3-2
……重い。
まぶたが、目の奥が重い。
時計の時針は、先ほどより大きく進んでいた。どうやら眠ってしまったらしい。
クリスタルとは違い、バイオレットは肉体の進化をそれほど遂げていない。運動に対する疲労があるため、睡眠は欠かせないのだ。
重い身体に鞭を打ち、ザックは支払いを済ませ店を後にする。
外に出て、眠気を覚ます、深呼吸。買い物にでも行こうと、足を進める。
と、矢先。建物の間に奇妙な人影があるのに気が付いた。
よく見ると、先ほど別れたハルカである。
なにやら、チャット文字で長方形の枠を描くと、その間を覗き込む仕草を繰り返していた。
「こんなところで写真撮影ですか」
気さくに話しかけた…… つもりだったが、ハルカは肩をビクっと出迎えた。思っていたより集中していたようだ。
「……とまあ、そんな感じで気になってたのよ」
聞けば、年季が入ったあの喫茶店に興味を持ち、写真に納めようと思ったらしい。
切り取った風景を、ハルカは満面の笑みで覗いていた。
いい〝思念写真〟が撮れたのだろう。つられてザックも笑みを溢す。
「そうだ。写真を実体化させるついでに、あなたも来ない? ゆっくり話とか聞きたいし」
ウインクをし、ハルカが誘いを掛けてくる。
買い物の予定があったが、元々たいした用事でもない。
要は、暇だった。ならば受けても損はない。
ザックは、ハルカと共に再び喫茶店に移動する。
室内は、先ほど同様ほどよい客入りだった。
席に腰を下ろし、腕を伸ばしくつろぐ。
旅人達が行き交い、交流を深める喫茶店。だがここは、単なる憩いの場、という訳ではない。旅人にとって、ある重要な役割を果たす場所なのである。
「さてと」
椅子に座ると直ぐに、ハルカはテーブルに置かれた本を手に取った。そしてページを一枚一枚めくり出す。
と、ふいにピタリと止め、机に置いた。
〈img src=http://〇〉
奇妙な文字がザックの目に映る。
これは、〝タグ〟と呼ばれるものである。
この世界には光、厳密には空間に漂うフォトンエネルギーに対し、変化を促す事の出来る特殊な文字列がある。
今ザックの目に映る文字も、その一つである。
「じゃあ、さっそく写真化っと……」
書いてあるタグを、ハルカはチャットしていった。
〈img src=http://煉瓦の佇み〉
次の瞬間、タグを書いていた指先周辺が淡く輝きだした。
それは周囲の光を飲み込むように広がり、書いたタグをも包んだ。
光の後に現れたものは、一枚の紙。喫茶店の外観が写っている〝写真〟だった。
これは、フォトンエネルギーを使い、思念を物質化させる〝思念タグ〟である。
思念タグをチャット文字で書けば、周囲のフォトンエネルギーが物質の構成粒子(原子等)に変化する。さらに構成粒子は、薄い紙状にたちまち凝固し、物質化。
思念タグ使用者がその物質にオーラを用い触れると、直前に強く思念した光景が表面に写し出されるのだ。
「うん、いい出来」
ハルカが出来上がった思念写真を自賛した。
「そういえば、あなたはどんな感じの写真を撮ってるの?」
ザックはなにも言わず、ニヤリと笑う。そして、ハルカと同じ本を手に取りページをめくった。
〈img src="http://〇" alt="◎"〉
書かれたタグを見、チャットしていく。
《〈img src="http://zakku" alt="ichiganrefucamera"〉》
その瞬間、ザックの身体から眩い光があふれ出す。その光は、やはり周りのフォトンエネルギーを飲み込むように広がり、テーブルの上に濃縮。かと思うと、次第に形を成していき、ザックがいつも使っているカメラとなった。
ザックは今まで、カメラをずっと〝魂に保存〟していた。
物質を魂に取り込む事の出来るタグ、それを使い保存していたのだが、今は、取り込んだ物質を再び外へと引き出す〝ペーストタグ〟を使い、目の前に出現させたのだ。
このように、様々な効果のタグがこの世界にはある。
だが、タグを扱うには人が持つオーラの他に、高濃度のフォトンエネルギーが必要となる。
全ての喫茶店は、フォトンエネルギー濃度の濃い場所に建てられているため、憩いの場であると同時に、タグを使うことの出来る施設でもあるのだ。チャットを主に利用する施設ということから、喫茶店は通称、チャットルームと呼ばれている。
「へえ、機械を使ってるのね。そんな人、初めて会った」
現れたカメラを見、ハルカは言う。
しばらく眺めた後、視線は隣にある積み重なった写真へと移る。それはザックがこのカメラで撮った写真だった。
「きれい……」
旧世代の撮影機器に、ここまで細かな彩りを表現出来るとは思いもしなかったのだろう。
「機械だからこそ…… 今みたいに思念で表さないからこそ、逆にありのままを写せるんです」
ザックは得意になり、目をキラリと光らせる。
一方、写真を一枚一枚眺めるハルカの目も、輝いていた。
「ん、でもなんか被写体が風景だけね。モデル写真とかはないの?」
写真をめくる手が止まる。輝いた目が伺い来る。
軽く頭を掻き、ザックは返答を考えた。が、うまく伝えられる気がしない。
景色だけを撮っていたい、人物被写体は苦手だという思いは、なんとも話しづらい事だった。
結局、景色だけを撮りたいという事実だけを語り、その場を濁した。
「ふーん。それで依頼を渋ってたんだ」
話を聞いたハルカは満足げだった。
「でもあたしは逆。人の幸せを撮っていたいの。だから今回の依頼に興味を持ったのよ」
にこやかに信念を語る様に、ザックは写真家としての矜持を再び見る。その自信が少し、羨ましくも思えた。
「とまあ、そんな感じ。そろそろお開きにしましょうか」
ハルカの提案で、この場は解散になる。
帰る際、ザックはタグをチャットした。
《〈a href="http://zakku"〉〈img src="http://ichiganrefucamera" alt=""〉〈/a〉》
書き終えると、テーブルの上のカメラが、光に包まれ粒子状に分解していく。
そして光となったカメラは、ザックの身体に入り込まれていった。
周囲のフォントエネルギーに対し、指定した物質と融合、分解するよう指示し、使用者の魂へ送り込ませる〝ストレージタグ〟である。
「では三日後に」
ハルカと再度別れの挨拶を交わし、ザックはテーブルに留まった――
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