3-3

 早朝、と呼ばれる時間帯がある。

 常に光に包まれているこの世界だが、その早朝から数時間は、フォトンエネルギーが活性化し、いつもより輝きが増す。

 実際のところ微々たる変化ではあるが、特別な時間だと感じる者も多い。


「で、では、今日は……」

「よろしくお願いします」

 

 この二人もそうだった。

 チャットルームの入り口前。

 頼りない風貌の男、陰舞(かげまい)とその隣に寄り添う柔らかい物腰の女性が立つ。

 二人が頭を下げる先には、白い衣装に身を包んだ一人の女性と、


「頑張ってください」

「がんばって!」


 ザックとハルカがいた。

 今日、陰舞とその恋人は、子供を作る行為〝アバター〟を行う。危険が伴う為、表情は傍目から見ても不安げである。

 ザックは、隣に立つハルカと共に無言で見守る。

 その間、陰舞たちの左側に立つ白い衣装の女性が、いくつか確認と説明を開始した。

 女性は今回、アバターの後押しをする人物、いわば助産師である。

 専門家の話はザックにとっても初耳な事が多かった。

 深く相手を想い合う男女二人が、子供のイメージを二人で作り上げ、思考、精神、生体磁場(オーラ)の量ともに完璧に一致した時、オーラの一部が生殖能力を持つ光〝生殖光〟へと変化する。

 そこに特別なタグをチャット文字入力する事で子は誕生する。

 生殖光への変化は、種に問わず魂に多大なストレスを与える…… ここまでは基本的な知識のため解っていたが、そこからが興味深い。


「イメージアップのスキンシップはしておきましたか? 子はお二人の容姿を強く受け継ぎますが、ある程度は理想のイメージを添えられるものなんですよ」


 淡々とした助産師の質問。

 途端に二人は頬を赤らめ始めた。


「き、昨日ばっちり固めてきました」


 二人の様子にザックは思う。これ以上のプライベートな質問は野暮だろう、と。

 しかし、旧文明では快楽を伴ったというスキンシップも、今では心身共に苦痛を伴う行為だという。

 それをも行った二人の覚悟を、ザックは改めて理解した。


 助産師の質問も終わり、いよいよ本題へと移る。

 一同はその後、チャットルームに入り、あらかじめ予約しておいた席に付いた。

 助産師が休む間を置かず、タグが書いた本を手にする。


 リンク先一覧


〈a href="http://kaigan"〉海岸〈/A〉

〈a href="http://shinrinabata-jo"〉森林アバター所〈/A〉


 森林アバター所と書かれたタグを、助産師はチャットし始めた。

 タグを書き終えると同時に、「森林アバター所」の文字がまばゆい光を放ち出す。

 皆、一斉にそれに触れる。

 光が、テーブルに広がった。

 数秒間、閉じたまぶたを眩しさが攻める。

 それが和らいだ時、ザックはゆっくりとまぶたを動かした。


 青と緑が、開く瞳を出迎える。

 よくある森林の風景…… ではあるが、ここは四方一○○メートルの空間を白い霧のような壁が覆う、箱庭のような場所だった。

 その中央には二本の木が並び立ち、間にはベットが二台置いてあった。

 アバターを行う陰舞達は、そのベッドに横になり、お互いの顔を覗いていた。

 これで準備は完了、らしい。


「君に会えて良かった」


 ベットから微かに陰舞の声が聞こえた。

 静かに重く、ザックの心に響く。

 激しい苦痛と疲労を伴う命の誕生。

 己さえ消えてしまう可能性…… 当然、恐怖となり心をえぐる。

 それを克服させるのは、言うまでもなく二人の互いを思う深い愛情。

 陰舞達が手を繋ぐ。場の空気が少し重くなる。


《〈img src="http:/……》


 助産師がアバタータグを書き出した。

 二人の叫びが、駆け出した。

 

