪する息子達の肩を叩き、激励した。
シェイン達は元気を取り戻したようだ。重い荷物も何のその、力強く地を蹴り前へと進み出す。
急な坂道を終えた時、クルトは一旦休憩を促した。子供たちは「よゆー」と言うが、クルトは棒になった自身の足を指差し、懇願する。
「しかたないな、とうさんは!」
横に立ち並ぶ雑貨店の一軒に目を付け、入り口にあるベンチに腰を下ろす。
ふう、と息抜きをした、その時だった。
(ん?)
クルトの元にテレパシーが送られてきた。
『計画の進捗、聞かせて貰おうか』
今は特別聞きたくない、シオンの声だ。音楽によるインディゴ誘導実験の成果報告を威圧的に聞いてくる。
対して、クルトは強気だった。いつもの弱気は、成果がまるでなかった事実で消えていたのだ。自信満々に、計画の頓挫を告げる。
だが、高く伸びた鼻は、シオンの威風で揺すられる。
『貴様の報告はやはりあてにならんな。じいさんの話では成果は着実に出ているらしいぞ』
聞いて、クルトは怒鳴り散らして否定した。否定したはいいが…… そこから勢いは一気に弱まる。
引き続きミレマを見張るように言われ、拒否。シオンも一緒に同行するという提案にも、否。さらに……
『じゃあ、ザックの始末、これならどうだ? どうせお前が匿ってるんだろう?』
クルトはドキリと心臓を動かした。なぜ、それを知っているのか、解せなかった。
『知り合いらしい様子だったからな。昔からリリはアンチ活動よりも勧誘に積極的だ。ザックもその対象だが、俺は違う。奴だけは早いうちに消しておかないとな』
クルトはなにも返せず、押し黙る。それでも、シオンの提案はなんとか断り、勢いのままテレパシーを終えた。
頭を抱え、事態を整理する。と、その頭に、小さな手のひらの感触が二つ。
悩む素振りを見て心配してか、子供たちが慰め始めた。
「お前達に心配されるとはな」
少し、力が湧いた気がした。やはり息子は、家族は良いものだ。思うと共に、僅かだった力が一気に膨れ上がるのを感じた。
不意に立ち上がり、歩を進める。
子供達もそれに続き、荷を持って歩き出す。
荷物運びを始めて数時間。初めは渋っていた二人も、今は無邪気に笑い合う余裕すら見せていた。
「とうちゃく!」
そこは、町外れの一軒家だった。
家の前に立つと、依頼主の女性が出迎えた。
女性はシェイン達の前に立つと、丁寧に礼を言い、飴玉を二つ、それぞれの手に握らせた。
受け取り、しばらくそれを眺めていたシェインとカインは、ふいに笑い出したかと思うと、互いの手を叩き合い喜びあった。
「とうさん。良いことして誉められるのってすごく気持ちいいんだね」
今回の経験は、きっと今後に生かされる事だろう。
帰り道、二人は仕切りに、遠くに広がる空を見上げていた。
「父さん、僕たちもいつかあの空の先まで行けるかな?」
クルトは、なにも言わず頷いた。
なにより、子供達の成長が嬉しい。同時に、自身の状況を乗り越えようとしない自分が腹ただしく思えた。
「よし、俺も…… しっかりしないとな!」
張り上げ言ったクルトの声が、空に広がり消えいった――
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