聖夜に還る輝星
綾部 響
あれから
所々に雪が積もり、遮る木立も無い
季節は真冬。そして、今年も残す処10日程となった年の瀬。
そろそろ年内の仕事を終えた人々は、各々の家庭で新年を迎える為の準備に忙しくしている。
そのせいだろうか、影の歩む道は、王都へと続く街道と言っても差し支えないにも関わらず、人通りは殆ど見られなかった。
そして、そんな閑散とした道を歩む一つの影は、行く手を遮るかのような木枯らしに、無言で歩を進めていた……と思われたのだが……。
「もう―――っ! もうすぐ年も変わるって言うのに、何で急な任務なんて入るのよ―――っ!」
「仕方がないよ、エリス。もし魔属たちの仕業なんだったら、こちらの都合なんて御構い無しだからね」
道を進みゆく影は少女で、しかも一人では無かった。
遠目に見れば一人旅としか見えなかったシルエットだが、近づいてみればそれが間違いだったと知らされる。彼女は一人では無く、傍らに小さな、まるでお伽噺に登場する妖精の様な少年を連れ立っていたのだった。
「
「……いや―――……だったら、いつなら良いって言うんだか……」
先程から、エリスと言う少女がプリプリと怒りを撒き散らし、ユウキと呼ばれた妖精がそれにツッコミとも相槌とも取れない言葉を返していた。彼女達の会話はどこか喧嘩腰で、傍で聞いている者が居ればハラハラする事請け合いだったろう。
―――だがそれでも、彼女達にしてみれば、これは随分と進歩した方である。
数か月前まで、彼女達は会話すら儘ならない関係だったのだ。それも専ら、エリスがユウキを徹底的に無視すると言う形で。
エリスはユウキの事を嫌っていた……いや、憎んでいた。
エリスはこう見えて、王都にて認められた、れっきとした“勇者”である。
この世界に、確認されているだけで200人しかいない、魔属と戦う事の出来る人界最高の戦力たち……それが勇者である。
勇者となれる者には、必ず聖霊と呼ばれる、まるで妖精の様な小人が顕現する。そして勇者たちは、その聖霊と融合する事で、信じられない様な力を手にする事が出来るのだ。
しかしだからこそ、勇者となった者は、有無を言わせず戦いの最前線へと放り込まれる。老若男女を問わずに、その者の意思など無関係で戦いに身を投じなければならないのだ。
エリスはそれが故に、村の幼馴染2人と、実の両親を亡くしている。
そしてそれこそが、エリスが聖霊を……ユウキを嫌悪し憎悪していた理由だった。
それでも戦いとなれば、互いに協力関係を取らねばならない。心に大きな蟠りを持つエリスと言えども、ユウキの助力無くしては立ち行かないのだ。
魔属との戦闘を重ねて行きながら、エリスは徐々にユウキとの関係を構築していった。
―――そして……親しき者の死に直面して……。
皮肉ながら、そんな悲劇を前にしたからこそ、二人は大きく近づく事が出来たのだった。
一度はその身を消失させたユウキだったが、何の因果か再びエリスの元へと顕現し、それ以降は彼女の中の蟠りも随分と氷解しているのが現状だった。
「……それで? 次は『カクヨ村』だったっけ?」
王都を発って以来、何度目かに上る八つ当たりをユウキへとぶつけ終えたエリスは、話を切り替えてそうユウキに話し掛けた。
「そうだね。……ほら、見えてきた! あれじゃないかな?」
話を振られたユウキは、先程までの理不尽な文句を気にした様子もなく、遥か遠くに見えてきた村影を、右手を額に
「でも……不思議な話よね……。何で臨月を迎えた妊婦さんが、集団でいなくなるのかしら……? やっぱり本当に、魔属が絡んでるのかな?」
そこでエリスは、彼女が任務へと就くに至った、根本的な事件について口にした。
エリスが急遽、王国南部に点在する村落を周る任務へと就いたのは、正しく「妊婦集団同時失踪事件」の調査結果をそこで常駐する勇者達から聞き受け、場合によっては協力する為であった。
暦も師走となって早々、巨大な防御壁で南北に隔たれているボルタリオン王国南部の村々で、臨月を迎える妊婦が、次々と居なくなっていたのだった。
誘拐、失踪、事件、事故……果ては邪教徒の儀式説まで囁かれたが、結局のところはどれも憶測にしかすぎず、早急な調査が求められたのだ。
「対魔属部隊 バレンティア」の司令官を務める「ノクト=セルシオン」は、各村の勇者たちに調査を命じる一方、エリス達「特務」の称号を持つ者達に、各村を周り情報の収集を命じたのだった。
「さーてね―――……。魔属が関与してるかどうかなんてオレには分からないし、もし関わってるんだとしても、魔属の考える事なんて理解出来ないけど……ひょっとすれば、『クリスマス』が近いせいじゃないかな?」
「……くりす……ます……? 何、それ……?」
「……ええっ!? エリス、クリスマスを知らないのかいっ!?」