「お子さんのお名前は?」

「マイル…… です」


《〈img src="http://mairu" border="3"〉》


 二人の間に光が満ち溢れ、ゆっくりと、次第にそれは形を為していった。

 それと共に、二人の声が弱まっていく。

 己の魂を懸けた、生命の証。

 ザックはハルカの方を伺った。

 思念写真を収める表情は、お世辞にも穏やかなものではない。しかし、目から溢れる一滴は穏やかに頬を流れていた――







 思念写真は直後に出来た。

 だが、すぐに渡すというわけにはいかない。

 二人の体調が整うまで。また、今回の事を聞き、チャンネル思念で出来事を発信したいという者もいたため、二日間、期間を開ける事になった。

 何も起きることのない時が、静かに流れる。そして……



「では、これを」


 約束の日がやって来た。

 チャットルームの一席。そこには子供を抱えた陰舞と、妻となった女性、写真を手渡すザックの三人。


「子供を生んだ、その時の二人にピッタリな写真ですよ」


 自分の都合で強引に撮らせて貰った風景写真を一枚手渡す。

 不安はあったが、写真を眺める二人の顔を見、ザックは胸を撫で下ろす。


「遅くなってごめんなさい!」


 ハルカの慌ただしい声が入り口から響く。

 急ぎ足が、近づいてくる。

 大事そうに抱えた花束が、おそらく遅れた原因だろう。


「大丈夫です。俺達も今来たばかりですよ」


 陰舞の言葉に、ハルカは深く頭を下げる。

 謝る傍ら、思念写真が添えられた青い薔薇の花束を差し出した。

 それを手に取る夫妻の喜声が、ザックの胸にも入り込む。

 そして始まる楽しい談笑。

 女性同士、気が合うのだろう。ハルカと陰舞の妻は、会話に花を咲かせていた。


「じゃあ、俺はそろそろ……」

「き、綺麗」


 この場を抜けようとした矢先、ハルカのため息混じりの声がした。

 視線にはザックの写真が置いてある。


「ここってどこ? 神秘的……」


 写真は、小川をメインにした新緑の森の景。

 一見すれば平凡なもの。が、ハルカは言う。

 静と動。その雰囲気に〝響〟の念が宿っていると。

 まるでその場所に居るかのような臨場感…… 音が聞こえ、森の香りがしてくるようだと。


「実際にその場所に居るみたいな気になりますよね」


 陰舞もハルカと同意見らしい。

 重なる賛辞に、ザックは思わず頭を掻いて照れ隠し。


「写真は人が持つ感性の内、視覚にしか訴えられない。俺はそんな写真を五感全てで感じられる写真を撮りたいんです」


 照れが引き、得意が口から満ち出した。

 皆の口からは、どっと笑いが押し寄せる。


「そうね。それにあたし達には映像や音なんかで簡単に伝えられるチャンネル思念だってある。でも、だからこそ現実の、きちんとした目で見るっていう芸術は、無くさないようにしなきゃね」


 荒い息が吹き荒れる。

 ザックは息巻き、同意を示す。そして、力強くハルカと握手を交わした。


「さて、今度こそ失礼します」


 何はともあれ、別れの時。

 手を降る三人を背にし、ザックはチャットルームの出口を開けた。


 衣服に付いたコーヒーの香りが外気に溶け込む。

 清々しい。心地の良い気分を抱き、ザックは列車が走る駅へと向かった。


 駅前に着き、いつも買う飴玉を買いに売店へ。

 新人類、特にバイオレットは、飴一つも立派な食事になる。

 販売員がお勧め商品を示して来る。

 著名な占術師が考案した、運勢を占うという飴だった。中でも恋愛飴が爆発的に売れているらしい。

 ザックは勧めを断ると、いつも口にするリンゴ飴だけを買った。

 良い気分の時は、いつもの味がよく似合う。

 甘味を口にしながら、足早に列車が待つホームに歩を進めた。


(そろそろ時間だ)


 列車特有の、心地よいリズムが近づいてくる。

 フォトンエネルギーを動力として走る光力列車。それが静かにザックの前に止まった。

 新たな出発の時。目的地は、特にない。気ままに進み、気ままに過ごす。それがザックの生き方だった。

 空き椅子に、腰を下ろして、リラックス。静かに視界の景色を遮断する。

 意識はシンクロードを抜け、シンクロ・シティに入った。そのまま、あるチャンネル思念を受信し、呼び寄せる。


『写真が収めた新緑の命、深緑の愛。今日は一人の写真家に込められた愛のテーマをお伝えしようと思います』


 地域情報を伝えるチャンネル思念だった。

 列車が起こす心地よい振動は、チャネリングに集中する事で次第に薄くなっていく。


(新緑の命、深緑の愛、か)


 ふと、閉じた瞳をゆっくり開き、窓の外に視線を送る。

 その向こうには、木々の深緑が誇らしげに並んでいた――

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