アビエスと寄り添う村にて

 ノクトが打ち合わせを行ってから僅か四半刻後(30分後)、エリス達は再び馬上の人となり、巨大な雪馬を南へと走らせていた。

 必然的に異界門ゲートへと向かう方角であり、彼女達の眼前には、その視界に入りきらない程巨大な門の姿が広がっていた。そしてただそれだけで、エリス達の胸中には不安が広がっていった。


「先程話した通り、シモーヌの話と報告から、呪術の発生源は以前放棄された『カドカワ村』である事が判明した! その村の教会で、魔属が儀式を執り行っている! 周囲にはかなりの数、魔物どもが集められているとの事だが、時間が無い! リミットは今夜12時! 異界の暦で、『クリスマス』となるのは明日との事だ! その時間を過ぎれば、どれ程の凶事が起こるのか見当も付かん! 皆の奮迅を期待する!」


「オウッ!」


 遠方に見えてきた目的地を確認して、先頭のノクトが発した檄に、後続の勇者たちが声を揃えて応える。出発時よりも1人増えたとはいえ、総勢10人と言う人数は決して多いとは言えない。

 それでも、残ったBランク勇者に代わりAランク勇者のヘラルドが加わった事は、戦力的に増強されたと言って良かった。

 それに、勇者は一騎当千の兵達つわものたちである。人界で戦う限り、この戦力ならば多少の数の優劣など覆してしまう事に疑いは無かった。

 雪馬の走破力により、エリス達の向かう「カドカワ村」はみるみるその姿を大きくして行く。今や廃れた村の外観より、その村で寄り添うように立つ巨大な大樹の方が印象深い。

 村の名前でもある「カドカワ」とは、古代の言葉で「アビエスと寄り添う」と言う意味を持つ。樹齢数百年を数える立派なアビエスの木が、まるで天を突く様に聳(そび)え、その枝葉は村を覆うように茂っていた。

 その大樹の威容を捉え、村のシルエットが大きくなるに連れ、その周囲に蔓延る夥しい数の魔物がその容貌をハッキリとさせて行った。エリスがザっと見ただけでも、その数はカクヨ村東部に在った館で遭遇した数の数倍に及ぶ。


「全員、下馬っ! 勇者化の後、突入せよっ!」


 先陣を切って、ノクトは高らかにそう宣言し、真っ先に馬から降りるとすぐさま魔力光に覆われた。司令官の行動に、エリスを始めとした勇者たちも己のパートナーと融合を果たし、その姿を変貌させていった。

 先日の「東の館」での戦闘で遭遇した魔物の構成程度であったなら、どれ程数が多くとも苦戦するなど想像もつかない事だ。しかし……!


「あ……あれは……アルクダ族……!? 何て数……」


 だがエリスの目には、無数に蔓延る魔物の中に一際大きい、山の様な魔物が複数体見て取れたのだ。

 人界でも「熊」と言う猛獣は、その大きさや強靭な肉体から恐れられている。これが魔物のアルクダ族ともなれば、その巨大な体躯と凶暴性にパワーだけを見ても、人界の熊とは比べるべくもない。

 更に、「魔物」は猛獣野獣と大きく異なる点がある。


 ―――ドドドドドドウッ!


 急襲する勇者たちへと向けて、アルクダ族の口から巨大な火の玉が一斉に吐き出された! 接敵する直前に放たれた攻撃だが、勇者たちはそれを見透かして各自回避行動を取っていたのだった。





 魔物……魔に属する獣は、ただ単に大きく力が強いだけではない。その名に「魔」を関する通り、魔物は魔法や特殊攻撃を使うのだ。

 魔界より人界に入り込んだ魔物の中でも、アルクダ族は特に凶暴であり、B級魔物として恐れられていた。




「メイファー、ヘラルド、エリスはアルクダ族共に当たれっ! 残りの者はその他の魔物を駆逐せよっ!」


 司令官として、戦場より少し離れた場所で状況を俯瞰ふかんしているノクトは、各勇者たちに適宜、指示を与えて行く。

 彼女自身はSランク勇者であるが、司令官と言う役職柄、率先して戦闘に加わる事は無い。もっとも、彼女には積極的に戦闘へと介入する事を禁じられている理由があるのだが……。


「はいっ!」


 エリスはノクトの指示に大きく答え、一体のアルクダ族へと突っ込んでいった!


