勇者の実力

 老人の示した東の森を、エリスとヘラルドは先を競わんとばかりに駆けていた。

 厳冬を迎える森の中は、日中と言えども底冷えする寒さを放っている。年の暮れと言う事が、殊更に寒さを演出し、二人により一層の寒気を感じさせていたのも事実だった。

 そんな寒々し過ぎる森を抜け更に一刻程駆けた先で、二人は目的の館が伺える茂みに身を隠していた。


「……どうやら……間違いない様だな」


 館を見据えるヘラルドが、苦々し気にそう呟いた。エリスもそちらの方から目を離す事無く、彼の言葉に無言で頷き同意する。

 館周辺には、到底自然に集まったとは思えない程の多種多様な魔属が徘徊していたのだった。


「それで?」


「どうするんだい?」


 基本的な性格が似通っているのか、ユウキとエデューンが言葉を分ける形で、エリスとヘラルドに問いかける。精霊たちの表情を見れば、どうしたいのかは一目瞭然で、隠す様子もなくウズウズとしている事が伺えた。


「……これ以上……時間を掛けたくありません」


 エリスが、暗に突入しようと言う意思表示を示す。女性たちが姿を消して、数日と言う時間が経っている。彼女達がどの様な目的で連れ去られたのかは不明だが、それを抜きにしても安否が心配される日数だ。真冬と言う季節柄、身体に掛かる負担を考えても、一刻も早い保護が望まれるのは言うまでもないのだ。


「同感だな。ここは俺が先頭を切って突っ込むとしよう。エリスは俺のバックアップを頼む」


 あくまでも大前提で話すならば、エリスは「特務」であり、少なくともヘラルドよりは階級が上となる。作戦の決定権や命令権は、この場ではエリスにあると言っても良いだろう。しかしそれを踏まえた上でヘラルドは主導権を握り、そう提案して来たのだ。

 彼にしてみれば、年下の少女に危険な真似を押し付けると言う行為など、とても容認できる事では無いのだろう。


「分かりました。お願いします」


 それが分かるエリスだから、彼の提案に異を唱えなかった。

 ヘラルドは頷いて、エデューンの方へと向き直った。


「やるぞっ! エデューンッ!」


「アイサ―――ッ!」


 突如立ち上がったヘラルドは、相棒たるエデューンにを掛け、エデューンもまたでそれに答えた。

 二人が似た者同士だと言う事は言わずもがなだが、これでは居場所を相手に教えている様なものであり、奇襲や不意打ちの利が無くなってしまう。


「……脳筋だねぇ―――……」


「……ユウキ……あたし達も融合するわよ……」


 それを見たユウキがもっともな意見を述べ、エリスが毒気を抜かれた様な、溜息交じりの声でユウキを促した。

 それを機に、エリスとヘラルド、二人の身体からそれぞれ異なる色の光が発しだした。

 ヘラルドからは、淡い緑色の光が。奇しくも、彼の頭髪と同じ色の光だが、それが何も彼のパーソナルカラーだからでない事は、もう一方の光源を見れば明らかだった。

 エリスは、彼と同じく淡い……それでいて力強さを感じる緋い色をした光を纏っている。彼女の髪色は鮮やかな桃色だと考えれば、彼女達の発色は外見より伺える特徴から来るものでは無いと分かるだろう。

 エリス達が発している光は、彼女達に内在する魔力の光、魔力光なのだ。その光が彩るものは、果たして想いの強さなのか? それとも魂の力なのか……?

 

「エリスッ! 行くぞっ!」

 

 逸早くヘラルドが、エリスへとそう声を掛けて飛び出してゆく。彼等の元へは、先程の騒動でこちらの存在に気付いた魔物たちが一斉に駆け寄っている処だった。


「はいっ!」


 彼女達二人に対して、襲い来る魔物の数は圧倒的に多い。それでもエリスは、それに臆する事も無く、力強く答えてヘラルドの後に続き駈け出した。


「おおおぉぉ―――っ!」


 ―――ズザザザザンッ!


