9「光る闇」

9-1


 古の文化が残る都市、ヴァース。

 この都市を、他の街の者はこう言った。

「あそこは不思議な力を引き寄せる」と。

 そんなヴァースに引き寄せられてか、今日も不思議な気配がこの都市を訪れた――







 巨大な建造物が立ち並ぶ都市の中で、ひときわ高く聳(そび)えるビルがあった。

 クレロワ・カニールが所有する、通称〝カニールガーデン〟と呼ばれるビルである。

 カニールガーデンは、集団で一つのチャンネル思念を作る、その行為を促進する施設が充実したビル。ここから無数のチャンネル思念、そしてアニモーション(思念をデフォルメし、動く絵のような表現を施したチャンネル意識)が全世界に配信されている。

 ビルを活用する者は、クレロワに雇われたチャンネル思念制作者が殆どだが、そんな彼らでも一度も入ったことのない部屋があった。

 クレロワ専属の占術師、リリ・アンタレスの部屋である。

 そこは、クレロワでさえ入るには許可が必要なため、普段はリリ一人しかいない。

 が、今日は何やら話し声が聞こえていた。



「待ってました。ようこそ、ヴァースへ! わたしのタルパさん」


 大袈裟に両手を広げ、リリは言う。

 胸に飛び込んでと言わんばかりの様に、微笑で対する一人の少年。

 ヤーニ・ファイス。少年は自分の名を告げ、リリにも負けぬオーバーな仕草で礼をした。


「偉大な〝ワンダラー〟リリ。少し来るのが遅れちゃったね」


 自己紹介を終え、ヤーニは傍らにあった長椅子に腰を下ろす。

 出来るだけ、尊大に。それを心がけ、くつろぐ様を見せつつ、


「でも遅れはしたけど、リリの設定した通りの力は備わってるよ。手始めに、ワンダラーを一人消しておいたからね」


 脚を組み、饒舌に言った。

 しかし、すかさず来るリリの驚声とすばやい抱擁。それらがヤーニの尊大を終わりにさせる。


「……全く。少しは威厳を出させてよ。風情がないな」


  慢心を纏った表情は次第に綻び、ついには脱力。にやついたものへと変わる。

 リリは心なしか満足げにうんうんと頷いていた。

 楽しげな鼻歌が、ヤーニの耳をくすぐる。

 近くにあった小気味良いそのリズムは、次第に広い部屋の窓際へと遠ざかっていく。


「まずは、お疲れさま、かな」


 窓に反射し、伝わる穏やかな声。

 ヤーニは立ち上がり、リリの元へと寄った。

 今日のヴァースは夜である。

 ビルから溢れる光は、まるで満天の星空の様に輝いていた。


「綺麗でしょ? わたし達が造った街。旧文明ではこれが発展の象徴だったのよ」


 綺麗というが、そのガラスの映る目元は、どこか険しい。


「どうして〝進化派〟のわたしが、こんな懐古的な街に住んでるか解る? あの日のことを忘れないため、よ」


 言う最中、その手が微かに震えているのを、ヤーニは見逃さなかった。


「人は、あの時より大分〝マシ〟になったけど、それでもまだ足りない。だから……」


 真顔だった表情が、ふっと和らぐ。

 代わりに表れた陽気な顔ばせが、鼻先に触れるくらいに近く、ぐいぐいと迫る。

 ヤーニは咄嗟に後ろに退いた。胸に、高鳴るリズムを宿しつつ。

 その胸に、右目を短く閉じる仕草と、ピンと伸びた人指し指が向けられた。


「だから、今度は成功させましょう。完全なアセンションを!」


 ヤーニはただ頷いた。

 むしろ、それ以外に出来なかった。

 無邪気な仕草の中にある迫力が、冗談を返す余裕を削いだのだ。

 気押される中、話は続く。

 新たにこの世界にアセンションを起こす、という大仰は話が。



 アセンションを拒むワンダラー達の排除。

 インディゴの確保。

〝 ディセンション〟という現象の抑止。


 この三つを果たせば目的は達成される…… リリの口から、その事実が軽やかに告げられる。


「細かいことは、今度わたしのお仲間が来た時に伝えるわ。それよりも、今すぐあなたにやって欲しいことがあるの」


 計画の内容とはまるで正反対に、リリははしゃいでいた。子供のように、はつらつと。

 ヤーニにはそれが少し怖かった。


「わ、わかった。やってみるよ」


 早速、言われた要望に二つ返事をし、ジョウントタグを作り、場を離れる。


《〈a href="tel-av:0904636…"〉 〈/a〉》


 ヤーニの元に、光が濃縮されていく。

 ヴァースの夜。

 闇に光が溢れる中で、光の中に闇が居た――

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