激闘の戦士達
「あんな魔獣を5体も相手にするのかよっ!? それにあの真ん中の奴っ!? 明らかに別格だろっ!」
真紅のドラゴンが放った火炎弾から身を引きながら、ヘラルドはそう毒づいていた。
彼もまた、以前目の前のドラゴンと戦った経験を持つ。しかしその時はエリスと一緒に、1体のドラゴンを相手にしたのだった。
初見だったとはいえ、Aクラス勇者であるヘラルドでも、その勝敗は紙一重と言って間違いない。しかもそれは、エリスの助力があったればこそだったのだ。彼がそう口にするのも、無理からぬ事だった。
「メイファー、ヘラルド、エリスは各々1体ずつドラゴンの相手をせよっ! 残る勇者たちで最後のドラゴンをっ! 私はあの紅い奴を相手取るっ!」
ノクトの指示を受けたエリス達はそれぞれ頷き返すと、殆ど同時に地を蹴り各自目的と定めたドラゴンへ向かって行った! それは取りも直さず、ノクトがあの紅いドラゴンに至る為の血路を開く為、他のドラゴンを早々に抑え込む為だった。
一斉に戦闘状態へと突入し、至る所で怒声や轟音が響き渡る! ノクトはそれを確認したと同時に、その場から姿を消した。
当然の事ながら、逃げた訳ではない。彼女の動きは、そう思わせる程に俊敏で誰の目にも止まらなかったのだ!
瞬時に二本の剣を顕現させたエリスは、それを両手にドラゴンへと肉薄する!
ドラゴンの強さはA級に値する。ランクDを言い渡されているエリスでは、到底相手に出来ない強さだったであろう。
だがそれも、ランクDと言い渡された経緯を知っていれば、必ずしもそうだとは言い切れない事が理解出来る。
ユウキの能力は聖霊クラスAに相当する。彼の、あらゆる武器を高い能力を持たせて顕現させる力を考えれば、Aクラスと言うのも頷ける話だった。
ただそれも、宿主が使いこなせなければ宝の持ち腐れである。
ユウキが顕現し勇者となるまで、エリスは争いごとの類を一切した事が無かった。興味も無かったし、嫌悪もしていたのだ。望まれなければ、近づこうとも考えなかった分野である。
ユウキがエリスの元に現れ、勇者となってしまったあの日から、エリスは初めて「戦い」と言うものに携わり出したのだ。そんなエリスに戦闘や戦術に造詣が深い訳もなく、全く以て「宝の持ち腐れ」状態だったのだ。
ノクトがエリスを“ランクD”と言い渡したのも、苦肉の策であった。ユウキの能力はAクラス。しかしエリスの力は論外。その間を採った形だったのだ。
しかし、エリスとていつまでも「何も知らない少女」のままではいられない。勇者となり相応の能力を手にしたならば、彼女の望む望まざるを別にして、戦いの渦中へと身を投じなければならないのだ。
数か月前の事件以降、エリスは戦闘訓練を前向きに取り組み、その腕前は徐々に上がっていった。それと同時に各地の巡回もこなしており、少なくない魔物との戦闘も経験して来たのだった。
そうして今では、数か月前と比べ物にならない「戦闘用の動き」を身に付けている。熟練者、達人とまではいかなくとも、ユウキの顕現する武器に振り回されると言う事はもうないのだ。それにより、今の彼女はAランクを上回る力を手にしていた。
「はいっ! はいっ! はいっ!」
迫り来るドラゴンの尾撃を、エリスは巧みに操った双剣を以てして捌き、スルスルとドラゴンの懐へ滑り込んで行く。流水を思わせる滑らかな動きにドラゴンの方は全く対応できておらず、近接したエリスに気付き前足を振るおうとした矢先、その頭部に強烈な斬撃を受けた!
「オオオオッ!」
ドラゴンの雄叫びが響き渡る! 体液を撒き散らしたドラゴンが、切られた頭部をエリスの方へと向け、彼女の胴体を貪ろうとその
瞬時に大きく飛びあがりその攻撃を回避したエリスは、魔力光に包まれて先程とは違う武器を携えた!
手にした武器は弩弓! 彼女の身体に不釣り合いな程大きく、高い攻撃力を思わせる戦闘に特化した弓矢だった!
―――ビシュッ!