 雄叫びと共に一閃。ヘラルドはを、力の限り横へと薙いだ! その、たったの一振りで、彼へと真っ先に襲い掛かって来ていた狼型の魔獣、その5、6匹が両断されたのだ!

 ヘラルドはここへ来るまでに、武器を持っていなかった。彼だけでなく、エリスもその身には寸鉄帯びない出立いでたちだったのだ。

 勇者たる彼女達に、人間の作り出した武器など不要なのである。勇者は聖霊と一体化するに当たり、魔属にも対抗しうる戦闘力と共に、強力な武器をも顕現させるのだ。ヘラルドの持つ巨大な大剣も然り、そして……

 

「ギャウッ!」


 僅かに離れた場所では、魔獣がヘラルドに向けて魔法を放とうとしていた。その攻撃が正しく放たれようとした瞬間、鋭く射られた矢が、寸分たがわぬ精度で魔獣の頭部を射抜いて行き、次々と無力化していった。それを成したのは誰でもない、エリスであった。

 彼女もまた、ユウキと一体化する事で、強力な力と武器を得ていたのだった。

 

(エリス―――? アーチャー形態で?)


 エリスの中で存在するユウキが、彼女にそう問いかけてきた。宿主と一体化した聖霊は、こうして言葉を介さずとも会話する事が出来るのだ。


「ええっ! 迂闊に前へ出て、ヘラルドさんの邪魔はしたくないものっ! 私達は今回、彼のバックアップよっ!」


 それでもエリスは、声に出して内なるユウキにそう答えた。聖霊と融合して勇者となれるようになって数か月……未だに彼女は、内面に居るユウキとの会話に慣れずにいたのだった。

 エリスがユウキへと答えた様に、Aクラスの勇者であるヘラルドに、下手な加勢は必要なかった。単身、魔物の群れへと突っ込んでいるとは言え、襲い来る魔物の殆どがD級、チラホラとC級魔物が居る程度だ。そんな魔物では、どれ程束になって掛かって来たとしても、ヘラルドを負かすなど到底可能な事では無い。

 事実、館の外での戦闘は、あっという間に終わりを迎えていた。結局、エリスが矢を放ったのも、空中から襲い来る魔物を射止めるだけに終わり、地上の魔物はその殆どをヘラルドが斬って伏せていたのだった。


「流石です、ヘラルドさん」


 動く魔物が居なくなったことを確認して、エリスが笑みを浮かべてヘラルドの元へと駆け寄った。


「いや、この程度の敵なら問題ない。それよりエリス、君の腕も大したものだよ。狩人タイプの勇者だったんだね」


 汗一つ掻いていないヘラルドだったが、ムフーッと鼻から大きく息を吐きだしエリスに答えた。その理由は勿論、エリスの言葉から来るものなのは疑いない。どうやら彼は、褒められる事に慣れていない様だった。


「え……ええ……まぁ……」


 ヘラルドの返した台詞に、エリスは苦笑いを浮かべて歯切れ悪く答えた。事実はやや異なるのだが、今ここでその説明をしている場合では無い。

 

「それよりもヘラルドさん、早速館の中を調べませんか?」


 そして話題を逸らす様に……と言うよりも、先を急かす様に、エリスはそう提案した。


「ああ、そうだな。もっとも、どんな奴が出て来ようが、俺の敵にはならないだろうけどな」


 ヘラルドはウインクする様に片眼を閉じてそう返事した。

 彼の言葉は、決して慢心から来ているものでは無い。Aクラスの勇者であるヘラルドにとって、異界門ゲートのこちら側で戦う以上、彼に勝てる魔属は居ないと言うのが常識であり事実……であった。強力な結界が張られてある魔界との通用門である異界門を、強い力を持つ魔属……具体的にはA級以上の魔属が通る事は出来ない。上位の魔属とも互角以上に戦える力を持つAクラス以上の勇者にとって、人界で遭遇する魔属など、取るに足らない相手だと言っても過言では無いのだ。

 エリスはよぎる不安を掻き消す様に強く頷き、それを皮切りとして二人は館の中へと突入した。




 空を覆う雲は更にその厚みを増し、一層黒くなった雪雲からは大粒の雪が途切れることなく降り続いていた……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る