第2話・魔女の烙印
斬首刑。その言葉の重みに心が真っ白になったまま、まだ床にへたり込んでいた私を、アルベルト王太子の合図で兵士が両脇から近づいて、やや乱暴に腕を引き上げて立たせた。
「アルベルト。その話に本当に間違いはないのですか。まさかマーリアが……」
その言葉を発したのは、私の伯母であるレイナリア王妃。アルベルト王太子の母君だ。
私とアルベルト王太子は従兄妹同士。幼い頃に婚約が決まり、未来の王妃としての教育を受けるべく、私は子どもの頃からこの王宮で暮らしてきた。立派な王妃になってアルベルトさまを支えたい……そんな思いで、私はずっと真面目に様々な課題をこなして頑張って来た。きっと歴史に残るような立派な王妃陛下になられるだろう、と周囲の目も温かく、伯母上もそんな私を可愛がって下さっていた。
一方、私の実家では両親が事故で早くに亡くなり、今は腹違いの兄が公爵位を継いでいる。兄とは仲が悪い訳ではないが親しみもない。妹が王妃になるという目論見が断たれた今、王太子に逆らってまで私を庇ってくれるとは思えない。実際、人々の中に兄の姿が見えたけれども、兄は苦虫を噛み潰したような顔で私を睨んでいる。
私が頼れるのは伯母上しかいない、そう思った私は縋る思いで王妃陛下を見つめて、
「これは誤解です、伯母上! どうしてわたくしが反逆など企てる必要があるのですか。わたくしはいつも王国の為、アルベルトさまの為にとそれだけを……!」
だけど。伯母上は厳しく唇を引き締めると、
「お黙りなさい、マーリア。今わたくしはアルベルトに問うているのです」
と私の言葉を遮る。そう、伯母上は公平な方だ。いくら私が可愛い姪でも、無条件に味方になって下さる訳ではない。最も信頼されていた臣でも、汚職が発覚した時、あっさりと処刑に賛同された。
アルベルト王太子は玉座の方へ踏み出し、
「むろんです、母上。私とて、最初は耳を疑いました。ですが、これは女神ラムゼラからの神託なのです。ここにいる巫女姫がはっきりと証言したのです。巫女姫と私の仲を邪推したマーリアは、禁断の魔術を使って彼女から女神の力を奪ったのだと……その為にいま、平和だったリオンクール王国が守護の力を失い、あらゆる厄災に見舞われているのだと……!」
と大声で言い放った。この言葉で、今まで何がどうなっているのかよく解っていなかった人々にも私の罪状とその動機が正確にあきらかにされて、ホールの中は大混乱に陥った。人々の間を縫うように、兄が早足で出口に向かう姿がちらりと見えた。巻き添えを食らうのは御免だという気持ちなのだろう。
「静まれ、皆の者!」
威厳のある一声でその混乱をとりあえず収めてしまったのは、国王イルバード陛下。名君と評判の高い方だ。アルベルト王太子とよく似た赤毛の巨躯で、一見厳めしいのだけど、本当は下々にもお優しく、常に民の事を考えておられる。現在、国中で起こっている厄災のせいで、こちらも少し疲れたご様子だ。でもその力強い声には、誰もを牽引できる何かがある。
「巫女姫ユーリッカ殿。今の話に間違いはないのだな?」
「は、はいっ! 勿論、女神ラムゼラの神託を聞き間違うなんてあり得ませんわ。わたくしだって、今回ばかりは信じたくないのです。でも、確かにラムゼラはお告げになったのです。嫉妬から邪神ゾーラに身を捧げ、わたくしが授かった力を奪った魔女、マーリア・レアクロス、彼女を処刑せぬ限り、この国に女神の恩恵は授けられないと……」
「そんなっ……!! 嘘ですっ!! わたくし、絶対にそんな事は……!!」
「黙れっ!! マーリア!! 巫女姫の言葉を嘘と申すか。それだけでも、女神に対する不敬に値するぞ」
「そんなつもりは……でも」
私は国王の叱責にがっくりと項垂れた。そんな私にアルベルト王太子はつかつかと歩み寄り、兵士に両側から拘束されている私の頬をしたたかに打つ。痛みと屈辱に涙が零れた。
「ユーリッカの言葉が嘘だと? 更に罪を重ねるのか。こんな女を妻にしようとしていたとは、自分自身に腹が立つ!」
そう言い捨てると、両親に向き直り、
「よろしいですね?」
と念を押す。国王夫妻は頷いた。
「我が国は建国以来ずっと、女神ラムゼラの恩恵を、巫女姫を通じて蒙ることにより、平和と安定を成就してきた。その言葉を否定する事は、国そのものを否定する事であり、滅亡の道を辿るに間違いない」
「そんなっ!! わたくしの話も聞いて下さい! 陛下、伯母上!」
けれど、王妃陛下は蔑むように私を見て眉根を寄せ、
「伯母などと呼ぶ事はもう許しません。ああ、なんと厭わしい、わたくしの妹の娘が魔女だなんて……」
「ああ、違う、違うのです……」
「黙れマーリア。兵よ、こいつを地下牢へ繋げ。一番最下層にだ。そして、明日広場で刑を執行する!」
アルベルト王太子が宣言した途端、ホールにはわっと歓声が湧いた。
「ああ、魔女を処刑すればこの国は救われるんだな!」
「うちの領地もこれでなんとかなる!」
「娘の病も治るのね!」
ほんのさっきまで……私を王太子の婚約者としてちやほやしていた人々が、私が斬首になるのを大喜びしているさまを見るのは本当に悪夢としか思えなかった。
そして。誰かが叫んだ一声が引き金になって。
「巫女姫さま万歳!」
の声が嵐のように巻き起こる。
「ユーリッカさま、よくぞご神託を……」
「ユーリッカさま、国をお救い下さい!」
「ユーリッカさま!」
ユーリッカは少し悲しげな笑顔を浮かべて見せている。
「勿論、力が戻ればこのわたくしの身が尽き果てようとも、最後まで皆様の為に女神ラムゼラの力を行使しますわ」
「ユーリッカ、おまえが倒れてはなんにもならない。無理はするな。おまえも辛いだろうに……」
アルベルト王太子は打って変わって優しい声で……今まで私に囁いてくれた時のような声でユーリッカを労わった。
その様子を見て私は悟る。心優しいユーリッカが、国の為に親友を犠牲にするのはどれ程辛かったろうか、と彼が思い、健気な言葉や様子に心惹かれている事を。
「おまえはさっさとこっちに来るんだ!」
「ユーリッカさまを見るんじゃない、魔女が!」
兵士が私を罵り、足元がふらついているのを無理に、ホールの出口に引きずっていく。何度も転んで靴が脱げ、靴下も裂けてしまったけれど、それでも兵士は無慈悲に裸足の私を引きずっていく。私にはもう、抵抗する力もなかった。
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