9-3

 目的地までの長い道のりを、いつもの通りマティスが先頭を切って歩いていた。

 ずんずんと構い無しに進む背中。これもいつもと変わらぬ光景だが、明日駆はそれを眉をしかめ見ていた。

 

「……まだこの前の事、引きずってる?」


 様子に気づいてか、隣のネムが伺い来る。


「いや、今さらそんな」


 はぐらかしはしたが、心の内で否が出る。

 この前…… 自我のある荒らしを一方的に浄化した、あの冷たい態度。

 普段は気にならないが、こうしてあの時と似た緑豊かな光景に身を置けば、ふつふつと嫌な何かが湧き起こる。

 仲間意識はあるのか、何かに同情する心はあるのか…… 明日駆は湧き出るその感情が不快でならなかった。


「今さら、だよ。そんなマティスだからこそ、わたし達はついて行った。それだけ」


 ネムの言葉に、明日駆は驚嘆する。自然と、肩の力が抜けていくのが解った。


「そうだ…… そうだったな!」


 いつもの陽気さを取り戻すと、明日駆はマティスに負けまいと、勇んで歩を進めた。

 速く走り、誰よりも早く報告場所を訪れる。


「いたぜ、あそこだ」


 したり顔の先、ブルーローズの香りが立ち込める中、年老いた見た目の荒らしが居た。

 明日駆は小さく二人と頷き合う。

 そして、仕事が始まった。

 まずネムが、いつもの通りペーストタグで武器を取り出す。

 その後は静止。荒らしの動きを予想する役目に徹する。

 明日駆は取り出された武器を手に、同じく武器を構えるマティスと並び立つ。

 対する荒らしは、場に浮遊したまま動く素振りを見せない。

 先手必勝、と明日駆は一気に地を蹴った。


(って、あれ?)


 矢先、戸惑いが闘争心を乱す。

 マティスが、なぜか動かないのである。

 一緒に攻めるはずの予定であったが、これでは成り立たない。

 明日駆は、ままよ、とそのまま進んだ。

 しかし、わずかに生じた隙が、荒らしの反撃を許すことになる。

 思念波(オーラを飛ばす技術)の強い衝撃。避けきれず、身は一気に後方へ飛んだ。

 ネムが受け止めなければもっと遠くへ行っただろう。


「な、ナイスキャッチ」

「ナイスじゃないよ。余計な手間」


 明日駆のジョークも飛んでいく。

 だが今気になるのはマティスの行動、そして、


《〈u〈l〈li〉 〈/ul〉》


 荒らしが放つ、フォトンエネルギーを圧縮し熱の塊にする〝光球タグ〟

 ネムのウォールタグ(光の壁)が光球を弾く中、明日駆は棍を手に、荒らしへの突撃を試みる。


「待て、やはり何かおかしい」


 マティスの声が小さく聞こえた。勢いづいた矢先の事だけに、明日駆は僅かに憤りを覚える。


「考えても見ろ。あいつ、やけに無駄がない」


 反論しようとしたが、 気を圧し殺し思考する。

 確かに妙だった。

 荒らしにしてはいたく冷静、熟練した戦い方に思える。

 それと、今も飛び交う光球のつぶて。

 タグを使う荒らしは珍しくはないが、これほどの数、さらに正確に使用する荒らしはそうは居ない。


「……お前さん、何者だ?」


 マティスの強圧的な声、それと共に光球の雨が止まった。

 荒らしは地に足を付き、両手を大袈裟に高く広げる。


「さすが、そこの人は冷静だね」


 流暢な物言いだった。自我のあるのか…… 否。

 話した口はさらに大きく開いていき、大きな笑い声を響かせた。


「この前会ったじゃないですか。まさかこんな形で会うことになるとはね」


 突然、年老いた姿が、水がはじけ飛ぶかの如く周囲に消え、〝中〟から一八歳前後の若い少年が現れた。

 見覚えがある、しかし、思いがけない姿だった。


「ヤーニ…… か。そんな真似も出来るとは」


 マティスの声が、普段より重く響く。

 明日駆は動揺を隠せず、冷や汗を生む。

 マティスがあのような声色を出すのは、よほど焦っている時だと知っていたからだ。

 無理もない。ネムのチャンネル思念で見聞きした、あの地下空洞での出来事を思い出し、明日駆も背筋を凍らせる。

 

