マリッジブルー

もんきち

マリッジブルー


結婚式前夜。

私は一人でベランダにしゃがみこんで、彼との今までのことを思い出していた。

初めて会った日のことや、初めてのデートの日のこと。彼は柔らかで和やかな雰囲気なのに、辛いものが好きで、甘いものが苦手なこと。ほとんどがいい思い出だけど、実は苦い思い出もある。

実は、告白されたとき、他に好きな人がいたんだ。その時、彼には伝えられなかった。

だって、彼みたいなそんな人にそれを告げたら、きっと、きっと、私を諦めてしまうだろうから。

彼を傷つけたくはなかったんだ。

そんな綺麗事を言っておきながら、結婚式の前夜、私は他の好きな人のことを思い出してる。君が好きだったのは、昔の話。今は彼が好きだから。そう信じたい。

私は、最低だよね。今、君から電話がかかってきて、ちょっと、嬉しい。

君からの着信音は、君が好きだったバンドの、恋の歌。好きで好きでアタックし続けて、最終的には一生を添い遂げるってのが歌詞のストーリー。一緒にカラオケに行く度に歌ってた。私へのメッセージだったら良かったな。

「もしもし」

意を決して、電話に出た。

『もしもし。いよいよ明日、結婚式だな。』

足音が聞こえる。外にいるのかもしれない。

あの頃と変わらない、優しい声。私はこの声が好きだった。

「うん」

『まさかお前が、俺より先に結婚するなんて。思ってもみなかったよ。』

「だろうね。私も予想できてなかったよ。」

『はは。なんだそれ。俺への嫌みかよ』

「そんなわけ…あるかも」

『おい』

そう言って笑った彼の声が、胸を締め付ける。

「あのさ…」

『ん~、何?』

「結婚するの不安って言ったら、慰めてくれる?」

『なんだそれ、らしくないな』

「だって、今になって、いろいろ思うところがあるんだもん」

『なんだよそれ~、例えば?』

「彼に告白されたとき、他に好きな人がいたこととか。」

『初耳。知らなかった』

「誰にも言ってないもん」

『今は、彼氏さん…夫さんか、のことが好きなんだろ?』

「そうだけど…」

『ならなんで迷うことがあんだよ、その人のことが好き、でいいんじゃないの?』

「うん、そうだよね」

『そうそう』

「心配することなんて、ないよね」

私は、彼のことが好き。だからそれでいいはずなのに。なんでこんなに涙が出そうなの。目から零れる涙の粒を、手で拾ううちに、いつの間にか携帯を落としていた。止まらない、止まらない、止まらない。

『めっちゃでかい音したけど、大丈夫?』

携帯に向かって、大きな声を出した。

「だいじょうぶー」

『絶対大丈夫じゃないじゃん』

その時、玄関のベルがなった。控えめに、3回ほどのノック。

「ちょっとごめん、人が来た。出る。」

携帯を落としたままにして、急ぎ足でドアを開ける。

そこには、君が立っていた。

「明日の花嫁さんが泣くのは、良くないんじゃないの?ほら、目が腫れちまう。」

紛れもなく、君だった。

「なん、で」

「明日の主役を一目見に、なんてったって明日お前は主役なんだから、なかなか話できないだろ?一足先に、おめでとうって言っときたくてさ。ほら、ペアの食器セット。女の人の店員さんに、彼女さんへのプレゼントですか?っていわれて参っちゃったよ。」

照れくさそうに笑うのも変わってない。君は時間が経っても君だった。

当たり前なんだけど、それがなんか嬉しかった。

「いや、嬉しい。ありがとう。」

「やけに素直じゃん?」

「うるさい」

「中入る?ここで立ち話もなんだし」

「いや、いいよ。明日の準備とか色々あるだろ?俺も準備しないとだし、スーツとかさ」

「あーじゃあ、また明日?」

「なんで疑問形なんだよ。また明日!綺麗なお前、楽しみにしてるから!」

「もちろん、惚れるなよ!」

「人様の嫁さんに惚れるような男じゃございませんから。好きな人もいるし?」

「えっ、初耳」

「はは。誰にも言ったことないから。とりあえず、今日のところは寝ろよ。もう泣くなよ。」

「泣いてないし」

「そうでした。じゃあ明日な。」

「うん。ばいばい」

手を振って彼と別れた。なんかすっきりした。そうだ。彼にも好きな人がいるんだ。彼を本気で愛している人がいるんだ。

私はどうかしていた。私も愛されているくせに。

もう迷いはなかった。

部屋に戻り、携帯を拾って彼へメールをした。


あなたと結婚できることがとても幸せです。ありがとう。


シンプルでもいい。

彼に愛していると伝われば、それでいいんだ。

何も悩むことなんてなかった。私が自分の意思で選んだことだ。まっすぐに突き進もう。

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