ノクト=セルシオン
「ヘラルドさんっ!? カナーンさんっ!」
不吉な気配に、即座に動き出したエリスだったが、目の前で繰り広げられた惨劇は余りにも一瞬で、到底彼等を救う程の時間を有してはいなかった。
カナーンがその身を業火に焼きながら倒れ行く様を、エリスはまるでスローモーションでも見るかのように見つめていた。
彼女の脳裏には、数か月前に繰り広げられた惨劇がフラッシュバックされる。エリスをドラゴンの攻撃から身を挺して守り、その命を散らした勇者の姿が思い起こされたのだ。
「くうっ!」
彼等を殺された怒りと悔しさがエリスの口から漏れ出す。それと同時に、彼女はそれを成した魔獣の元へと加速度を上げた!
「ユウキ―――ッ!」
エリスは駆けながら、相棒たる聖霊の名前を叫んだ! 彼女の気持ちを具現化する様に、エリスの身体が緋く染まり、一瞬で巨大な槍を構えた
―――ドゴッ!
しかし、エリスがドラゴンを突き破る前に、ドラゴンの胴体が押しつぶされ、そこが激しく爆ぜたのだ! いうまでもなくそれは、メイファーが振り下ろした戦鎚に依るものだった!
その攻撃で、ドラゴンは完全に動く事が出来なくなっていた。大ダメージを負ったドラゴンに止めを刺す事など、今のエリスには造作もない事だった。
―――ズガンッ!
刺突と打撃が入り混じった様な音を響かせ、エリスの一撃がドラゴンの頭部を粉砕した! 頭を吹き飛ばされたドラゴンは、その長い首を緩やかに
「……メイファーさん……」
メイファーの方へと振り向いたエリスは、悲しみと悔しさの入り混じった表情を彼女へと向けた。それを受けたメイファーもまた、何時にもまして神妙な表情を浮かべていた。
「……エリスちゃん―――……。悲しむのは―後にしましょう―――。まだ―全てが―終わった訳じゃ―ありませんからね―――……。エリスちゃんは―ノクト様の方を―お願いします―――」
優しく、それでいて強い口調で、メイファーはエリスにそう諭した。この場では誰よりもエリスの気持ちを知るメイファーの言葉に、エリスは頷いて答えると、メイファーの言う通りノクトの方へと向かったのだった。
「動ける人は―こちらに―――」
その場に留まったメイファーは、残る勇者たちに何事かを指示し、すぐに行動へと移らせた。自らが指示した行動を、彼女はそれが完了するまで見つめ続けていた。
―――キュキュキュキュキュンッ!
―――ドガガガガッ!
「アレって……何!?」
ノクトの元へと向かったエリスは、その初めて見る戦闘風景に唖然とした表情を向けていた。ノクトと二首ドラゴンの戦闘は、それ程にエリスの想像を超えるものであった。
―――いや、戦闘が……では無く、ノクトの戦いぶりが……だ。
戦闘は一方的だった。だがその表現も、実際には少し違っていた。
ドラゴンは二本の首を巧みに動かし、動きの素早すぎるノクトを何とか捉えようと、あらゆる手段を試みながら火炎弾を放っていた。ある時は素早い連続弾を、またある時は動きを先読みするかのように別々の方向へ、時間差をつけたり、フェイクを入れたりと……大よそ魔獣とは思えない、高度な駆け引きを惜しみなく使っていた。
それでも、その攻撃のどれもがノクトを捉えるには至らない。彼女の動きはそれ程に、ドラゴンとの差を、次元の違いを見せつけるものだったのだ。
そしてノクトの攻撃もまた、異次元の攻撃だと思わせるものだった。
彼女の手にする小さな四角い箱からは、まるで光を凝縮した様な、光そのものだと思わせる矢が、弾丸が放たれていた。
両手にそれを持つノクトは、標準をドラゴンへと付けて引き金を引く。
―――チュチュチュチュチュンッ!
