聖女の力
―――翌日早朝……。
エリス達は城門前へと集合し、出発の時を今や遅しと待ち構えていた。
集まった勇者はエリス、ノクト、メイファー、その他に5人の勇者達。そして……。
「は……初めましてっ! エリス=ランパートと申しますっ! シモーヌさん、宜しくお願いしますっ!」
エリスは、今回初顔合わせとなる勇者たちへと挨拶に回り、最後に女性の勇者であり最高齢となるシモーヌ=ステファンに深々と頭を下げていた。
「エ……エリス……ちゃん……ね? う……噂は兼ねがね……。此方こそ……よろムニャムニャ……」
元気よく頭を下げたエリスに対して、シモーヌは顔を赤らめ、聞き取れるギリギリの声で返答していたが、それも最後には何を言っているのか分からない程となっていた。
「……シモーヌは『宜しく』だってさ……」
そんな彼女をフォローする様に……なのだろう、言葉を継いだのは、彼女の傍にフヨフヨと浮かぶ不愛想な聖霊「デロン」であった。
「エリスちゃ―――ん。シモーヌさんは―、極度のあがり症で―すぐに照れてしまうんです―――。あと―デロンは―、すっごく愛想が悪いんで―気にしないでくださいね―――」
唖然としていたエリスに、メイファーがその様に解説する。
照れ屋で会話も儘ならない最高齢のシモーヌは、年齢の割には若く見え、その照れた姿もどこか可愛らしい。それでも、若輩であるエリスにさえまともに言葉を返せないのだから、傍から見てもどちらが年上なのか分からない程だった。
大してデロンは全くの不愛想で、エリスは勿論、ユウキや他の精霊たちともコミュニケーションを取る素振りが無い。メイファーの紹介にも、何らアクションを返す素振りが無い程だった。
その時、ノクトの周辺にざわめきが起こる。エリス達がそちらへと目をやれば、ノクトの元へ城外から駆け戻った勇者が息も絶え絶えに、それでも直立不動の姿勢で控えている。それだけ見れば、休む間も惜しんで王城に戻って来た勇者が、何事か火急の報告を伝えていると推察出来た。
「ノクト様―――っ!」
それを感じ取ったメイファーが、間延びしているものの緊張感を感じさせる声を上げ駆け寄った。当然、エリス達もその後に続く。
「メイファー、それにエリスか。たった今報告が届いた。種族を問わない魔属が、以前は村であった場所に建つ教会に潜んでいる事が発覚した。周辺を固める魔属の数を聞く限り、エリスの話と合致する所が多い。恐らく、他の村で行方不明になった女性達は、そちらで囚われているのだろう」
流暢に、それでいて淡々と語るノクトの言葉に、エリス達は息を呑んだ。それが事実なら……いや、その情報を齎した者が勇者である事を考えれば、疑う余地はないだろう。そしてそちらの情報を無視する事も出来ないと言う事は、ぞの場に集う全員の共通認識だった。
「
質問が投げ掛けられるよりも早く、ノクトは決定を口にし、それを聞いたエリス達が緊張感を纏った表情で深く頷いた。
ノクトは、伝令で戻って来た勇者に同行を求めなかった。勇者化して駆けてきた彼は、既に魔力が底を突いているのだろう、その表情には疲労の色がありありと浮かんでいる。
その勇者に労いの言葉を掛け、そのまま一向に出発の意思を示したのだった。
―――ドドドッ、ドドドッ……!
「……でっかい馬だね―――……」
「動きに優雅さが無いけどね―――」
ユウキとアシェッタが、エリス達の行軍を見やり、そう感想を口にした。
雪煙を上げて、昨日よりも激しく降る雪の中、新たに積もり行く白雪の上を何体もの巨大な黒馬が疾走する。
エリス達が跨っているのは、「雪馬」と呼ばれる、雪上の走行に特化した軍馬だ。
その体躯には積雪の上を走るのに見合った筋肉が付き、その大きさは通常の軍馬の優に二回りは大きい。
平原を走る軍馬よりも速度は出ないものの、確りとした足取りと重量は雪に足を取られる事も無い。当然の事ながら普通の軍馬より速度は劣るものの、徒歩で歩くよりも遥かに早い。この馬を使えば、カクヨ村までは半日と掛からずに到着できる算段だ。
途中アクシデントに遭遇する事も無く、エリス達は無事にカクヨ村へと辿り着く事が出来たのだった。
「シモーヌ、早速だが取り掛かってくれるか?」
自分よりも年上であるシモーヌに、ノクトがそう命令する。エリスならば、如何に部下と言う立場とは言え、自分の母親よりも年上だろう女性にそんな言い方は躊躇される。ところがノクトは、そんな事を気にした様子もなく、それでいて気遣いの伺える物言いでそう指示したのだ。
「はい……ノクト様……」
ノクトに面と向かって指示され、シモーヌは耳まで顔を真っ赤にして、俯きながらそう答えた。その態度も本来ならば問題視されておかしくないのだが、ノクトにそれを気にした様子はない。
「……デロン……お願いね」
「……ああ」
シモーヌの懇願に、仏頂面とも取れる表情で答えたデロンが光に包まれる。それは即座にシモーヌの身体にも及び、瞬く間にその姿は変貌していった。
光が晴れ、そこから現れたシモーヌは、正しく神聖な佇まいを醸し出していた。
ゆったりとした純白のローブに、更にゆったりとした聖白の神衣で身を包んだ姿は、司祭よりも聖女と言った方が当て嵌まる。美しい黒髪に交じっていた白いものも、今はそれ自体が光を放っており、更に幻想的な雰囲気を纏っている。何よりもその表情には自信の様なものが表れ、エリスの知るシモーヌとは全く異なっていたのだった。