ドラゴンの真上から、強力な弓が放たれる! それは狙いを寸分違わず、伸び切ったドラゴンの頭部へと突き刺さった!
「グブッ!」
―――ドシュッ! バシュッ!
2発、3発と、エリスは立て続けに矢を放った! 石床に手を付くドラゴンの前足が、エリスの攻撃により縫い止められてゆく! 今やドラゴンは、その体の向きを変える事も儘ならない状態だった!
―――ビュンッ!
それでも、その強靭な尻尾は健在であり、中空に静止状態とあるエリス目掛けて、その長い尾が襲い掛かった!
エリスの身体が、またもや魔力光に包まれる!
顕現した武器は、彼女の身長を上回るかと言う程の大剣! エリスの身体は、その重みに引き摺られるかのように、加速度を上げて落下した! ドラゴンの尾は、先程までエリスがいた場所を虚しく突き出しただけだった!
自由落下に見えて、エリスは頭を下にし、手にした大剣を大上段に振りかぶった! その眼下には、ドラゴンの長い首がある。
「せ―――いいぃっ!」
エリスの、裂帛の気合いが響き渡り、振り下ろされた大剣がドラゴンの首を両断する!断末魔の悲鳴すら許さず、エリスの快勝と言う形でドラゴンとの戦いは幕を下ろしたのだった。
大きく息を吐いて戦闘態勢を緩めたその時、エリスの耳に絶叫するカナーンの声が飛び込んで来た!
メイファー=ガナッシュの手にする武器は、その容姿や話しぶりにそぐわず、随分と厳ついものであった。では、どんな武器ならば彼女にピッタリなのかと問われれば答えに困窮するのだが、それでも今、彼女が手にしている武器は、彼女の
「こ―れ―で―も―――っ! 喰らいなさ―――いっ!」
間延びした気合の声を上げ、メイファーは手にした戦鎚を振り下ろす!
―――ドガンッ!
紙一重でドラゴンはその攻撃を回避し、彼女の攻撃はそのまま石床へと撃ち下ろされた! まるで多くの火薬が炸裂した様に、彼女の攻撃で石床が大きく爆ぜる!
「もう―――……。この武器は―素早さに難点がありますね―――」
攻撃を躱され、メイファーは大きな溜息と共にそう独り言ちた。
(もっと大振りを無くして、細かい攻撃で隙を作らなきゃ―ダメよ―――)
彼女の中に内在する聖霊アシェッタが、溜息と共にヤレヤレと言った態で首を振りながら答えた。
「細かく―ですか―――? 性に―合わないんですよね―――……そう言うの―――……」
アシェッタの指摘に、苦笑気味のメイファーがそう返した。その間にも、体勢を立て直したドラゴンはその首を持ち上げて、火炎弾を吐き出して来た! 瞬時にその挙動を感じたメイファーは、その場から素早く飛び退いて身を躱す。
―――ドウッ!
石床に撃ち込まれた炎弾が巨大な火柱を上げる。
(性に合わないって……。前から思ってたんだけど、メイファー? あんた、メイドには向いてない性格よね―――? なのに何で、メイドなんて細かい所作が望まれる事やってんの?)
外ではその様に苛烈な戦闘が行われているものの、メイファーの精神世界は静かなものだ。今はそこにいるアシェッタが、呆れたような声音で再び問いかける。
「……だから―……ですよ―――……」
ボソリ……と、答えとも独り言ともつかない声量で、メイファーはそう口にした。
炎の壁を破って、ドラゴンの尾撃がメイファーの眼前に迫る! 不意を突いた一撃であったろうが、メイファーは既にそれを予測していたのか、然して驚く様子もなく華麗な動きで躱して見せた! そして跳躍し、未だ立ち昇る炎の壁を飛び越えた!
ドラゴンの攻撃を同じような形で、少しアレンジして返しただけにも拘らず、ドラゴンの方は虚を突かれた様で僅かにその動きが鈍る! そしてメイファーは、そのチャンスを見逃す事など無かった!
「と―――りゃ―――っ!」
やはり気の抜けてしまいそうな気勢を上げて、その声質とは大きく異なる素早さを以てして、メイファーは手にした戦鎚を叩きつける! 雷神の鎚を思わせる電光石火の一撃を、ドラゴンは今度こそ躱す事など出来なかった!