小気味良い音を響かせて、その箱からは光の弾丸が連続で、無数に放たれる。エリスには線にしか見えないその攻撃をドラゴンも躱す事
―――ドドドドドドドンッ!
その見た目とは裏腹に、着弾した光の玉はそれぞれが小さな爆発を起こし、ドラゴンの体表を少なからず焼いていた。その余りに早い連続攻撃に、ドラゴンは身を固めて嵐が過ぎるのを待つしか出来ないでいた。
(あれはあの人だけの特別な武器だね。確か……アルケイロとか言ったかな……? この世界にはまだ存在しない技術……オーバーテクノロジーってやつさ)
「……あるけいろ……? おーばーてくのろじー……?」
ユウキの説明に全く理解出来なかったエリスは、ただただ彼の言葉をオウム返しに呟いただけだった。
アルケイロ……とは、異界の言葉で「射手」を意味し、オーバーテクノロジーとは、超越した技術を指す言葉なのだが、ユウキはそれ以上説明する事は無かった。
それでも、言葉の理解は出来なくとも、その攻撃力は見ただけで説明の必要も要らないものだった。この世界の常識を覆す程の武器とその攻撃力。ノクトが気安く戦う事を禁じられている理由が、エリスには分かった気がした。
しかし、その攻撃もドラゴンに決定打を与えている様には見えない。
ドラゴンの体表を護る真紅の鱗は、ノクトの攻撃に晒されてもその
他のドラゴンと一線を画すその魔獣は、攻撃力だけではなく防御力も群を抜いていたのだった。
「ふぅ―――……。流石に硬いわね」
高速での移動を弛める事無く、ノクトは深い溜息を吐いてそう呟いた。
(ノクト……。本当に早く終わらせたいなら、観察するのを止めれば済む事よ)
ノクトの独り言に、彼女の内で存在する聖霊ベルナールが、半ば呆れたような言葉を返して来た。冗談に話を合わせてくれることも無く、淡々と事実を口にするベルナールに、ノクトは思わず苦笑を洩らした。
「そうね。思わぬ被害も出てしまったし、見るべき処ももう無いわね。……終わらせてしまいましょう」
いつもは凛として、何処か男性を思わせる立ち居振る舞いのノクトだが、唯一ベルナールの前でだけは“素”の彼女が出てしまう。そして常に自分を律して、他者に厳しいノクトの本性は、好奇心旺盛で遊び心を持つ女性だった。もっとも、彼女の“遊び心”とは、ゆとりや洒落の効いた行いと言う意味では無く、獲物を弄ぶ捕食者のそれである。
ノクトが、ドラゴンへと放っていた光弾の弾幕を中断する。それどころか動きをも止めて、その場で立ち尽くしてしまったのだ。
苛烈な攻撃に晒されていたドラゴンも、彼女のこの行動は予想外だったようで、暫時様子を窺うかのように彼女同様動きを止めた。
そんなドラゴンなど気にも止めずに、ノクトは両手に持っていた「アルケイロ」を連結させた。武器の前後を繋げる形でその長さを増したアルケイロは、直後に蒼い魔力光を発し、その光の中へと溶けて行った。
勿論、武器をその手から消した訳ではない。その証拠に、すぐさまアルケイロは姿を変えてノクトの手へと戻って来たのだ。
「あの武器……形が変わったわ!?」
初めて見る現象に、エリスが思わず声を上げた。武器を複数用意していた訳でも、エリスの様に使用武器を変更した訳でもない。ノクトの持つ「アルケイロ」は、長さや外見こそ様変わりしているが、そのデザインは元々の特徴を色濃く残していた。そしてその表現はやはり、武器を変えたのではなく、武器が形を変えた……と言うのがしっくりと来るものだったのだ。
「ゴオオオオッ!」
異様な空気の中、真っ先に動きを取り戻したのは、ノクトと相対していたドラゴンだった。皮肉にも、ドラゴンが動きを取り戻したきっかけはエリスが発した声だったのだ。
それでもドラゴンにとっては千載一遇のチャンスに違いない。先程まで、動きを全く捉えられなかった標的が、わざわざ足を止めてくれているのだ。
―――ゴウッ!
