11―5

「やはり貴様だったか。……まさか生きていたとはな」


 沈黙した間の中、始めに発されたのは威圧的な声だった。

 木の影から身を移し、ザックはその元であるシオンに向かう。

 対峙するのは不敵な笑み。後方に居たクルトの姿はすでに無い。

 ザックは息を整え、一声しようと口を開ける。

 と、途端。どこからともなく拍手が鳴り響いた。

 まさに真上。突然現れた気配に、溜めた息が思わずハッと漏れる。


「はじめまして。僕は、ヤーニ」


 冷笑を湛え、両手を広げる大仰な仕草でヤーニはゆっくりと降りてくる。

 うろたえるザックとは反対に、シオンは余裕な態度を崩していない。

 後ろ手の無防備な構えのまま、正面にテンプレート(指ではなく自身のオーラそのものを文字に変える高等技術)でタグをチャットし始めた。


「少々手間取ったが、ヤーニ、後は任せる」


 言い残すと、作り出したジョウントタグを用いシオンはその場から消え去った。


「君が僕の仲間達の邪魔をしてたっていうワンダラーか。なかなか楽しくやれそうだ」


 手を胸にかざし、口を綻ばせながらヤーニは言う。

 ワンダラーでもなく、なにか人ですらないような存在感に、ザックは強烈な力を感じ取る。


「さっきの二人は、俺をおびき寄せるために演技をしてたってことか…… まんまと乗せられたな」


 ザックは小さく舌打ちをした。珍しく感じる怒りのよう感情に、なんとも嫌な気分になる。


「まあ、ちょっと違うけどね。ワンダラー同士がぶつかり合えば、時間流に微妙な変化が生まれる。それを察知して邪魔する奴がいるって話を聞いて思い付いたんだ。長年ワンダラーアンチはしてなかったみたいだから、すぐに釣れるか不安だったんだけど……」


 ヤーニは一瞬姿をくらましたかと思うと、ふいに眼前に現れた。

 すかさずザックは後方へ退く。後方といっても、中洲を離れ、川をも越え、その先にある森の入り口付近にまで移動した。つまるところ、逃げてしまったのだ。

 遠巻きに向こうを見るその目には、面白おかしく手を叩く、ヤーニの姿が映る。


「だけど、ワンダラー同士のぶつかり合いを感知するなんて普通は無理だ。しかも君は、どうやら年単位での察知も出来るらしい。なぜそんな事が出来るんだい?」


 ザックはなにも言わず、動き出した。

 飛ぶ鳥と間違うほどに素早く滑空し、ヤーニに再び詰め寄る。

 そのまま腕に掴み掛かり、掴んだ腕を力強く空中に放り投げた。

 勢い良く回転を加えながらヤーニは投げ出される。だが、あわや地面に激突かという所で、その身体はピタリと宙に留まった。


「驚いた。やっぱり並みじゃないね。他のワンダラーとはひと味……」


 その間をザックは許さない。自身も宙に身を移し、小さく、素早く、拳を、突く。打つ。また、蹴りあげる。果敢に攻め立て、威圧する。

 たいがいは防がれてしまったが、その内何度か与えた打撃は、見事にヤーニのダメージとなったらしい。辛顔を見せ、ここからさらに上方へと逃げ出した。

 だが、只で引くヤーニではない。タグが複数、同時に現れる。

 それに気づいたザックだが、勢い付いて追った身は、簡単に制止できなかった。

 途端、大気が大きく震えだす。空中で起きた地震に似た振動は、ザックに燃えるような衝撃を与えた。

 川の中へと、たまらずダイブ。

 よろめき、なんとか立ち上がるが、川の流れに逆らうのがやっとなほど傷は深い。


「桁違いのその力…… タルパ、ですか」


 バイブレーションタグを造作も無く扱う姿を見、自然とそんな言葉が出てきた。

 ヤーニは笑顔を見せ、頷いた。


 あらゆる状況、あらゆるモノを超越するよう設定され、生まれてきた存在。

 無茶な理想や妄想を、忠実に実体化出来るタルパと言えど、それには条件がある。

 より高度な条件を与えるには、より多くの生体磁場(オーラ)が必要となる。それを解決する唯一の方法、それは……


「察しが付いたようだね。そう、"クラウドの壷"に収められたインディゴの魂から僕は作られたんだよ」


 インディゴ…… つまり荒らしは、強いオーラを持つため、タルパ作りに利用されることがある。それを知っていたザックはヤーニに鋭い眼光を向けた。

 だがヤーニの、引導とばかりに放ったバイブレーションタグにより眼光は遮られる。

 川は弾けて滴に変わり、雨と成り果て降り注ぐ。

 雨で見通しが悪くなったためか、視界が酷くぼやける。

 否。身に迫った〝死〟という闇が、視界をおぼろげにしているのだと、この時ザックは思い知る。


(まだ、終わるわけには……)


 小さな虹が、うっすら生まれた。ザックの居た、その場所に。


「消えた…… 気配もないし、やったのかな」


 生まれた七つの彩りは、首をかしげるヤーニに見せつけるように、その色を鮮明にしていった――

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