「ユウキッ! 斧―――っ!」


(あいよっ!)


 エリスの叫びに答えたユウキが、彼女の要望に応える! 光に包まれたエリスは、瞬時に持っていた武器を巨大な斧へと切り替えた!


「でっやあああぁぁっ!」


 立ち上がったアルクダ族に肉薄したエリスは、恐るべき速度で振り下ろされた巨熊の前足を宙へと飛んで躱し、大きく振りかぶった巨斧を気合い一閃、振り下ろした!


「ゴオオォォッ!」


 右肩を深く割り裂かれ、アルクダ族の咆哮が周囲に響き渡る! だが魔熊は、その巨体に相応しい驚異の生命力を有しており、残った左手を即座にエリスへと振るう!

 肉を割き、深くその刃を埋めたエリスの戦斧だが、それ故にすぐに引き抜く事が出来ない。エリスは斧を早々に諦め、狂熊の身体を蹴って距離を取り、その左前脚攻撃を躱した! そして、すぐさま魔法光を発した彼女は、その手に鋭利な穂先を持つ長槍を具現化させた!


「せえええぇぇいっ!」


 着地と同時に、その反動を利用するかの如く、再びアルクダ族へと向かい大きく跳ねたエリスは、閃光の一撃を巨熊の頭部へと見舞った! 右目から後頭部へと貫いた槍の一撃はアルクダ族の行動力を即座に奪い去り、巨熊は地響きを立ててその場で崩れ落ちたのだった。


「次よっ!」


(はいはい……。聖霊使いが荒いね―――)


 メイファーとヘラルドも既に1匹ずつ屠っていたものの、未だ数体のアルクダ族が存在しており、エリスは次の相手に向かうべくユウキにそう告げると、止まる事無く駈け出していた。





「制圧は―完了です―――」


 エリス達以外、動くものが居なくなった教会周辺を確認して、メイファーがノクトにそう申告した。

 勇者側に被害が出なかったものの、結果程に圧勝と言う訳では無かった。何よりも魔物の数が多く、殲滅となるとそれなりに時間がかかる。また、今回の魔物にはアルクダ族を始めとしたB級魔物が多く配されており、流石に倒しきるのは手間取ったのだった。

 それに魔物たちの動きも不可思議で、勢いよく押して来るばかりではなく、距離を取った戦いも見せたのだ。結局、全てを倒しきった時には、陽もすっかり暮れて周囲は闇に包まれていたのだった。


「宜しい。それではこれより、教会内部への突入を敢行する。前衛はメイファー、ヘラルド、エリス。その後ろを、距離を取って他の者が続け。私は前衛に参加する」


 ノクトの指示に誰も反論が無い事は当然だが、最後の一文にはその場にいる全員が驚きの声を上げた。


「ノクト様―それは―――っ!?」


「私も戦闘参加する事になるだろう。各自、気を引き締めて行け!」


 それでもメイファーが問い返し、ノクトがその理由を告げた。


「先程の魔物の動きを見れば、組織だった……若しくはそう命じられたものだった。つまり、エリスの報告にもあった魔属が中にいる可能性は高く、それも1体とは限らない。下手に被害を拡大させない為にも、戦力の出し惜しみをする気はない」


 厳しい表情のノクトに、その場の誰もが緊張感を高めずにはいられなかった。そしてノクトは、そんな彼等の視線を一身に受け、颯爽と教会へ向けて歩を進めて行った。




 ―――ギギギ―――……。


 重苦しい軋み音を発し、教会の両開き扉が全開となる。中には「東の館」地下室と同じく、無数の燭台に据えられた蝋燭が灯り、室内を煌々と照らしていた。

 先日の地下室よりも更に広い講堂内。そこには、本来あるべきはずの長椅子は一脚も無く、その広さが更に際立っていた。

 その最奥には、巨大な石像。以前は女神像が佇んでいた場所には、今はエリスが地下室で見た「サンタクルス像」に取って代わっている。

 たっぷりと蓄えた髭から覗く満面の笑みを浮かべた、おかしな衣装を纏った恰幅の良いその神像は、その肩に不可思議なくらい大きな袋を担いでいる。平素ならばその神像も、心を和ませる物に違いなかったであろうが、今のエリスには、その袋の中には考えられるありとあらゆる災厄が詰まっている様にしか思われず、そう考えればその神像が浮かべる笑みも、どこか邪悪なものとしか見えなかった。

