3「新緑の命」
3ー1
少し薄暗い空間は、香ばしさに包まれていた。
数台の木製テーブルと、これまた木製の丸い椅子。壁際の席には長いガラス張りのテーブルと、クッション性の高いソファー。
ここは、いわゆる喫茶店。
山に囲まれた街〝スパンセ〟の中心地にある喫茶店だけあって、客入りは上々と言ったところだ。
「おい、そういえば 見たか? クレロワさんの文明解明!」
物静かだった室内は、一組の会話で僅かに変化する。
ざわついた後、なぜか多くの者が目を閉じ、机に座る。
その中には、一人用のテーブルにカメラを置いたザックの姿もあった。
眠ったわけではない。が、意識はここには無い。
今、意識はシンクロードを抜け、他者の思念をシェア出来る精神の領域〝シンクロ・シティ〟にあった。
広がる宇宙的な空間。色とりどりの無数の光球(チャンネル思念)が点々と漂う。
(すっかり忘れてたな。確か、文明解明って名前だったっけ)
ザックは、あるチャンネル思念を探る。
それは、直ぐに見つかった。
『さて、皆さんはテレビ、そしてテレビ放送という言葉をご存知だろうか?
テレビ放送は、電波を使い遠く離れた不特定多数の人達に動画を送るという、旧人類の技術である。またテレビとは、送られた動画を映す装置である。
これらは、我々でいうチャンネル思念、また、それを探る行為であるチャネリングだと考えれば、解釈がしやすいだろう。
アセンションを果たす以前の旧人類は、当然我々より能力が劣る。
が、その劣った部分を機械により補い、文明の終わりを迎える日まで繁栄を遂げていた。この事実は皆さんも周知の事であると思う。
政治、経済、思想、文化。
かつて旧人類が培ったこれらのものは、アセンションを遂げた時その大半を失った。
だが残ったわずかな遺産は、我々に大きな恩恵(おんけい)を与えていることを、これからも決して忘れてはならない……』
このチャンネル思念は、知らない者は居ないとされる著名人によるものだった。
名は、クレロワ・カニール。
世界的に有名な本〝ガイア・アセンション〟の著者にして、旧文明にまつわる数々の事がらを伝えてきた人物である。
そんなクレロワが重要案件とする今回。
〝タイムシフト〟という、チャンネル思念をオーラで長期保存する技術で製作されている事もあり、発表から丸三日経った今でも多くの者が注目していた。
『ほとんどの培った文化を失い、言語すらも消えかけた我々に初めて光をもたらしたものは、一つの沈んだ島国だった。
発見されたそれらの言語、文字は、今や我々の共通となり普及した。
さて今回、そのような偉大な土地で、再びある書物が見つかった。
発見した者は、私が派遣したマティス・ハーウェイの一団である。
私はこれに触れた瞬間、言葉では言い難い、なにかとてつもない大きな力を感じた。
そう、これは価値のある貴重な資料となる、私はそんな気がするのだ。
詳細については……』
「あ、あの」
突然耳に入った呼び声に、ザックは驚き顔を上げる。
目を開けた先には、一人の困り顔。
同じくらいの若さに感じられる、平凡な出で立ちの男だった。
「あ、話したいことが……」
少し押すだけで倒れそうな弱々しさを覗かせ、男は言う。
ザックは席を立ち、会釈を交えた自己紹介を始めた。
男も、やや緊張気味に名を名乗った。
「陰舞(かげまい)という者です。でも、今大丈夫なんですか?」
弱気な男〝陰舞〟は、再び困り顔を見せ、口ごもる。
ザックは一連の挙動から、陰舞の性格を読み取った。
まずは落ち着くよう勤める。軽く頭を下げ、再度挨拶。
わずかな笑みが影舞に浮かんだ。冷静さは功を奏したらしい。
差し出された右手を受けつつ、話を聞いていく。
「なるほど、そういう事でしたか」
陰舞はどうやら、〝仕事の依頼〟で声を掛けた様だ。
事情が分かり、自然と頭はへこへこと下がる。
