クリスマスの呪力

 館の内部は、外見からは想像出来ない程広い造りとなっていた。玄関を入ったホールも、まるで小さな城を思わせる程豪華で広い。一階には大きな応接室と、更に大きな大食堂、立派なキッチンと、空となった棚がいくつも並ぶ物置、幾つかの使用人部屋からなっていた。

 吹き抜けとなっている2階に上がれば、立派な部屋が幾つも並び、その中には館の主人が使っていたと思しき豪華な部屋、その寝室、客間、書庫などがあったものの、肝心の行方を断っている女性達は見つからなかった。


「……ここはハズレかな……?」


 ヘラルドは頭を掻きながら、やや脱力した様に合流したエリスにそう言った。家探しとまではいかなくとも、ザっと各部屋を見回っての意見だ、エリスもそう考えないでは無かった。館内には魔属もおらず、妖しいと思われる場所も見つけられなかったのだった。

 ただ、彼女の中には僅かな引っ掛かりがあり、それが彼の言葉を肯定させずにいた原因だった。


「もう少し……もう少しここを探してみませんか?」


 エリスは自身の“直感”に従い、ヘラルドに向けてそう提案した。変な話だが、エリスはこの直感に「確信」を抱いていたのだ。


(ねぇ……どう思う……?)


 それも彼女の、何の根拠も無い憶測でしかない。自信の無いエリスは、内なるユウキに問いかけたのだった。


(ん―――……。俺の意見はヘラルドのあんちゃんと同じだけどね。エリスがそう考えるんだったら、もう少し探してみたら良いんじゃないかな? それに、他にアテがある訳じゃないんだし)


 エリスの質問に、ユウキはいつも通りのどうでも良いと言った風情で答えを返した。ただその中には、全く無責任な発言とばかりは言えない事も含まれていた。確かに、今から別の場所を探すにしても、何処かに目途が立っている訳では無いのだ。


「私……私、もう一度下の階を探してみます!」


 エリスは内なるユウキに強く頷き決心すると、そうヘラルドに告げ、彼の返事を待つ事も無く下階へと駈け出していた。




「……驚いたな……さっきは気付かなかったけど……」


 ヘラルドは、大きく口を開けている地下へと続く階段を前に、誰に告げるともなくそう零していた。

 エリスとヘラルドは今、物置の奥に設置されていた隠し階段を前にしている。

 隠している……と言うのは若干の語弊があり、単純に地下へと続く階段が床下収納の様に扉で覆われていただけの話。少し注意深く探れば、決して見つけられなかった訳では無いだろう。ただ彼女達は早急に各部屋を見て回ったと言う事、そして室内が思いの外薄暗いと言う事が、この地下階段の入り口を分かり難くしていたに過ぎなかった。


「……行きましょう」


 エリスはヘラルドの言葉には何も答えず、先へ進む様に促した。彼もまた、その事を気にした様子もなく、無言で頷くと先陣を切って階段を降り始めた。

物置も階段も、深闇に近づく暗さであったが、それも僅かな間のみで二人が足を踏み外す様な事は無かった。何故ならば階下から光が届いており、すぐに何も見えないと言った状態が解消されたからだった。それは明らかに、地下室に何者かが存在している証明でもあった。

 色々と口に出したい疑問を呑み込んで、二人は気配を殺して地下室まで下りきった。

 地下室は殊の外広い、ちょっとした広場ほどもある広さと高さを持っていた。そして、壁に沿うような形で無数の燭台が置かれ、そこには煌々と蝋燭が火を灯していたのだった。そのお蔭で室内は、地下とは思えない程の光量と、幻想的な雰囲気を醸し出していた。


「あれは……何だ……!?」


 その最奥に立つ、見た事も無い顔と姿をした巨大な石像と、その前に蠢く無数の影を見たヘラルドが、そちらへと指差してそう口にした。入り口からは距離があり明確な正体は不明であったが、石像の前に見える数体は横たわる人で、その付近に子供らしき影が立っている。

 エリスとヘラルドはそれを確認して、ゆっくりと室内へと歩を進めた。


「……当たりだな……」


 部屋の中央付近まで来て、漸く影の姿を確認出来たヘラルドが小さく、それでいて確信を持った口調でそう呟いた。エリスはその声に頷く反面、全く別の事に気を取られていたのだった。

 横たわる影は、失踪していた女性達……それに間違いはなかった。大きなお腹をした、臨月を迎えた妊婦達が、薄い絨毯を布いているとは言え冷たい石床の上に横たえられている。エリス達の位置からその安否は不明だが、その状態で長時間放置されていたのだとしたら、母体に何の影響もないとは言い切れない。

 ピクリとも動かない女性達を見て、ヘラルドは即座の救出を考えたのもおかしくない話であった。

 それでも彼がすぐに駆けださなかったのは、エリスが異常なほどの緊張感を高めていると言う事と、彼女の視線が捉えている子供の影から感じられる、警戒心を呼び起こさせられる気配のせいだった。


「……あれは……魔属か……?」


「……多分……」


 歩を止める事無く発せられたヘラルドの質問に、同じく足を止めず視線も固定したままのエリスが、殆ど間髪入れずにそう答えた。

 多分……と言いながらも、その疑いが感じられないエリスの答えに、ヘラルドは幾分の怪訝を感じた。


「アレ……知ってるのか……?」


 最早ヘラルドの中では、子供と思しき影は魔属と断定されていた。もとより、Aクラス勇者であるヘラルドに、意識せざるを得ない程の存在感を放つ幼子など、少なくとも人界には存在しない。彼が、子供の様な影を魔属と決めつけるのに十分な理由だった。

 

