9-4

 明日駆は今、マティスの手により肉体的死を迎えた。

 しかし、誰も感傷には浸らない。

 むしろ、マティスの頭はここに来て極点に冴えていた。


「あ! なんて事を!」


 ヤーニの叫びがこだましても、マティスの冷静に動じない。

 代わりに口もとがゆっくりと動き出す。紡がれた声の先にヤーニはいない。傷付き、片膝を屈するネムに真っ直ぐ届く。


「しばらくの別れだ。早く戻ってこいよ」

「……約束する、必ず」


 マティスの短刀が、ネムの心臓部を貫いた。

 光輝き、ネムはゆっくり消えて逝く。不穏な状況でも、表情は穏やかであった。


「ヤーニ。お前に殺られればクラウドの壺行きだ。そうなれば再生は無理だろう。だが、俺の手でやったなら話は別だ。やつらは再生し、必ず戻ってくる」


 煽るつもりでマティスは言った。立つのもやっとな状態ではあったが、一矢報いた事が、脚に力を与えていた。


「……全く、弱いものいじめをし過ぎたかな? 僕はまだ力の加減が出来なくてね」


 ヤーニのひきつった笑顔が返る。苛つきがあるのか、声は少し震えていた。

 確実に、効いている。苦肉のけしかけ口撃が。

 マティスのしたり顔はそれによりますます広がった。


「行くぞ。不正(チート)なタルパめ」


 マティスは地を踏み、駆け出した。ヤーニの元へと、弱った脚で。

 逃げるためではなく、生きるために。仲間に代わり、助かるために。

 無謀な行為を嘲笑うかのように、ヤーニからはバイブレーションタグが展開される。

 だが、先刻のそれとは違い、振動させる空間に僅かに〝ムラ〟があった。

 無鉄砲な突撃が、かえってヤーニの虚を付いたらしい。

 マティスは、一番微弱な振動空間を見抜き、あえてそこに飛び込んだ。

 さりげなく、あくまで事故であるように装って。

 タグで振動した空間からは、押し出された空気が吹き荒れる。周りに咲いた、ブルーローズが乱れ飛ぶ。


「ホント、やり過ぎた…… 怒られるかもな」


 静まり返った場に、濃い砂煙と沈んだ声が。

 やがてそれらも消える。

 視界が晴れた先には、ヤーニの姿は無かった。マティスも、居ない。

 あるのは辺りに散らばる、ブルーローズの色彩と強い匂い。

 それらだけが、ここで起きた惨事を知っていた――

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