巨大な雄叫びを上げたドラゴンは、その長い二つの首を寄せる様に並べてノクトへと標準を付け、同時に炎弾を吐き出した! 二つ並べられた頭から同時に炎弾を放つ事で、その攻撃は一つに交わり、巨大で且つ高威力の豪炎弾へとその姿を変えた!
「……セットッ!」
ノクトなど簡単に一飲みしてしまう程の炎弾が迫り来る中、それでもノクトは動じることなく、新たに手の中へと現れた「アルケイロ」をその炎塊へと向ける。彼女が小さく呟いた言葉で、その銃口には溢れんばかりの光が一瞬で集約していた。
「……シュート」
―――ドウッ!
ノクトの攻撃を合図する声は、アルケイロの発した轟音に掻き消されて誰にも聞こえなかった! それでも、アルケイロから放たれた巨大光弾は周囲の者にも見て取れる! ノクトは、巨大な炎弾に攻撃を以て迎え撃ったのだった!
真っ赤な巨塊と、眩い光弾が衝突する! 炎弾の方が光弾よりも数倍大きい! どう考えても、光弾が力負けするのは誰の目にも明らかだった!
だが、やはりと言うのか……当然だとでも言おうか……。
ノクトの放った光弾は、炎弾と真っ向から衝突するも、それを意にも介さないとでも言うかの様に、何の抵抗を受けている様子も見せずに炎弾を突き破っていった!
ともにぶつかり合い、力比べを行い、対消滅する……そんなある意味「見せ場」等微塵も存在しない。まるですり抜けるかのように、光弾は炎弾に大きな穴をあけ、そのまま直進を続けたのだった!
直後炎弾はその
―――ゴゴゴウッ!
着弾、そして爆発!
ドラゴンの頭部あたりで発生した爆発は、その威力を周囲に広げるのではなく、ドラゴンだけを包むドームを形成しその中でのみ荒れ狂った!
なまじ拡散して威力を分散させるのではなく、ドームの中に押し留めた事によって、ドラゴンは光弾の発したエネルギーから逃れる事も出来ずに、全てをその身で受ける事となってしまったのだ!
「オゴゴゴゴ―――ッ!」
今まで聞いた事の無い様なドラゴンの咆哮が響き渡る! ドームの中では、この世の物とは思えない熱量による攻撃がドラゴンへと襲い掛かっている事が推察出来た!
そして……その光も集約して行く。
徐々に小さくなる光に合わせ、周囲を取り囲んでいたドームも消え失せた。
そしてそこに残された物は……何もなかった。
正しく、塵一つ残す事無く、巨大なドラゴンはこの世から消滅してしまったのだった!
「あら、残念ね。今回もこれでお終い……みたいね……。もう少し楽しめるかと思ったんだけど……」
(……ノクト)
こっそりと妖艶な笑みを浮かべて、本性を露わにしているノクトが悪戯っぽく呟いた。その言葉は、到底一軍を率いる司令官らしからぬものであった。
「あら、失言」
そんなノクトの言葉を、内なる聖霊ベルナールが
ノクトの勝利によって、ここを守護する魔属は、全て倒された事となる。それでも、完全に問題が解決したわけではない。ノクトの聞いたシモーヌの話では、呪術の根源は魔属たちに在る訳ではないのだ。
「早急に対処せねばならないな」
常時の彼女へと戻ったノクトは、いつもの声音ですべき事に迷いも見せず歩み出していた。そんな彼女の元へ、エリスを始めとした生き残っている勇者が終結して行った。
雪は止み、雲は去り、夜空が顔を覗かせようとしていた。月は無く、未だ名残惜し気に漂う雲の切れ間からは、零れ落ちそうなほどの輝きを見せる星々がその姿を表そうとしていた。
手を伸ばせば届きそうなほどの煌きは、しかし今と言う時には不安を掻き立てる程妖艶な光を発して天空に存在していたのだった。
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