12―2
ザックは、暗がりから目を覚ました。
横たわる身体には柔らかなベッドの感触が伝わる。
横を振り向くと、小さな窓が一つあり、そこから外の風景が覗けた。
見晴らしのいい風景から、ここが二階にある部屋だと理解出来る。
身体を起こそうと、ベッドを軋(きし)ませてみるものの、逆に身体が軋み思うように動かない。
その過程で、ぼやけていた先刻の出来事が次第に鮮明になっていく。
やがて、ある部分に差し掛かった時、ザックは大きくため息をついた。
ヤーニという少年に奇襲を受け、倒れた事実。しかし、それから記憶が途絶えていた。無論、ここがどこかも解らない。
どこであろうと長居は無用。だが、身体が動かない以上、どうにもままならない。歯がゆいが、このままじっとしているしかなかった。
時計が時間を刻む音に、長い間身をゆだねる。
時折窓を訪れる可愛らしい鳥が、そんな虚無な時間の唯一の癒やしとなっていた。
鳥達が代わる代わる窓を訪れて七回目、誰かが階段を登ってくる音が聞こえた。
ベッドの軋む音と、廊下が軋む音が重なり響く。
ノックが数回。ギイっとやはり重い音で、扉は開かれた。
「ん、え……」
来た者の姿に、ザックは驚き目を丸くした。
「……ザックさん、具合はどうですか?」
それは、街のチャットルームで別れたはずのラーソであった。
疑問と安堵を混ぜた表情を、ザックは無意識にしてしまう。見かねてか、ラーソは今までの経緯を伝え始めた。その甲斐あって、ザックはおおよその事態を知る。
ラーソが仕事の依頼でクルトと一緒に近くまで来ていたこと。そこで、自分が川辺で倒れていたのを発見し助けてくれたこと。そして、ここまでクルトと一緒に自分を運んでくれたこと。
だが、ここがどこなのか、いまだに解らない。さらに、一緒にいたというクルト。
ザックは、自分を襲ったヤーニとの関連を疑っていたため、クルトへの印象は最悪だった。
「この場所を教えてくれたのはクルトさんですわ。ここはクルトさんの住まいらしいです」
その時、勢いよく階段を駆け上がる複数の足音が。
この騒がしい様に、ザックは強い既視感を覚える。
扉が強く開かれた。それより強い元気な声がさらに来る。
「ザック! 久しぶり!」
二人の顔を見、ザックは全てを理解した。
ここが、レリクの家だということを。
「ザックってホント倒れるの好きだよね。これで二度目だよ」
「写真にむちゅうで事故を?」
レリクの子、シェインとカインの重なる声に、思わず苦笑い。
だが、なにはともあれ二人は心配をしてくれていたようだ。おどけた態度を見せつつも、気遣わしげな表情がそれを物語る。
ザックは二人と再会の喜びを分かち合うと、重い身体をなんとか起こし、ベッドから這い上がった。
扉の前に立ち、手を掛けゆっくりと押す。
古い木造の扉は、開くと同時にひのきの香りを漂わせた。
――めったに使わない父親の部屋が二階にある。
以前そうレリクが話していたことを思いだした。
寝ていた場所がその場所なのだろう。そして、まさか父親がクルトであったとは…… 妙な巡り合わせに胸が突かれる。
身体をラーソに支えられながら、下へと続く階段を下りていく。
どこにでもある短い階段。だが、今はとても深く感じられ、さながら谷の深淵まで伸びている様な錯覚すら覚える。
階段を降りた時、ようやく身体の扱いに慣れてきた。
居間まで一人で歩くとラーソに告げ、一歩一歩廊下を踏みしめる。
入り口までなんとか来た。耳を澄ませると、レリクと誰かの話し声が聞こえて来る。
話し相手は男の声。やはりか、聞き覚えのある、クルトの声だ。
クルトへの疑念は強い。もしかしたら、近い内にでも敵対する事になるかもしれない。心と、居間の戸を開ける手が、その重圧で重くなる。
「お、目が覚めたな」
あっけらかんとした挨拶が、食卓に座るクルトから来た。
その口は、発声とは別の理由でモゴモゴと動いている。
ちょうど良い具合に焼けているのが傍目にもわかる、焼いた芋がテーブルに置いてあった。
太々しいのか楽天的なのか…… あの時の戦闘を忘れたかのような、いけしゃあしゃあとした態度に、ザックは困惑を隠せない。
知り合いかと訪ねてくるレリクに、街のチャットルームで会った仲とだけ告げるが、心中穏やかではなかった。
「ザック! とうさんに感謝しないとね…… あ!」
後から来たシェイン達は、忙しくもザックを通りすぎ、テーブルに置かれた焼き芋に飛び付いた。
そのさらに後。小さく笑い、ラーソがザックの横に立つ。
「クルトさんとなにか話があるのでは? わたくしは子供たちを見てますね」
