東の館

 カクヨ村へと辿り着いたエリスとユウキは、早速その村で常駐し警護の任に就いている勇者、ヘラルドとカナーンに現状の報告を受けていた。

 ヘラルドは今年27歳。緑色の髪を短く刈り上げ、浅黒く焼けた肌に白い歯が映えている。その歯を剥いて笑うのがどうにも印象的な、長身筋肉質の男性である。

 カナーンはヘラルドとは対照的に、落ち着いた印象を持つ25歳の女性である。エリスよりも少し濃いピンク色をした髪を肩口で切り揃えている。それ程明るい髪色であるにも拘らず、彼女自身は美人と言う程ではなく、飛び抜けて印象に残る面立ちはしていない。もっとも、そのスタイルは十分に男性の気を引く事が出来る武器となってはいるが。余談ではあるが、ヘラルドとカナーンは交際しており、近々結婚の予定まで入っていた。

 彼等の傍らには、勇者である事を証明するかのように2人の聖霊、エデューンとシャナクが控えている。


「それじゃあ、ここでも妊婦さんが居なくなってるんですかっ!?」


 カナーンからこの村の妊婦も数日前、忽然と姿を消したと言う報告を聞いて、エリスは思わず立ち上がりそう叫んでいた。

 

「おお……。報告は既に王都へと送ってるんだが、どうやら行き違いになっちまったみたいだな―――……」


 ボリボリと頭を掻きながら、ヘラルドは申し訳なさそうにそう付け加えた。太くムキムキな腕が、その動きに合わせてモコモコと収縮を繰り返した。


「今頃は報告もノクト様に届いているとは思いますが……。私共も、司令官の指示待ちだったのですよ」


 彼の言葉を継いで、カナーンがそう付け加えた。彼女の言葉を聞いて、エリスはストンと椅子の上に座り込む。

 別にエリスは、ヘラルドたちを責めた訳でも何でもないのだ。ただエリスの行動は、彼等にそう受け取られるものでもあったので、エリスもまずは自身を落ち着ける事としたのだった。

 エリスが、少し恥ずかしそうに椅子へと腰掛けたので、ヘラルドとカナーンは表情を和らげて彼女を見ていた。




 エリスとヘラルド達の年齢差もさることながら、彼等は「勇者クラス」においても、エリスよりも上位に位置している。

「対魔属部隊 バレンティア」は、王国直属の戦闘部隊、軍隊である。そこまで厳格とはいかなくとも、当然、階級差に措いての上下関係が存在している。本来ならば、エリスの行動は彼等にとって容認できる代物では無い筈であった。

 ただしやはりと言うべきか、そこには例外が存在しており、特にエリスの持つ称号「特務」……「特別任務遂行官」は、司令官直属の勇者と言う事もあって、絶大な権限が与えられている。

 因みに、ヘラルドの勇者ランクはA、カナーンの勇者ランクはB、そして……エリスの勇者ランクは「特D」である。

 通常、「特務」はランクA以上の勇者に与えられる称号だったのだが、この度エリスが初の「Dクラスでありながら特務」となり、現場にも少なからずの混乱を与えていたのだった。




「……それで……誰か、目撃者はいないんでしょうか?」


 先程の行動が尾を引いているのか、エリスは少し照れを抑えているかのように、顔を赤らめてそう質問した。

 もっとも、目撃者を探すなど当たり前の行動であり、既にヘラルド達はその辺りの聞き込みを終えていた。


「……それじゃあ、村の案内も兼ねて、その目撃者に話を聞きに行くかい?」


 その場の雰囲気を変えようとしたのか、ヘラルドが人懐っこい笑みを浮かべてそう提案した。


「……そうですね。お願いします」


 そんな彼の心情を察し、そして直接話を聞く有用性を踏まえて、更には村の様子を窺うと言う事も考えて、エリスはそう返答した。




「以前にもヘラルド様達にお伝えしたがの。儂が見たのは、薄暗い夕刻だったっちゅー事もあって、あれが本当に妊婦じゃったかどうかは分からんがの」


 ヘラルド達に案内され村内を周り、老人の元へと案内されたエリスは、早速当時の状況を聞いていた。老人は既に話した事にも関わらず、嫌な顔一つせずにエリスに説明した。


「それでさぁ、その女性達がどっちの方に行ったか、もう一回教えてよ。もし、新しく思い出した事があったら、それも付け加えて……さ」


 ヘラルド達の代わりに老人の話を先へと促したのは、彼の前でフワフワと浮いているヘラルドの聖霊エデューンだった。彼は自身のパートナー、ヘラルドに随分と影響を受けている様で、見た目こそは他の聖霊と大差ないものの、その話し方はヘラルドそっくりだ。


