9「光る闇」
9-1
古の文化が残る都市、ヴァース。
この都市を、他の街の者はこう言った。
「あそこは不思議な力を引き寄せる」と。
そんなヴァースに引き寄せられてか、今日も不思議な気配がこの都市を訪れた――
*
巨大な建造物が立ち並ぶ都市の中で、ひときわ高く聳(そび)えるビルがあった。
クレロワ・カニールが所有する、通称〝カニールガーデン〟と呼ばれるビルである。
カニールガーデンは、集団で一つのチャンネル思念を作る、その行為を促進する施設が充実したビル。ここから無数のチャンネル思念、そしてアニモーション(思念をデフォルメし、動く絵のような表現を施したチャンネル意識)が全世界に配信されている。
ビルを活用する者は、クレロワに雇われたチャンネル思念制作者が殆どだが、そんな彼らでも一度も入ったことのない部屋があった。
クレロワ専属の占術師、リリ・アンタレスの部屋である。
そこは、クレロワでさえ入るには許可が必要なため、普段はリリ一人しかいない。
が、今日は何やら話し声が聞こえていた。
「待ってました。ようこそ、ヴァースへ! わたしのタルパさん」
大袈裟に両手を広げ、リリは言う。
胸に飛び込んでと言わんばかりの様に、微笑で対する一人の少年。
ヤーニ・ファイス。少年は自分の名を告げ、リリにも負けぬオーバーな仕草で礼をした。
「偉大な〝ワンダラー〟リリ。少し来るのが遅れちゃったね」
自己紹介を終え、ヤーニは傍らにあった長椅子に腰を下ろす。
出来るだけ、尊大に。それを心がけ、くつろぐ様を見せつつ、
「でも遅れはしたけど、リリの設定した通りの力は備わってるよ。手始めに、ワンダラーを一人消しておいたからね」
脚を組み、饒舌に言った。
しかし、すかさず来るリリの驚声とすばやい抱擁。それらがヤーニの尊大を終わりにさせる。
「……全く。少しは威厳を出させてよ。風情がないな」
慢心を纏った表情は次第に綻び、ついには脱力。にやついたものへと変わる。
リリは心なしか満足げにうんうんと頷いていた。
楽しげな鼻歌が、ヤーニの耳をくすぐる。
近くにあった小気味良いそのリズムは、次第に広い部屋の窓際へと遠ざかっていく。
「まずは、お疲れさま、かな」
窓に反射し、伝わる穏やかな声。
ヤーニは立ち上がり、リリの元へと寄った。
今日のヴァースは夜である。
ビルから溢れる光は、まるで満天の星空の様に輝いていた。
「綺麗でしょ? わたし達が造った街。旧文明ではこれが発展の象徴だったのよ」
綺麗というが、そのガラスの映る目元は、どこか険しい。
「どうして〝進化派〟のわたしが、こんな懐古的な街に住んでるか解る? あの日のことを忘れないため、よ」
言う最中、その手が微かに震えているのを、ヤーニは見逃さなかった。
「人は、あの時より大分〝マシ〟になったけど、それでもまだ足りない。だから……」
真顔だった表情が、ふっと和らぐ。
代わりに表れた陽気な顔ばせが、鼻先に触れるくらいに近く、ぐいぐいと迫る。
ヤーニは咄嗟に後ろに退いた。胸に、高鳴るリズムを宿しつつ。
その胸に、右目を短く閉じる仕草と、ピンと伸びた人指し指が向けられた。
「だから、今度は成功させましょう。完全なアセンションを!」
ヤーニはただ頷いた。
むしろ、それ以外に出来なかった。
無邪気な仕草の中にある迫力が、冗談を返す余裕を削いだのだ。
気押される中、話は続く。
新たにこの世界にアセンションを起こす、という大仰は話が。
アセンションを拒むワンダラー達の排除。
インディゴの確保。
〝 ディセンション〟という現象の抑止。
この三つを果たせば目的は達成される…… リリの口から、その事実が軽やかに告げられる。
「細かいことは、今度わたしのお仲間が来た時に伝えるわ。それよりも、今すぐあなたにやって欲しいことがあるの」
計画の内容とはまるで正反対に、リリははしゃいでいた。子供のように、はつらつと。
ヤーニにはそれが少し怖かった。
「わ、わかった。やってみるよ」
早速、言われた要望に二つ返事をし、ジョウントタグを作り、場を離れる。
《〈a href="tel-av:0904636…"〉 〈/a〉》
ヤーニの元に、光が濃縮されていく。
ヴァースの夜。
闇に光が溢れる中で、光の中に闇が居た――
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