ラーソは言うと、子供たち居る食卓に加わった。
二人きりで話すのは今か…… ザックはラーソに感謝しつつ、ひとまずレリクが座る席に向かう。再会の喜びと、今回の礼を告げるために。
「いえ、お礼なんて…… あ、お礼はクルトの方に。いい忘れてましたが、会ってほしい人っていうのはクルトの事なんです。この人ったら、この前のザックさんの話をしたら、ぜひ会いたいって聞かなくって」
レリクの話に、思わず「えっ」と言葉が漏れる。
と、クルトの方からがガタりと椅子を動かす音が。
そして視線が来る。
「まあそういうことだ。ずいぶん運命的な出会いになったけどな。……ちょうどいい。外の空気を吸いたくなってたところだ。向こうでちょっと話そうか」
クルトの提案に、ザックは黙って従うことにした。
楽しげなラーソ達の話し声を背に、入り口を開ける。
廊下という、話すには殺風景な場所で、ザックは意を決する覚悟を決める。
クルトには聞きたいことが山ほどあった。
なにから聞こうか…… 迷い考えていた時、意外にもクルトの方から声を掛けてきた。
「俺が河辺にいた奴らの仲間か知りたそうだな。……察しの通り、俺は奴らの仲間だ。君は知ってるみたいだから話すんだ。俺たち〝進化派〟の事をな」
壁に背を掛け、クルトは続けた。
それによると、あれはクルト自身にも突然の出来事だったらしく、協力していたわけでも芝居していたわけでもないという。
ザックは、あの時の光景を思い浮かべた。その時のクルトの表情は、確かに演技にしては必死に思えた。
「あいつは…… シオンは前から俺が裏切るんじゃないかって思ってるみたいなんだ。俺は一番歴も浅いし、活動的じゃなかったからな。だから、君をおびき寄せる目的と一緒に、俺に念を押す目的があったんだと思う」
ザックは、そんなクルトをじっと見据えた。深淵を見下ろすように、深く、心を覗き込む。
だがしばらくし、その瞳をふっと和らげる。
疑うより、このクルトという男を信じたかったのだ。
恩人の…… 縁の深いレリク一家の父親であることが、ザックを敵意から好意に近づけさせていた。
「俺は進化派の事はたぶんクルトさんより知っています。だからこそ、気になります。家族を作ったのは、加わる前ですか?」
これだけはどうしても聞かなければならなかった。
世界の導き手である純粋なバイオレット、つまりワンダラーは、長い間三つの派閥に分かれ対立していた。
新たにアセンションを引き起こし、世界をさらなる高みへ昇華させようとする進化派。
このままの世界を維持しようとする存続派。
いっそ旧文明にまで遡りそこで新たに世界を創造しようとする退化派。
これらに分かれ衝突してきた。その中でも、最も過激な活動をする者達としてワンダラー同士で伝えられているのが進化派である。
それを知っているザックは、なぜクルトが家族を持ちながら過激な派閥に加わるに至ったのか、どうしてもはっきりさせたかった。
「俺が加わったのはレリクと会う前だ。一〇年、はまだ経ってないか。それ以前は確かに、人類は再び進化するべきだと思って積極的に協力していた。だが……」
言葉を切ると、クルトは頬を赤らめ始め、
「レリクが…… そんな俺を変えたんだ」
頬を指で掻き、言った。
そしてさらに語る。進化派を抜け出そうにも当然仲間はそれを許さない、と。板挟みの中、今は苦悩し続けていると……
話すクルトの表情には、疲れが見え隠れしていた。
すべてを聞き終え、ザックはクルトの肩を軽く叩く。
「……レリクさんと、子供を大切にして下さい」
今度は力強く肩を叩くと、居間の戸に手をかけた。
はしゃぐ声が、出迎える。
居間では、すっかり打ち解けたレリクとラーソが、楽しげに会話を弾ませていた。
「この間はあなたのチャンネル思念で、ザックさんにあった石を知れたのよ。感謝してます」
「そんな、礼を言うのはわたくしの方です。それがきっかけで今があるんですから」
話を耳に、今割って入るのは野暮だと感じたザックは、シェインとカインの相手をする事にした。
「あ、ザックさん。前に話した宿題の答えが解ったよ。あれって登録書だったんだね!」
カインの陽気に照らされ、ザックはにこやかに隣に座る。
居間は一層の賑わいをみせていく。飽きることなく続き、久しぶりの再会に花を添えた。
時計の時針が一周。ようやく騒ぎが落ち着いた頃、ザックは次の行動を開始した――
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