「……多分……知ってる……。アレは……魔属です……」


 そして、エリスから返って来た答えもまた、彼の考えを肯定するものだった。


「気を付けて下さい……アレは……見た目通りの強さじゃない……」


 ともすれば顔を蒼ざめてでもいそうな程、エリスの声には切羽詰まったものが含まれている。その声音を聞けば、ヘラルドの緊張感も弥が上にも高まった。彼は自身の意識を再度引き締め、どの様な事態にも対処出来るように心構えた。


「……人間風情ガ、此処ヘ何シニ来タノダ……?」


 ゆっくりと振り返ったその影が、彼女達も良く聞き知った音……声を出す。ヘラルドの意識は、によって一瞬奪われかけた。

 それは何も、突然声を掛けられて驚いた等と言う理由からではなく、もっと想定外の出来事から来るものであった。魔属が人語を発し、あまつさえ会話を試みているのだ。これはヘラルドにとって……いや、人族にとって驚愕すべき事実であった。


「……そこに横たわってる、攫われた女性達を救いに来ました! 抵抗などせず、大人しく彼女達を解放してください!」


 ヘラルドの動揺は、エリスが躊躇する事無く魔属に答えた事によって、加速度的に増していた。エリスはまるで、その様に淀みの無い返答だったからだ。今までの魔属を知っていれば、彼女の様に平然と受け答えするのではなく、ヘラルドの様な反応が普通なのだ。


「……人間……。何故ニ私ガ、ソノ様ナ指図ニ従ワナケレバナラナイ?」


 ヘラルドを置き去りに、エリスと魔属との会話は続いて行く。今や彼は、完全に蚊帳の外へと遣られていたが、彼にしてみればその方が都合の良い状況だった。彼がどれ程状況の把握に努めても、内なる聖霊に説明を求めた所で、明確な返答は返って来なかったのだから。


「あなたが……お前が彼女達を、何らかの方法で連れ出した事は明白です! だから彼女達を救う事には、私達に理があります! 無駄な戦いはしたくはありません! 話が通じるのならば理解の上、この場を退きなさい!」


 魔属の、恍けた様な返答を聞いたエリスが、更に語気を強めて魔属へと言い寄る。当初から、エリスは何故か敬語を使っているが、そこには相手を敬っていると言う雰囲気など微塵も感じられない。それどころか、寧ろ敵意を前面に押し出し、それこそ今すぐにでも飛び掛かっていきそうな程身構えている。


「ソレヲ聞ク事ハ出来ナイナ……。コチラニハ、コチラノ都合……計画ト言ウモノガアル」


 高圧的とも取れるエリスの言葉を聞いても、眼前の魔属は怯む事無く、堂々とした態度でそう返答した。


「……計画……だと……?」


 ここで漸く、ヘラルドも問答へと参加出来るようになった。彼の精神が落ち着くまでに十分な時間があったし、魔属の言葉には聞き捨てならない文言が含まれていたのだ。


「ソウ……計画ダ……。『クリスマス』ノ“力”ヲ借リテ、我ガ魔族ニトッテ強力ナ戦力ヲ産ミ出ス……コレハソノ計画ノ第一歩ダ」


「く……くりすます……? 何だ、それは?」


 この世界には存在しない「クリスマス」と言う名称を聞いて、ヘラルドが思わずその疑問を口にする。そしてその答えは、「クリスマス」と言う祭事を知るエリスからではなく、対面する魔属からもたらされる。


「貴様達ガ、『クリスマス』ノ存在ヲ知ラナイノモ無理ハナイ。コノ祭事ハ、異界異国ノ地デ崇メラレテイル、『サンタクルス』ト言ウ神ヲ祀ル儀式。特定ノ日ニ限リ、ソノ“力”ハ増大シ、求メル者ニ大イナル祝福ヲ与エテクレルノダ」


「ク……クリスマス……に……サンタクルスだって……!?」


 朗々と謳うように語る魔属の話を、ヘラルドは半ば驚愕しながら耳にし、この世界には存在しない神と、その神を祝う為の祭事を口にした。それと同時に、魔属の言う“力”と“祝福”が、決して幸福を齎す様なものでない事も理解した。……少なくとも、人族にとっては……。


「お前達が何を目論んでいるのか、それは理解しました。ですが、私達がそれを、指を咥えて見ているだけなど有り得ない事も分かるでしょう! ここからは、実力行使で対応します!」


 絶句してしまったヘラルドを余所に、エリスは確りとした、それでいて強い口調でそう宣言した。彼女の臨戦態勢は既に万全だ。


「ソウダロウナ。ソシテ我ハ、オ前達ヲ阻止スル為ニ、ココヲ守護シテイル」


 エリスへと答えを返した魔属が、今までの雰囲気を更に凶悪な物へと変えた。それと同時に、魔属の身体を禍々しい真紅の魔力が覆い始める。


「ヘラルドさん、来ますっ! あいつは、魔物へと姿を変えるつもりですっ! 警戒してくださいっ!」


 急展開しだした状況に、ともすれば置いて行かれそうであったヘラルドだが、エリスの注意を喚起する言葉に我を取り戻し、手にした大剣を握り直した。

 そして魔属はエリスの言った通り、その姿を巨大な魔物へと変形へんぎょうさせて行ったのだった。




 寒気漂う石床の敷き詰められた地下室には、更に底冷えを誘う冷気がなだれ込んできていた。外の気温は、時間の経過とともに更に低くなったのだろう。

 しかしエリスとヘラルドに、その事を実感する余裕はない。

 何故ならば、彼女達の目前で変形する魔属の魔力が、針の様に鋭く、炎の様に熱いものへと様変わりして、対するエリス達に襲い掛かって来ていたからだった。

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