―――ベキメキドゴンッ!
見事ドラゴンの頭部を捉えた強撃は、ドラゴンの頭部を砕くだけには留まらず、そのまま石床へと叩きつけられ、またしても周囲一帯を爆砕させた!
ゆっくりと姿勢を正したメイファーの足元には、頭部を紛失してしまったドラゴンの亡骸が転がっていた。
「私が―メイドをしているのは―、この性格を―何とか治したいと―思ってるからなんですよ―――」
メイファーの返答に、アシェッタは再び溜息を吐き「やれやれ……」と首を振ったのだった。
「いや―――っ! ヘラルド―――ッ!」
その時、メイファーの後背で、カナーンのものと思われる絶叫が響き渡ったのだった。
流石は2度目の対戦ともなると、僅かばかりでも余裕が持てる様になる筈だった。
それでも、逸る心をヘラルド=アーカンソーは抑えられず、それが攻撃や防御の荒さに滲み出ていた。
「くそっ! いつまでもお前なんかにっ! 手間取ってる場合じゃないんだよっ!」
ヘラルドの持つ両手剣から、渾身の一撃が見舞われる! それはドラゴンの首を狙った、一撃必殺の攻撃だった!
だがその攻撃は、ドラゴンの頭部を護る様に翳された尻尾によって阻まれてしまう。最も攻撃力の乗る打撃点よりも前に防がれては、如何にヘラルドの一撃を以てしてもドラゴンの尾に傷を与えるしか出来ない。
―――ガキンッ!
攻撃直後のヘラルドを狙って、ドラゴンの頭部がその腹部を食い破ろうと迫った! ヘラルドは器用に剣を引き盾の様に前方へと構えた。ドラゴンの攻撃はヘラルドの剣に遮られ、大きな打撃音を上げるに留まった! その攻撃を受けて、ヘラルドの身体は後方へと追いやられてしまったのだった。
(ヘラルドッ! 焦る気持ちは分かるけど、そんな雑な攻撃じゃあ奴には届かないよっ!)
「わ―ってるよっ!」
彼の内側からは、再三再四の注意が投げ掛けられる。先程から、エデューンとヘラルドのやり取りはこの繰り返しだった。しかし一向にヘラルドの行動は改善されず、大雑把な攻撃が続けられていた。
「でもっ……急がないと……っ! あいつらに、こいつの相手は荷が重いだろうっ!」
“こいつ”……とは、言うまでもなくドラゴン。そして“あいつら”……と言うのは、ヘラルドの左方で戦っているBランク勇者達……その中にいるカナーンの事であった。
(だ―か―ら―っ! 早く倒す為にも、冷静にならなきゃいけないんだろっ!)
ついに癇癪を起したエデューンが、喧嘩腰でヘラルドに意見を飛ばす。彼もまた、ヘラルドの気持ちが分かっているのだ。
「そんなこた―なっ! 言われなくっても……っ!?」
エデューンに言い返している途中で、ヘラルドはドラゴンの気配を鋭敏に感じ取って意識をそちらに向けた。彼の感覚に間違いなく、今まさにドラゴンは火炎弾を吐こうとしている処であった。
(来るよっ! 一旦避けてっ!)
それでもまだまだ回避には余裕がある。エデューンは最も適した指示をヘラルドへと出した。
だがヘラルドの行動は、エデューンの予期したものとは大きく異なっていた。
巨大な咢を目一杯広げて、その口腔から灼熱の炎弾を放とうとするドラゴンに対して、ヘラルドは真っ向から一直線にドラゴンへ向けて駆けだしたのだ!
(ヘッ……ヘラルド―――ッ!?)
パニックとなったのは、誰でもないエデューンだった。彼は顔を青くして、ヘラルドの名前を声高に叫んでいた。
「最短距離を行くっ! これが俺の戦い方だっつーのっ!」
大きく啖呵を切ったヘラルドは、スピードを更に速めてドラゴンとの間合いを詰める。ドラゴンは何ら小細工の無いヘラルドに向けて、力を溜めた炎弾を吐き出した!
―――ゴウッ!
―――ブウォンッ!
真っ直ぐ自身へと目掛けて飛来する炎弾に、ヘラルドはタイミングを合わせて手にした大剣を払い、炎弾を打ち消した! 切り裂くのではなく、剣の腹を利用してそこに凶悪な風圧を纏わせ、正しく叩き消したのであった!