ユウキの何気ない返答に、エリスがそこに見つけた疑問を口にし、ユウキはエリスの言葉に大きく驚いたのだった。
彼にしてみれば、良く知っている年末行事の一つ。だが、エリスを始めとするこの世界の住人達は、「クリスマス」なる年の瀬の風物詩を知らなかったのだった。ユウキが驚いて問いかけた言葉に、キョトンとした顔のエリスは、小さく頷いて返した。
「……そっか―――……。この世界の住人達に、『クリスマス』ってのは馴染み無い物なんだな―――……。異国異教の風習だから、それも仕方ないのかもしれないね」
驚きから即座に立ち直ったユウキは、自らの考えにそう納得して独り言ちた。
「ねぇ、『クリスマス』って、一体何なの? 何かのお祭り?」
ユウキは納得したかもしれないが、何も分からないエリスはそうもいかない。自身の中に沸き起こった疑問を解消する為、彼に質問を投げ掛けた。
「ああ……。『クリスマス』ってのは、ここでは無い違う世界で広く信仰されている宗教の一行事……かな?」
「……へぇ―――……。それで? 何をするお祭りなの?」
ユウキはクリスマスの事を「行事」としか言っていないが、エリスにとって「クリスマス」とは、何やらのお祭りと断定された様だった。もっとも、近からずとも遠からず……彼女の考えは、意外に的を射ているのだが……。
「……まぁ……お祭り……かな? その宗教の象徴たる人物の降誕祭が元々の由来なんだけど……。何時からかプレゼントの交換やパーティーを楽しみ祝う、世界的行事ってとこかな―――……?」
「……へぇ―――……。プレゼントに……パーティーか―――……」
ユウキの説明を受けて、エリスの瞳がキラキラと輝き、何やら遠くを見つめて妄想しだした。彼女の僅かに開いた口端が吊り上がっている処を見る限り、彼女の脳内では余程楽し気な想像が展開されている事を伺えた。
「……エリス……?」
暫くの後、動きを止めてしまったそんなエリスに、やや呆れ顔となったユウキが話しかけた。彼の声を聴いて、ハッとなったエリスが、すぐさま覚醒を果たしてその場を取り繕った。
「……そ……それで……? その『クリスマス』と魔属が、何で関係しているのかしら? 聞くからに『クリスマス』ってのは聖なるもので、魔属とは到底無縁だと思うんだけど……?」
すました顔でそう質問したエリスに、ユウキはその場でクルクルと回転しながら、大よそ真面目とは程遠い表情で返事をする。ユウキは先程から、羽根も持たないのに宙へと浮いているのだ。
「確かに、宗教的な意味合いでは魔属に関係ないイベントだけどね。その世界では昔から、聖夜と呼ばれる『クリスマス』には、何か不思議な力が働く……と、そう言い伝えられているんだよ」
「……不思議な……力……?」
「うん、聖なる力って言うのかな? その世界の人達には、少なからずクリスマスには不思議な事が起こると信じられていたんだよ。その真偽は定かじゃないけど、そう言った事が信心されてるって事は、きっと聖夜には、奇跡的な何かを起こさせる力が働いていたんじゃないかな?」
「……事の正邪は兎も角として、そう言った力に魔属が
ユウキの説明を聞いて、エリスはそう
方向性のハッキリとした力ならば兎も角、異世界で信じられていた力が本当に顕現するならば、それを利用しようとする魔属の考えも分からなくはない。
「でも……魔属にそんな考えを持つ者なんて……いるの……かな……」
エリスの呟きは、否定を期待したものであったが、その言葉は尻すぼみに小さくなり、最後には自信の無いものへと変わっていた。
魔属が計画的に事を企てたりするのは勿論、言葉を発したり集団で行動すると言う事さえ、最近まで確認された事例さえなかったのだ。それどころか、信じられてさえもいなかった。
しかしそれも、エリスが数か月前に関わった事件をきっかけに、全ては白紙状態に戻されていた。その時エリスが対峙した魔属は、言葉を発したばかりか、自分よりも下級の魔属を従えて使役し、
―――そう……まるで勇者が聖霊の力を借りて変身するかのように……。
「さてね、いるかもしれないよ? いないかもしれないけどね」
エリスの、不安を含めた呟きに、ユウキは何ともいい加減な返答をしたのだった。もっとも、今の状況では真偽のほどは定かでないのだ。明確な答えを返すなど、如何に聖霊と言えども不可能だった。
「……うん……。そうよね……」
エリスも、彼のいい加減な物言いを気に留めるでもなく、そう呟くだけだった。
二人(?)がそんなやり取りをしている間に、目的の「カクヨ村」は随分と近づいており、その姿をハッキリと確認出来るところまで来ていたのだった。
曇天の空模様からは、ひらりひらりと小さな雪が、まばらに降り出していた。
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