4-3

 街の中、活気溢れるチャットルーム。

 そことは対称の、街の外。だだっ広い荒野。


「着いたな」


 無地の荒野を縫うように伸びる線路を前に、マティス達は立っていた。荒らしの浄化依頼、その目的を達成するために。

 荒らしがラグ(磁場異常による時差)を発生させた場合、列車の運行に支障が出、事故を起こす場合も少なくない。

 依頼を受けた以上、それを一番に阻止する必要があった。


「ネム、荒らしは来そうか?」


 横に伸びる線路を眺めたまま、マティスは言った。

 ネムは、なにも答えず、瞳を閉ざす。

 その直後である。

 存在が、スッと〝薄く〟なったように感じられた。

 ネムはバイオレット。故に半身半霊化(バイオレットが魂の力を引き出すと起きる現象)が起きたのか……

 答えは、否。

 今ネムに起きている現象は、それとは別。身体に流れるオーラが、徐々にだが低下し始めた事による変化だった。

 これは〝未来予知〟を始める準備運動のようなものである。




 ――未来予知は新人類の神経伝達方法に密接に関わる能力。

 アセンションにより凄まじい磁気が地球を覆い、この世界の時間の流れは大きく加速した。

 それに対応するため、人類は神経伝達の仕組みを発展。〝タキオン信号〟という進化に至る。

 タキオンとは光速よりも速く動く粒子。どんなに減速しても光速以下になることがない。

 また、エネルギーが失われれば失われるほど、より加速するという性質もある。

 未来予知とはその神経伝達速度を更に上昇させることにより起こるのである。

 それは、エネルギーが失われれば失われるほど速度を増す、というタキオンの性質を利用する事で可能となる。

 人の身体は常にオーラに満ちているため、タキオンによる神経伝達は最も減速している状態にある。

 だが、オーラを一時的に低下させれば、タキオン信号の速度が進む。

 それは時間を逆行、飛び越えるほど加速するため、加速し続ければ今見ている場所の数分、数時間、果ては数日後のビジョンを見ることが出来るのだ。



「……後一〇分程度でここに来る」


 言葉少なくネムは答えた。微かにだが、息づかいが荒くなっている。

 未来が見えるほどのオーラ低下行動は、危険が伴うと同時に、才能も必要になる。疲労するのも無理はない。


「お前達、準備はいいか?」


 マティスは構いなしに事を進める。

 呼び掛けに返る反応は、無言のネムの頷きと、腕を回し、意気込む明日駆のオーバーな仕草。

 マティスは二人を連れ、線路の横に立つ。時が経つのを、じっと待つ。

 そしていよいよ、ネムが予知した時間が迫る。


 二〇分。

 一五分。

 一〇……

 五……


「来たな」


 予知通り、線路の上にそれは現れた。

 年老いた風貌の、男の荒らしである。

 マティス達が目の前に立ちはだかると、身体から無数のチャット文字を出し敵意を露にする。


《驍ェ鬲斐□、豸医∴繧》


「邪魔だ、消えろって書いてある」

「これはまた、ずいぶんな歓迎だな」


 緊張感のないネムと明日駆の会話を耳に、マティスは冷静に状況を分析し策を立てた。


「ネム、手筈通りに」


 聞いたネムは、静かにチャット文字を書き始めた。


《〈meta http-equiv="Refresh" content="10;URL=http://iwaba/mversus/"〉》


 書いた文字はタグである。

 だが、タグはフォトンエネルギーが高濃度の場所でなければ反映されないはずである。

 無意味な行動に思われる…… が。

 書き終えた数秒後、タグの文字が強い光を放った。

 光は場を包み、真っ白の景色に変えていく。



 光が消えた後、そこに線路はなかった。

 あるのは、裸岩の崖が四方を囲む殺風景な風景である。


〝強制リンクタグ〟

 用意していた思念の空間に、他者を強制的に入り込ませるタグ。ネムはそれを用いたのだ。


「もっとマシな場所にして欲しかったぜ」

「よそ見は、ダメ」


 呑気なやり取りを耳にマティスは構える。


 荒らしと対峙する際には、三人一組で構成するのが良いとされている。

 一人は、高い身体能力を持つクリスタル。

 二人目は、魂の力をより引き出し、高い念力を有するバイオレット。

 そしてもう一人は、ネムのように「場所に関わらずタグを反映出来る人物」である。

 そういう者達は〝タグ師〟という敬称で呼ばれ、種を問わず存在する。



「来るぞ」


 無駄話をする時間は、もはや無い。

 悟った途端、足元の地面が大きく抉(えぐ)れた。

 マティスは大きく飛び跳ね、事なきを得る。

 空中、落下する最中、仲間の気配を背中に感じつつ、土を抉った大元を目で捉える。

 手をかざし、荒ぶる荒らしがそこに居た。

 マティスは跳ねた場所と同じ位置にそのまま落下。

 ネム、明日駆は宙を滑るように飛行し、荒らしの背後に回り込んだ。

 丁度、荒らしを三角形に結ぶ包囲が完了する。


「ネム!」


 声を短く指示を出す。

 荒らしの手から、再び強烈なエネルギーの衝撃が迫る。

 ネムは意に返さぬ素振りで、両腕を伸ばし、胸元近くまで上げた。

 突き出された両の手の人差し指が、文字を書き始めた。


《〈img src=http://Saberu〉》

《〈img src=http://Kon〉》


 右、左、それぞれの人差し指が書いた文字は、ストレージタグで魂に取り込まれた物質を、再び取り出す〝ペーストタグ〟である。

 荒らしの再三の衝撃波を、マティスはステップし避ける。その身は、ネムがペーストタグを書き終えた時、淡く輝き始めた。

 眼前に、短刀が現れる。

 持ち手に装飾されたクオーツ(パワーストーンの一種)がキラリと光る。

 衝撃波を避けた際の勢いをそのままに、マティスは短刀を握り、荒らしに迫る。

 と、荒らしは突如後ろを振り向いた。同時、強い衝撃で弾き飛ばされたかのように、目の前に飛んでくる。

 遠くに見えるは、半霊化した明日駆。長い朱色の棍を振りしたり顔を見せていた。ナイスアシスト、といったところか。

 マティスは当然、このチャンスを逃さない。握った短刀を、飛んできた荒らしの肩に強く突き立て、


「おまけだ」


 両手でその身を突き飛ばし、よろめかせた後に右脚を強く蹴り出した。

 勢い良く荒らしは地面に伏した。

 だが、その身は突如スッと消える。


「なかなかいい連携だったぜ」

 