(ええ―――っ!?)
その現象に、大きく声を上げて驚きを露わにしたエデューン。しかし、驚きを隠せなかったのは彼だけでは無かった。
思いも依らない方法で炎弾を消滅させられたドラゴンも、その非常識な現象に口を開いたまま一瞬動きを止めてしまう。
「これでも喰らってろや―――っ!」
明言通り最短距離でドラゴンとの間合いを詰めたヘラルドは、その速度を落とす事無く剣を真横に振りかぶり、開いたドラゴンの口へと大剣を咥えさせた!
―――ズズズズズズッ!
当然、ヘラルドの一撃はドラゴンの口に納まって終いではない! 上顎と下顎を、正に魚を三枚に下ろすかの如く、首に沿ってきれいに割裂して行く!
魔獣の胴体あたりまで来て、ヘラルドの斬撃はその動きを止めた。頭を上下に割かれては、如何なドラゴンと言えども命を長らえてはいなかったのだった。
(……あんな防ぎ方……寿命が縮んだよ……)
冷や汗でも掻いていそうな声音で、エデューンはそうヘラルドに呟いた。
「へっへ……」
大きく一息ついて、ヘラルドも不敵な笑みをこぼす。だがそれも束の間、ヘラルドは即座に顔を上げて、カナーンのいるであろう方角へと顔を向けた。
そこでは、明らかに苦戦している勇者達……カナーンの姿が見て取れたのだった。
「カナーンッ!」
そう叫んだヘラルドは、迷うことなく彼女の元へと駈け出していたのだった。
最初から苦戦する事など分かり切っていた。この様な展開になる事など、カナーンには想像がついていたのだ。
勇者、聖霊、魔属、魔獣……それぞれには、その強さを表す等級が設定されている。SSを頂点として、それぞれの強さに見合った階級が割り振られているのは、決して区分けするだけの意味ではない。
一つ階級が変われば、その強さは激変する。C級やD級の魔物や魔属が多少群れを成した所で、Bランクの勇者ならば蹴散らしてしまう。数の劣勢をも覆す力が階級差には厳然と存在しているのだ。
そしてそれは、逆もまた然り。A級の魔獣相手では、Bランクの勇者が数人掛かりで立ち向かっても一蹴されてしまう。カナーンの眼前では、今まさにそれを実証しているかの如き戦闘が繰り広げられていた。
「右に回り込んでっ! 左から牽制を忘れずにっ!」
しかしそれも、相手の圧倒的なパワーとスピードに、何度も阻止され挫かれていた。戦線が崩壊する事無く保たれているのは、カナーンが前線で見事な牽制を行っていたからだった。
「ギャオオオオォォンッ!」
着かず離れずに徹しているカナーン達の戦法に、ドラゴンが痺れを切らせて巨大な咆哮を上げる! ドラゴンの標的が、先程から神経を逆なでする攻撃を放つ勇者へと向けられた!
―――カナーンであった。
ドラゴンの動きに、他の勇者たちも何かを感じたのか、激しい示威行動を取りドラゴンの注意を引こうとする! だが、既に攻撃対象を見据えたのか、ドラゴンがそれに惑わされる事は無く、巨大な尻尾が鎌首を持ち上げるが如くの動きを取った!
確かに、今回の編成にも大きな問題はあった。それが結果論でしかない事は兎も角、盾となる勇者が一人もいない事は致命的であった。遅滞戦闘では、どれだけ攻撃を躱し、受け切るかが重要となる。
カナーン達の目的は、他の勇者達……エリスにメイファー、ヘラルドがドラゴンを倒すまで、彼等の元へドラゴンを行かせる事無く足止めする事だと彼女は理解していた。そんな中で、防御を任せられる勇者が居なかったのも、この作戦が当初から瓦解していた事を示唆していた。
―――ドシュッ!
巨大な尻尾が槍と化し、止める事の出来ない速度で撃ち出される! カナーンのみを狙った攻撃では、彼女の動きでは回避のしようがなかった。
(
動きを見せないカナーンに、いつもの口癖を放棄した彼女の聖霊シャナクが悲鳴を上げた!
