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〝占術師〟と呼ばれる職種がある。

 未来を見る事に長けた占術師は、気象予知、磁場変化予知などを積極的に請け負うため、旅人にとって欠かせない存在である。



『ラーソ、です。今日と明日は夜の影響、磁場変化等の心配はありません。みなさん全力で外出しましょう!』


 ザックは今、スパンセの隣町〝ファンクス〟行きの列車の中。

 到着する間シンクロ・シティに入り、一人の占術師のチャンネル思念に触れていた。

 気象の安全にホッとしつつ、妙なモヤモヤ感に囚われる。 

 チャンネル思念の制作者、その名前がなにやら引っ掛かるのだ。


(そうだ、ラーソ…… この名前、レリクさんがいってた人だ)


 そして完全に思い出す。スパンセで荒らしと対峙する前、レリクがそのラーソのチャンネル思念に触れていた事を。

 あの時は、この占術師の占いで荒らしの浄化を楽に出来たのだ。

 これも何かの縁。その時の礼を是非したい。ザックは思い、チャンネル思念をさらに覗く。


『わたしはしばらくファンクスに滞在中です。占いや相談がありましたらぜひお越しを!』


 偶然か、今まさにザックが向かう街にラーソは居るという。

 さらに、いつも居るチャットルームと、時間帯、本人だとわかる目印等、事細かく知ることが出来た。

 今から指定された場所にいけばぎりぎり会えそうだ。

 ザックは会う旨を決め、チャネリングを終えた。

 ちょうど列車もファンクスに着く。


 体をほぐしながら駅に移動。そのまま一気に待ち合わせ先のチャットルームに向かった。

 二〇分ほど歩き、たどり着く。

 鈍く光る赤茶色のドアノブを、くるりと回す。

 入るなり、大きく深呼吸。食物の香りが、腹の虫をくすぐった。


「でもほんとラッキーだったな。マティスさん達が来てくれて」

「俺、浄化するとこ見に行けば良かったかも」


 客の沸き立つ声を耳に、キョロキョロと店内を見渡す。

 ふと視線を送った先に、特徴的なチャット文字が書かれたテーブルがあるのを見つけた。


《!》


 それは、目印にとラーソが示していたものだった。


(あれは確か…… 頑張るって意味で使ってるって言ってたっけ)


 ザックはテーブルに近づき、そこに座る後ろ姿に声を掛ける。

 ゆっくり動く、きれいな黒髪。明るい笑顔が、すぐに間近に現れる。


「お初、となりますね。今日はどのようなご用件で?」

 

 物腰を柔らかく、言が来る。

 だがザックは、思わず眉間を硬くしてしまう。

 気象予知の時と、なにか雰囲気が違う気がしたのだ。

 疑問を直ぐにぶつけるが、瞬く間。本人は「特に変わっていない」とあっけらかんと返してくる。


「では改めて…… わたくしは、ラーソ・ボローニと言う者です。よく、〝そぼろ〟などと言われておりますが」


 突拍子のない自己紹介に、ザックは再び硬直した。


「ラーソ・ボローニ。間を取って、そぼろです」


 なるほど、ラー〝ソボロ〟ーニと言うわけか…… ザックは妙に感心しうんうんと頷く。


「この呼ばれ方結構気に入っておりますの。わたくし自身そぼろっぽい顔だと思っておりまして」


 そぼろっぽい顔……

 束ねられた美しい黒髪、全てを見通すような澄んだ瞳からは、どちらかといえば美人な印象を受けるが。

 意外に茶目っ気があるのか、それとも変わった性格なのか。なんにせよ、少し不安が過る。

 しかし、同時に感じるのは不思議とリラックスできる、、そんなふわりとした感覚だった。

 ザックは改めて自己紹介をし、話を弾ませていく。


「あ、この前はあなたの占いで助かりました。今日はそれを言うのが目的でして……」


 軽い雑談の後、いよいよ本題に差し掛かる。レリクから貰ったパワーストーンを慌ててポケットから取りだしラーソに見せる。


「あ、この間占ったパワーストーン占いの事でしょうか。あれ、当たっちゃったんですね……」


 ザックはまたも困惑した。なぜ、ラーソがお礼を言われたにも関わらず萎れたのか、解せなかったのだ。

 普通、自分の占いが誰かの助けになれたと知れば喜ぶものだが……


「わたくし、占術師を辞めようと思ってまして。最後と思って占ったのがザックさんが触れたチャンネル思念だったみたいですね」


 ラーソはどうやらスランプらしい。最近占う力が弱まるばかりなのだという。

 占術師の活動にも影響が出、モチベーションも低下しているとラーソは話した。


「じゃあ、なおさら俺の話は喜ぶものじゃ……」

「人を占うということは、一対一で相手を理解した上で行うものだと思っております。誰でも受信できるチャンネル思念でやる占いは、おまじない、わたくしはそう考えております」


 ラーソが言うには、この間のパワーストーン占いは、その行為を否定するために行ったものだという。

 だが結果は皮肉なことにそれとは逆だった。


「わたくし、誰のために占いをしたいのか解らなくなりましたの」


 占いに対し、そう考えるようになった時から、次第にその能力を発揮出来なくなったのだという。

 さらにそれ以来、好きでしていたはずの占いを、今では何となく、漠然とした思いで行うようになったらしい。


 ラーソは、遠い目で窓の外を見つめていた。

 話を聞いていたザックもまた、窓の空を眺め見る。

 なにか自分と重なるものを、なぜだか強く感じていた。

 写真の他にある、誰にも明かしていないもう一つの大切な旅の目的…… それを改めて考えてみよう、次第にそんな気持ちになっていた。


「ラーソさんとは気が合いそうです」

「わたくしもそう思いますわ」


 そしてしばらく、自身の旅話で場を沸かせた。

 好きな町、思い出深い場所、思い出深い出来事…… ザックが話し、ラーソもあとに続く。連面と続く、言葉の旅。

 荒らしと出会ったことを話そうか、一度思うがやめにする。

 だが、ハッと一つ思い出す。


「あ、いきなりですが、これを」


 ザックは文字を書き、それを見せた。


《闃ア繧 蜈峨k 荳九&縺》


「これ、なんて書いてるか解りますか?」


 それは以前、ザックが浄化した荒らしが放ったチャット文字だった。荒らし特有の〝文字化け〟と呼ばれる特殊文字である。

 占術師には、文字化けを解析する力にも秀でた者も多いため、ザックは試しに聞いてみたのであった。


「少々お時間をいただければ可能かと」


 予想的中。


「ではお願いします」



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