 朱色の棍を無意味に振り回し、明日駆は言う。

 その武器にも、パワーストーンが装飾されていた。

 荒らしには、生身で挑むよりこちらの方が断然有利なのである。パワーストーンによって自身のオーラが増幅される上、武器固有の殺傷力が加わる。そのため効果的な打撃を与えられるのだ。

 事にクリスタルは、バイオレットとは違い物理的な攻撃方しか持たない。つまり、それがなければ荒らしに触れることすら出来ない為、必須と言える。


「消えたままだな。もう浄化完了か?」


 明日駆が喜びの声をあげる。かと思いきや……

 口を閉じ、途端に動いた。

 氷の上を滑るように、地面を移動。その先には、再び現れた荒らしがいた。

 棍を力強く唸(うな)らせる明日駆を横目に、マティスは膝を大きく屈伸させる。

 そして五〇メートルを優に超える跳躍。頂点を迎え落下する時間、上空から戦いを見据えた。

 と、圧倒していた明日駆は、荒らしの念力で大きく吹き飛ばされた。

 心なしか得意気に、荒らしは上空へ浮上してくる。


(やはりな)


 マティスはそれを許さない。

 重力に従い落下するマティスは、その勢いを利用し、浮上してくる荒らしに向かい短刀を振り落とす。

 荒らしは、気体の如く二つに裂かれた。

 手応えは、十分。

 これほどのダメージ、ただでは済まないだろう。


 マティスは地に着地すると、すぐに仲間を集めた。

 一ヶ所に纏まり周囲を警戒したが、なにも起きそうな気配はない。

 終わったか…… 息を大きく吐きかけた、その時だった。

 突如、岩の破片が一つ二つと宙に浮く。

 それは無数の石つぶてとなり、思念の荒野空間に降り注いだ。

 その一つ一つが、荒らしのオーラを纏っている。

 半霊化し物理干渉を凌駕した存在のバイオレットでも、この状態の物体に直撃したら只では済まない。

 それならば、とマティスは火急する状況下、これまでの経験から、一番の打開策をはじき出していく。


「ネム!」


《〈div style="border: solid 3px red">nemu.mathisu.katayaku</div〉》


 ネムはすぐさま乗ってくる。

 タグを書き終えると、マティス達を取り囲む様に、四角形の壁が現れた。

 壁は赤い光で出来ている。それが岩の雨を遮る防壁となり、攻撃をはじいていく。

 続いてマティスは明日駆の名を叫んだ。

 待ってました、と光の壁を通り抜け俄然やる気に明日駆は動く。

 飛び交う岩の弾は、依然ネムが作り出した光の壁に集中していた。

 と、荒らしの攻撃が一瞬緩んだ。

 壁から急に飛び出した明日駆に動揺したのか…… 岩の雨も、そちら側に集中していく。

 明日駆は、バイオレット特有の高速移動、そして空中移動でそれを見事にかいくぐっていく。

 それを見て、マティスの口角は綻んだ。

 荒らしは今、限りなく無防備な状態。

 ネムが今すぐ光の壁を解除しても、それに気づかないはず。

 その隙を突く事を思い付く。


 マティスはネムに再び指示を出す。

 ネムは両手を使い、一つのタグを書き上げていく。

 左指は、左から右へ。右指は右から左へ。別方向から一つのタグを書いていった。

 そうすることで、タグを書き上げる時間を短縮させる事が出来る。滑るように書く事から〝スワイプ〟と呼ばれている、タグ師の高等技術である。


《〈hr size="3"〉》


 帯状に輝く光が現れた。

 ネムが手にすると、光は鞭のような形状に凝固し、しなやかに地面へと垂れ下がる。

 フォトンエネルギーを帯状に凝固させることができる〝ラインタグ〟というタグがある。これはそれにより作り出された光鞭だった。

 荒らしに向かい、光は伸びる。

 獲物を仕留める蛇の如く、はては獲物に飛びつく獅子の如く、風を切り裂く一筋の光。それは〝闇〟を確かに捉えた。


「カクあ゛」


 荒らしはうろたえ始める。

 飛び回っていた岩弾は、次々地に落ち、驚異を終える。

 マティスは切っ先を左側、横一文字に短刀を構え、駆け出す。

 空を切り裂く刃は、荒らしを音もなく通過した。

 マティスは、終わりを確信する。消え逝く荒らしの気配を、背後に感じて。


「クォーツ。幸運の石もお前さんには不幸の石だったかな」


 荒らしが完全に消えると共に、ネムにより作られていた思念空間が元の荒野へと戻った。


「お疲れ様」

「お疲れさマティスっ…… なんてな」


 ねぎらいの言葉が乱れ飛ぶ中、マティスは一人空を見上げた。


「俺はもう少しここに残る」


 澄んだ青空が瞳に広がり、心に染み入る。


「またいつものやつか。じゃあ先に行ってるぜ」


 明日駆の声に軽く頷き、マティスはその場に留まった――


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る