「この街の〝インディゴ〟は僕が全部頂いたよ。彼らは必要な人材だからね」


 インディゴ…… それはこの前クレロワが話した名である。

 気にはなるが、目下のところはヤーニである。

 荒らしの姿になりすます事が出来、凄まじい力を秘めた存在。

 このまま黙って見逃す訳にはいかない。正義感と、未知に対する高陽感、戦いにおける矜持が、凍った背筋を溶かしていく。


 マティスの目配せが短く来る。明日駆は無言で受け、ネムと共に一箇所に集まる。

 三人が横並びに、不気味に佇むヤーニを見据えた。


「君たちは少し暴れ過ぎらしい。だから、悪いけどお仕置きさせて貰うよ」


 ヤーニが手をかざすと、光が掌に集まり、それが力へと変わっていく。

 不気味な者に宿る光。それは、あっという間にタグへと変わった。


「……させない」


 ネムが素早くラインタグを作る。

 瞬く間に光の鞭は伸び、対象を拘束。そのまま勢い良く引き寄せる。

 ネムは、普段の様子からは想像できない力強い蹴撃を、間合いに入 ったヤーニに繰り出した。

 峻烈(しゅんれつ)な脚底を胸部に受け、ヤーニは再び勢い良く向こうに吹き飛ぶ。


「よし!」


 すかさず明日駆は、マティスと共に追撃を掛けるべく詰め寄る。

 が…… 

 無い。

 悶えているはずのヤーニの姿が。

 ふと、背後に異様な気配を感じる。

 本能的に、振り返る。


「なかなかやるね。次は僕が行くよ」


 その瞬間、目に飛び込んだものは、信じられない光景だった。


《〈hr size="100"〉》


 それは、タグの中でも基本的なラインタグ。

 が、作られた光の帯は、通常より圧倒的に質量の大きいものだった。


 基本的にラインタグは〝1~10〟までの数字をラインの太さとして設定出来る。

 だが、ヤーニが放ったものは、それを遥かに凌ぐ〝100〟

 それは、対峙する者の心を凍らせるには十分過ぎるほど禍々しいものだった。

 列車、いや巨大な蛇を思わせる太い光の帯は、ネムをあっという間に飲み込む。

 その間も、ヤーニから新たなタグが生まれる。

 タグは、指先で綴るチャット文字を用いて作るのが普通だが、ヤーニは自身のオーラを瞬時にタグに変換していた。

 それは、荒らしや高名なタグ師でも可能な〝テンプレート〟 という技術だが、ヤーニはその比ではない巧みさだった。


《〈a href="http://all" vibration="select" viblength="10"〉 〈/a〉》


 さらにはこれである。

 任意の空間に漂うフォトンエネルギーを超振動させ、そこにある物質を破壊する〝バイブレーションタグ〟

 使えるものはもはや居ないとされる幻のタグ、誰もが動揺せざるを得ない。


「おいおい、やっぱりこう来るか…」


 轟音と、振動。

 明日駆はマティスと共に、間一髪で跳躍し空間の振動から脱した。

 そのまま明日駆はヤーニの正面に、マティスは背後に、それぞれ武器を構え攻めいった。

 今なら捉えられる。確信に満ち武器を振るう。

 それが見事ヤーニを捉え……

 ……ない。

 なぜか、すんでの所で武器はうねりをやめた。

 二人は一旦離れると、再度攻めに転じた。

 明日駆の右手には武器、左手にはマゼンタプレート。

 是が非でもヤーニに一矢報いたかった。

 マゼンタプレートで増幅された力を利用し、力一杯武器を振るう。

 だが、やはりどうしてもヤーニには届かない。

 双極性の磁石の様、どうにもままならない事だった。


「面白いもの持ってるね」