 そのサンタクルス像の前には、やはり複数の影。10体近くの影は、冷たい石床の上に引かれた絨毯の上で寝かされている。そしてその影を見守る様に、監視する様に佇む、子供のように小さい5体の影。言うまでもなく、それはに他ならないと思われた。

 中央まで進んだエリス達は、ノクトを筆頭に一度足を止め、遠巻きに魔属たちを窺う構えを取った。どの様な事態にも対処できるようにするためだ。


「我らが此処へと赴いた理由は、言うまでもなく理解している筈だな。無用な戦いで時間を費やすのも愚かしい事。すぐさま此方の要望に応える事を期待するのだが?」


 背を向けている5体の影に向けて、ノクトがそう。そこには議論の余地も、思案する余裕すらも与えない、明確な意思表示が込められている。


 ―――抵抗をする事無く、女性達を引き渡せ。

 

 ノクトは言外にそう言っているのだ。


「……フッフッフ……。今頃ノコノコトヤッテ来テ、大言壮語トハ恐レ入ル……。我ラガソノササヤカナ願イヲ叶エテヤレヌ事ナド、当ニオ見通シデアロウニ」


 5体一斉に、影が此方へと振り返る。目深まぶかにかぶったローブに覆われて、その表情までは伺えないが、5体は5体共、同じ表情をしているとエリスは感じていた。そして、その全てがほくそ笑んでいるとも……。


「ならば、我らはくお前達を滅するっ! 前衛っ! 突撃っ!」


「ソウ易々ト、オ前達ノ望ミ通リニ事ガ進ムト思ウナッ! 貴様達コソココデ、奇跡ノ神『サンタクルス』ノ供物トシテクレルワッ!」


 ノクトが戦闘開始の号令をかけ、それを迎え撃つが如く魔属が吠えた!

 駆けだそうとしたエリス達の先手を取って、5体の魔属全てが血の様に赤い魔力光へと覆われる!


「気を付けて下さいっ! あの中から、A級魔獣が姿を現しますっ!」


 エリスは、その場にいる勇者全員に向けて大声を張り上げてそう警告した。もっとも、その威容を目にすれば、彼女がそう叫ばなくとも察する事が出来ると言うものだった。

 

「……何……!? あの……ドラゴン……!?」


 しかしそんな中にも、エリスの予想を覆す出来事が起こる。

 エリスが今まで対して来た変化するドラゴンは、その全てが巨大な、全身を強固な黒い鱗で覆われた個体だった。

 エリスの目の前には、4体の黒鱗持つドラゴン……。だが残りの1体は、紅蓮の炎を連想させる、真紅の鱗を持つ二首のドラゴンだった!

 見るからに他の種とは別格。その存在感、威圧感は他を圧倒していた。


 ―――ゴウゴウゴウッ!


 他のドラゴンに先んじて、その真紅のドラゴンは二つの首を別々の方向へと向け、無数の炎弾を吐き出した! 巨大であり高い熱量を感じさせる火炎であるにも拘らず、ドラゴンは苦も無く連続で撃ち出したのだった!

 その炎に遮られ、ノクト以下の勇者たちは、その場から大きく後退を余儀なくされた。




 差し迫る刻限を前に、エリス達の前には強大な力を持つドラゴンが4体と、更にその力を上回ると思われるドラゴンが立ちはだかる。

 開かれた戦端は周囲に怒号を響かせていたが、深々と降り積もる雪がその音を吸収し、その惨状を白く塗りつぶしてゆくのだった……。

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