「へぇ、聖霊様……。その人影達は、東の森へと歩いて行きましたじゃ。儂が見た限りでは、何だかフラフラとした……意識があるんじゃか分からない足取りでの……」


 この世界で崇められていると言っても良い聖霊に話し掛けられ、老人はやや恐縮した様子で、ゆっくりと当時に情景を思い出しながら話を続けた。


「……それで……その東の森の方角には、何かがあるのでしょうか? 例えば洞窟とか、建物とか……墓場とか」


 エデューンに次いで口を開いたのは、カナーンの聖霊シャナクだった。彼女はエデューンとは対照的に、冷静さを思わせる抑揚のない言葉で、更に老人へと質問を投げ掛ける。長い……いや、長すぎると言っても過言では無い、身長と殆ど同じ長さを持つ薄紫の髪が特徴の聖霊だ。


「東の森の中……の事ですかの……? そちらには何もありませんですじゃ」


 老人は僅かに思索すると、ハッキリとそう言い切った。長くこの地に暮らして来ただろう老人の言葉には、疑うべき処は見受けられなかった。


「……もう、鬱陶しいわね……。それでは、森を抜けた先はどうかしら? 東の森の、更にその先にも何もない?」


 老人の話を聞いて、少し考えた仕草を取ったシャナクの顔に、自分の長い髪が僅かばかり掛かる。彼女はその髪を「鬱陶しい」と言いながら掻き上げ、再び老人に質問を返した。

 それを見たエリスは、「そんなに鬱陶しいなら、切るか纏めれば良いのに……」と思ったが、その場では口にしなかった。同じくその場にいるカナーンが何も言わない事を見れば、恐らく彼女の仕草と台詞は、その一連のセットでデフォルトなのだろう。


「森を抜けた先ですか……。そう言えば……東の森を抜けたずぅーっと先に、今は誰も住んでいない館があったと記憶しておりますじゃ。以前、風変わりな貴族様が館をお建てになったんじゃが、立地も悪いし、何よりも魔属に襲われた事もあっての……今は放置されとるはずじゃ」


 老人のこの話は、今回新たに出てきた情報だったらしく、ヘラルドとカナーンはすぐに思案を巡らせるかの様な仕草を取った。


「……本っ当、鬱陶しい……。と言う事だけど、カナーン。どうする?」


 シャナクも老人の話から思考したのだろう、再び顔に掛かった髪を掻き上げながら、彼女は自身のパートナー、カナーンにそう意見を求めた。


「……そうね。……ヘラルド?」


 彼女は自身で結論を口にせず、相棒たるヘラルドに答えを求めた。カナーンは、自身の考えに少なからず自信を持っているが、決定は常にヘラルドへと委ねる事にしているのだった。

 一目見れば脳筋であり、考えなしに動くイメージのあるヘラルドだが、彼の“直感”は時に道理を超越した答えを導き出す事を知っているのだ。


「う……む……。俺はその館を早急に調べた方が良いと思うんだが……エリス、君はどう思う?」


 何を危惧してなのか、結論を導き出したヘラルドは、今にも動き出しそうにソワソワと落ち着きなくエリスに話を振った。彼は何かを感じて、急を要すると判断したのだろう。


「はいっ! 私も……いえ、私だけで様子を見てきますっ! お二人は引き続き、この村の守りを固めて下さいっ!」


 ヘラルドの提案に同意しようとしたエリスだったが、即座にそう言い換えて逆提案した。


「確かに……勇者がこの村を空けてしまうなど、出来るだけあってはならない事でしょう……。それに、彼女は『特務』です。一人で行動しても問題ないでしょうし、不測の事態でも切り抜けるだけの何かを持っているのかもしれません」


 間髪入れずに反論しようとしたヘラルドを抑え込む様に、カナーンは冷静な口調でそうエリスに答えた。信頼する相方の言葉には、猪突猛進を思わせるヘラルドも閉口を余儀なくされる。


「……それでも、危険を考えて行動する事は重要です……。そこで、ヘラルド。あなたは彼女と共に館へと赴き、一緒に調査してください。この村は、私が引き続き警護に当たります」


 ヘラルドの反論が、エリスからカナーンへと向きかけた機先を制して、彼女はそう提案した。彼女のやり様は、まるで闘牛士の様であり、彼の矛先をひらりひらりと巧みに躱していた。


「お……おうっ! 任せてくれっ!」


 良い様にコントロールされていると今一つ気付いていないヘラルドは、何か釈然としないながらも、彼女の提案に強い口調で賛同した。


「エリスも、それで良いですね? いくら『特務』だと言っても、単独行動が危険な事には変わりありませんから」


 冷静な口調ながらも、カナーンは小さく微笑んでウインクしながらエリスにそう確認した。同じ女性から向けられたものにも関わらず、エリスは何だかドギマギとして顔を赤らめてしまう。


(……これが……大人の魅力ってやつかしら……?)


 声の発し辛い状況の中、エリスは即座に答える事が出来ずにそんな事を考えていた。


「ああ、こっちとしては有難い話さ! エリスもまだまだ、未熟だからな―――」


 反応しないエリスの代わりに、ユウキがカナーンへそう答えた。


「な……なんであんたが答えるのっ! それから、誰が頼りないですって―――っ!」


 ユウキの言葉を理解したエリスは、今度はさっきとは違う意味で顔を赤らめながら、猛然とユウキに噛みついたのだった。


 村に着く前より降り出した雪は、外の寒さに比例するかのようにその大きさを増していた。

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