ザックは、レリク達のいた山奥から、麓(ふもと)のこの街〝スパンセ〟の中心部に来て早々、チャンネル思念を作り、仕事の依頼を募集していたのだ。
内容は「思い出を永遠に」
つまり、写真撮影である。
依頼希望者にはここの喫茶店に来てくれるよう伝えていた。
そして、募集を掛けてから三日後。陰舞はこうして訪ねて来たという訳だ。
「で、では少し話を」
コップに並々と汲まれた水を一気に飲み干し、陰舞は語り始めた。
出会って数年の恋人がいること。
その恋人と一週間後に婚姻を結ぶ予定があること。
そして、婚姻の際には写真を一枚撮って欲しいということ。
なんともロマンチックな話である。
「……依頼は披露宴の時のシーン撮影ということで?」
だが、それを聞いたザックは、戸惑いをみせた。
鼻先に軽く丸めた右手を添え、受けるか否かを考え込む。
が、心配そうな視線を感じ、慌てて正面を向き直す。
スッと目が…… 合わない。
サッと下方に視線を落とす陰舞が居た。
「披露宴じゃないんです。実は、結婚する前に、俺達の子供を作ろうってことになって、それで」
聞いて、ザックの表情が驚きに変わった。
弱気そうな陰舞から、「子供を作る」という思いきった言葉が出るとは思いもしなかったからだ。
なぜなら、子を作るというのは種の繁栄のための行為。
寿命の拡大、さらには魂の寿命を手に入れた人類では、さほど重要な要素では無く、さらに己の命、魂をも危険にさらす行為。
深く愛し合う者同士でさえ、子を作る事は避ける傾向にある。変わり者とすら思われる地域もあるという。
「でも、俺達の決意を結婚前に示したいんです!」
今、初めて目が合った。
瞳の光を受け、ザックは陰舞の決心を知る。
(これは困った)
陰舞の決意は本物。なら是非ともその依頼を叶えたい。
叶えたいのは山々なのだが…… ザックには一つぬかりがあった。
不安げな顔の陰舞から少し時間を貰い、今回の依頼をどうしようか改めて考える事にした。
「その話、良ければあたしにも聞かせてくれない?」
突如、席の後ろから声がした。
ブロンド色の長髪と、赤いコートが鮮やかな、若い女性がすらりと立つ。
「あたしはハルカ。しがない写真家よ。よろしくね」
名乗るや否や、空き椅子へと腰を下ろす。
ニコニコと陽気を振り撒くハルカに対し陰舞は、やはりか。身をすぼめ、困惑していた。
話を聞くのは自分がした方がいいだろう、とザックは思い、言を振るう。
まずは、質問から。影舞の依頼に興味を持った理由を聞いていく。
「二人が命をかけて生命を作る。ただその瞬間を撮りたいだけよ」
ハルカは、右手の人差し指と親指で輪を作ると、それを目にあてがい、茶化して言った。
ザックはハルカの目をじっと見る。小馬鹿にした態度ではあるが、眼光にはどこか強さを感じる。
同じ写真家としての直感が、素直に矜持(きょうじ)を思わせた。
ハルカも本気ならば、提案を受け流す訳にはいかない。
ザックは考え、そして決断した。
「じゃあよろしくね」
しばらく後、ザックの前に、握手を交わす陰舞とハルカの姿があった。
そう。ザックはハルカに依頼を譲ったのだった。
だが、このまま帰ったのでは気が済まない。ザックには代わりにある提案があった。
「子供を授かった…… その時の二人の心境にぴったりな風景写真を、ぜひ撮らせてもらえないでしょうか?」
首から下げた一眼レフカメラが光る。報酬はほぼゼロの仕事とはなるが、ザックの意地がそうさせた。
陰舞は二つ返事で承諾。
依頼日時は三日後、交渉はそれで成立した。
多少ゴタゴタしたが、上手く話はまとまった。
「ではその時にまた」
先に席を外した二人を思いながら、ザックは再び一人の時間を送る事にした。
《チャネリング中》
緑の文字でそう書き上げると、目を閉じチャネリングを始めた――
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