 明日駆とマティスは、あざ笑いを浮かべるヤーニの思念波で造作もなく吹き飛んだ。

 衝撃で、手にしたマゼンタプレートが宙に飛ぶ。

 地がえぐれ、無数の岩が飛び出した。瞬く間、一斉に明日駆に向かい降り注ぐ。

 烈々な雨を浴びるかと思われた矢先、それらは何かにぶつかり、粉微塵。四方八方に飛び散った。

 明日駆の目に映るものは、ウォールタグの赤い壁。それを作るネムの姿。

 ネムは、ラインタグで遠くへ飛ばされ傷付きながらも、二人の元に向かい危機を救ったのだった。

 そのタグは、主の気力に同調してか、通常よりも強力だった。ヤーニの岩弾にも動じない堅牢さを見せつける。


「やるね。ならこれはどうかな?」


 拍手しながら、ヤーニはタグをテンプレート技術で作り出した。


〈xm…


 その途端、防いでいた壁が光に分散しあっけなく消滅した。


「……無効化タグ。始めて見る」


 ネムが言う。鋭い口調とは逆に、目元は力なく伏していた。


 進退此極まる。明日駆は察し、歯ぎしりをした。


「その力…… なるほど、お前さん〝クラウドの壺〟から生まれたタルパだな」


 しかし、マティスは、なぜかしたり顔の余裕を見せていた。

 さらに驚くべきは、ヤーニである。

 いままでずっとニヤついた顔を見せていた。が、マティスの言葉を受けた時、初めてそれ以外の表情を見せたのだ。


(クラウド? 壺? なんだそれ)


 明日駆もまた、初めて聞く言葉に疑問符を浮かべた。


「……その通り。タルパだけじゃなくクラウドの壺まで知ってるとは驚きだよ。詳しいね、ワンダラーでもないくせに」



 ――アバターは親に依存するが、タルパはそれを超えるもの。アバターでは不可能な様々な願望を子として設定し作ることが出来るのがタルパの基本概念である。

 クラウドの壺はその製造に関わるとされているもので、詳細不明とされているが、マティスはそれを知っている風だった。


「僕にやられちゃった人は、全員クラウドの壺に入るように設定されている。ちょっとした理由でインディゴ達をファンディング(調達)する必要があってね。それで付けられた設定なんだけど…… ま、君たちにはどうでもいい事か。あ、そうだ、あとこれだ……」


 ヤーニは両手を広げた。無数の光球タグが身から出現する。


「目的を果たすために僕は、全てを上回る力を設定されているんだよ」


 光球がヤーニの姿を覆い隠した。

 その数、数一〇〇。熟練したタグ師でも到底なし得ない数だった。


 念力により操られた光弾は、縦横無尽に乱れ飛ぶ。

 皆、それをうまく切り抜けていくが、一つ、また一つ……

 接触を許した身は次第に消耗し、全ての光弾が消えた時には、全員立つことさえ出来なくなっていた。

 このままでは全滅必死……

 その時、明日駆は見た。

 マティスとネムが見つめ合う光景を。頷きあう、首元を。

 その後、ふらふらと立ち上がるマティスを見、明日駆は思う。何か策があるのだろうと。

 

「明日駆、行くぞ」


 何かは解らないが、呼びかけに応えるべく立ち上がる。が、


「な……」


 明日駆の胸に、突然痛みが滲み出す。

 痛みは赤い流れを作り出し、身体を下へ下へと染めていく。


「マティス、まさか……」


 霞ゆく視界がとらえる光景…… それは、短刀を握り、胸を綺麗に刺し通すマティスの姿だった。

 やがて見えるもの全てが、自身の身から溢れる光で消えていく。

 ……肉体の消失。

 まざまざと理解させられ、明日駆の思考は今、途切れた――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る