(……ごめんね……シャナク……。ヘラルド……)
瞬時に死期を悟ったカナーンは、今まで助けてくれた聖霊シャナクへの謝意を示し、愛するヘラルドの事を思い浮かべる。それでも、彼女の心に後悔は無かった。やれるだけの事はやったのだと言う自負が、彼女の中には確かに存在していた。
時間稼ぎと言うならば、十分と言わずともその役目は果たしたはずだ。自分が死んでも、まだ勇者は数人残っており、ヘラルドやエリス、メイファーが駆けつけるまでは持つだろう。カナーンはそうも考えていたのだ。
―――ドシュッ!
何かが肉塊に突き刺さり、それをも貫通する確かな音。それがカナーンの耳に届いた。
―――ピピピッ……。
次いで、カナーンの顔に生暖かい液体が付着した。
だが、彼女は身体に痛みを感じていなかった。人は、即座に絶命する様な事があれば、痛みを感じる事が無いと言う。カナーンは当初、そう考えもした。
ゆっくりと瞼を開けてみる。想像に反して、瞳からは周囲の光が飛び込んでくる。
しかし、彼女の視界は一変していた。
目の前には、ドラゴンの尻尾と思われるものの鋭利な先端。そこからは、赤黒い液体を滴らせている。
そして、彼女の視界を遮る物体……巨大な壁が、彼女の前に立ちはだかっていた。
「……ヘラルド……?」
その後ろ姿を、カナーンが間違えよう筈はなかった。何度も目にした。最愛の者の後姿なのだから。
「いや……いや―――っ! ヘラルド―――ッ!」
絶叫が、広い講堂内に響き渡った。
だがカナーンに、その身体に抱き付いて彼の意識を確かめる事も、彼の名を叫びながらその身体にしがみ付く事も許されなかった……ここは戦場なのである……。
―――グゥオッ!
ドラゴンの尻尾が持ち上げられ、刺さったままのヘラルドの身体が宙へと浮いた。
―――ブンッ!
そしてドラゴンは、尻尾に着いたゴミを祓うとでも言うように、大きく一振りしてヘラルドの身体を引きはがした。
―――ドッガラガラガラッ!
天井に近い壁に激突した彼の身体は、轟音を立てて周囲を突き崩し、瓦礫と共に石床へと叩きつけられた。その間、彼の口からは痛みによる悲鳴も、カナーンの名を呼ぶ声も発せられなかった。
「おおっ!」
怒りに我を忘れた訳じゃない。ここは簡単に人の死ぬ戦いの場なのだ。それはカナーン自身も良く弁えていた。
それでも、最愛の者の死を目の当たりにして、一切感情を揺るがさない者など居ない様に、彼女もまた少なくない怒りを咆哮に込めて発していたのだ!
手にした武器を力の限り握りしめ、咄嗟にドラゴンへと駈け出した! 彼女の力、そして武器では、その攻撃でドラゴンに絶大な一撃など与える事は出来ない。そんな事は彼女自身が良く分かっていた。
それでも彼女は、この魔獣にせめて一矢報いようと、持てる最大の力をぶつけるつもりだったのだ!
カナーンは己の攻撃特性を最大限活かすつもりで、自身の肉体が耐えうる限りのフェイントを最大速度で行った! 瞬間的ではあるが、その動きはAランクに届こうかと言う程であったかもしれない!
そんな彼女の想い……そして攻撃も、次の瞬間にはあっさりと潰えてしまった。
ドラゴンは、炎弾を1発撃ち出した! そのたった1発で、カナーンの動きは失速を余儀なくされたのだ! まるで予測射撃のようなその攻撃は、素早く動く彼女の行動を先読みして、カナーンの進む先に撃ち込まれたのだった!
自分の進むべき“領地”を先に占領されたカナーンは、僅かに次に対する行動が躊躇してしまう!
そして理詰めで事を進めるが如く、ドラゴンは大咢を開けて次弾を装填完了していたのだった!
―――ゴウッ!
躱しようのない一撃が、炎の弾丸となってカナーンへと撃ち出された! 刹那、カナーンはヘラルドの方へと視線を遣り、そのまま豪炎に呑まれ、そのまま石床へと沈んでいった……。
あれ程降り続いて雪は、徐々にその勢いを弱め、上空を覆っていた厚い雲も、いつの間にか薄らいでいたのだった……。
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