11―4

 湿った中洲の地面は、座る事には適していなかった。

 だが、今のクルトにはどうでも良いことだった。ため息をつき、瓶に詰めたブリザードフラワーを見つめる。

 澄んだ流れの音律。その中に、群れで泳ぐ魚の景。


(さて、これからどうするか)

「勧誘失敗か。その様子だと」


 声がした。

 風に揺れ、騒ぎ出す木々と同調してか、やけに響いて耳に入る。


「出てこいよ、シオン。覗き見はあまり感心出来ないな」


 サッと逃げ出した魚達を尻目に、クルトは毒づく。

 中洲の向こう、川を越えた先の森の陰でなにかが蠢く。


「まあ、まだ時間はある。と言いたい所だが…… 貴様に少々用事が出来てな」


 シオンが姿を現した。と、思いきや……

 一瞬静まり返った後、中洲の土が噴火の如く巻き上がり、川が濁流となり果てた。

 地に開いた穴の上、シオンは不敵に笑っていた。

 攻撃を寸でで避けたクルトだが、この仕打ちは当然納得がいかない。

 怒りをもって立ち上がり、怒号する。


「お前! いったいなんの真似……」

「リリの意に従わない者は、地に伏すのがお似合いだ」


 怒号は、静かに発せられた声により掻き消えた。

 正確には、シオンが発した思念波。それがクルトを造作もなく吹き飛ばしたのだ。


(……な!)


 クルトは事態を把握できず反応が遅れた。

 木に激突し、ようやく攻撃を受けたことを知る。

 とっさに立ち上がり前を見る。

 後ろに気配を感じた。だが、そこには今し方ぶつかった大木が。

 

「遅いな」


 大木をすり抜け、シオンが怒濤に迫り来る。

 身を低くし、肩から勢い良くぶつかるシオンの一撃に、クルトは再び川の中洲まで弾き飛ばされた。

 ここに来て焦燥と怒りが沸き上がる。体勢を立て直し、今度はこちらの番だと反撃に転じる。

 目にも止まらぬ速さでシオンの元に近づき、首を狙い脚を蹴りあげる。

 が、シオンに片手で受け止められ、停止。逆にそこから体勢を崩されてしまう。

 ならばと一旦間合いを大きく開け、腕を力一杯横に振った。

 生体磁場(オーラ)が質量を持ったエネルギー波に変わり、鋭利な風が生み出される。シオンめがけ、一直線に。

 乾坤一擲(けんこんいってき)。クルトは「今だ」とシオンの懐へ入り込む。

 風の刃は、同じ要領で放った相手の刃で相殺される。が、直後、シオンの胸部にきれいに拳を振り出すことが出来た。


「甘いな」


 が、またも、手応えを得られず沈静する。

 シオンの右掌に包まれたクルトの拳は、ドアノブをくるりとさせるように回転される。

 その運動エネルギーは身体にも伝わり、クルトはなす術なく宙を回転しながら豪快に地に落ちた。


「怠けている証拠だ」


 捻った腕は、思いの外ダメージを受けていた。おまけに完膚なきまでに叩き伏せられた状況である。クルトは顔を地につけたまま、泥と苦渋を同時に舐める。


「さて…… ん?」


 どういう訳か、シオンは急に後方を振り向いた。

 そして、思念波を発生させ、向こうの木々を払い出す。

 

「来たようだな」


 倒れた木々の中、立ち上がる人影が一つ。その姿を見、クルトは思わず息を呑む。


「なるほど…… 狙われてたのはクルトさんか」


 一眼レフをキラリと光らせ、そこにはザックが立っていた。

 身体の痛みはどこへやら、クルトは驚き立ち上がる。


「あんたは、さっきの!」


 驚声が、渓谷の岩を打ち鳴らす。

 川は変わらず澄んだ音を伝えていた――

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