エリスやメイファー、ヘラルドにカナーンを始め、その他この場にいる勇者たちや村人たちは、余りの変容に息を呑み、どこかウットリする様な眼差しでシモーヌを見つめていた。
「それでは、ノクト様」
そう声を掛けて前へと歩み出たシモーヌの背中に、ノクトだけは難しい顔を崩す事無く頷く。
そうして横たわる女性達の傍へと歩み寄ったシモーヌは、静かに目を閉じ精神を集中させた。それと同時に、再び柔らかくも温かい魔力光が彼女から溢れ出す。目を細めてしまう程の光の中で、彼女は女性の額へと右手を当てた。
「……この者を侵す邪な呪言の経路を示せ……
透き通る、それでいて重厚な声がシモーヌから紡がれる。彼女の右手には、それまでとは違う色の魔力が宿った。
「……何と……! あの娘は呪術の経路を探る事が出来るのか……?」
シモーヌの行為を見ていたこの村の
―――経路を探る事は、自分にも出来なかった……と。
彼女に出来ない事をシモーヌがやってのける事実が、彼女にとって驚きだと言う事は理解出来るものの、それがどれ程難しく、どれだけ重要なのかが分からないのだ。
「あの―――……。『経路』を探る事がそれ程重要なんですか? それよりも呪いを祓う方が重要の様に思うんですけど……」
そう口にして、エリスはそれを言う場合では無いと思い至った。呪術のプロセスよりも、その結果に注視するべきだとも思ったからなのだが、そもそも今は呪術についての講義を受けている場合ではない。
「……呪術に措いて、その呪いが流れ込んでくる場所を探り当てると言う事はの……呪い自体を祓うより余程重要なのじゃよ」
未だシモーヌの魔法は終わりを見せない。そちらへと目を遣りながら、カフーはまるで師が生徒へと教え諭す様な口調で話し出した。
エリスは場にそぐわない行為であったかと周囲を軽く見まわすが、その事で非難の目を向ける者はいなかった。寧ろ、あまり馴染みがなく得体のしれない「呪術」と言うものを知りたいと言う雰囲気になっていた。司令官のノクトでさえ、語り出したカフーに注視していた。
「魔法は即時の効果を齎す……。毒は遅効性であり、その効果は呪いに似ておるが、体内に留まる毒素を取り除けば治療も出来る……。じゃが、呪いはその因を取り除かねば、例え解呪に成功しても、時を置かず再び呪力の影響を受けてしまうじゃろう……」
「だからこそ、まずは呪いの発生源を突き止め、その原因を取り除く事が優先されると言う事ですね?」
そこまで聞いたノクトが、質問を取る形で彼女の言葉を継いだ。カフーは話に割って入ったノクトに対して、嫌な顔を浮かべる事無くゆっくりと頷きそれを肯定する。
「……まずは『経路』を特定し……その次に原因を取り除く……その後、呪いに侵された者を解呪する……。大まかな流れじゃが、どの様な呪術もこのプロセスを辿らねば、本当に呪いを取り除く事など出来やせぬ。もっとも、その呪術の種類や性質なども重要になるで、それだけが分かれば良いと言うものでは無いのじゃがの……」
最後にそこまで話すと、カフーは「ホッホッホ」と小さく笑い、その後は口を閉じ感情も消してシモーヌの方へと視線を戻した。
随分と手間のかかる段取りだが、それだけに容易な解決も望めない。漠然とではあるが、カフーの話を聞いたエリスはそう考えていた。
「……経路の特定は……出来ました……」
その時、玉の汗を額に浮かべ大きく息を付いたシモーヌが、女性から手を離しそう口にした。その姿から、それがどれ程の力を要したのかが伺える。それでもノクトは、彼女に労いの言葉を掛ける事無く、即座に質問を返した。
「……その話しぶりだと、解呪するには至らない……と言う事か……。他に何か分かった事はあるか?」
シモーヌは自身の報告を先取りされた形となったが、ゆっくりとノクトへ頷くと、静かに彼女の質問に答え始めた。
「……おっしゃる通り、解呪には至りませんでした……。術式が複雑すぎて、性急な解呪は私でも難しいでしょう。経路に抵抗術式を施しましたから、
シモーヌは、先程カフーが説明していた事を繰り返す様にそう提案した。
「……なんと……。呪術の発生する源を探り当てたばかりか、そこに細工まで施すとは……。勇者の力とは、何とも凄いものじゃのぅ……」
しかし彼女の話を聞いて、カフーは専門家らしくその力にただただ驚きを露わにしていた。如何に勇者中最年長とは言え、自身よりも遥かに年下のシモーヌが、自分に出来なかった事をやってのけたのだ。驚くのも無理のない事だった。
「ならば、すぐにでも打ち合わせを行い此処から発つとしよう。シモーヌは詳しい説明の後、このカクヨ村で待機。ヘラルドとカナーンは、一時的にこの村の警護を交替し私に続け」
そう各自に指示を飛ばしながら、ノクトは部屋を後にし、その後をメイファー以下側近の勇者が続いて行った。残されたエリスやヘラルド、カナーンや他の勇者たちも、出立の準備に取り掛かるべく下階へと向かって行った。
外に出たエリスは、降りしきる雪空を見上げ、不安を掻き立てられずにはいられなかった。
まだ昼に差し掛かかろうかと言う時間帯にも関わらず、空を覆う雪雲は厚く黒く、まるで夕闇を思わせる程周囲を薄暗くしていた。そのせいか、降り続く雪も薄黒く、どこか不気味で邪悪な物に感じられ、エリスは知らず震える体を自分で抱いていた……。
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