第2ー9話 丹澤慶子が飲み続けているのです。

 時刻は夜の7時。

 丹澤慶子はまだ居酒屋『しぐれ』のカウンターで飲み続けていた。コンちゃん歓迎会は2時半頃解散したのだからその前から飲んでいた丹澤慶子はかれこれ8時間以上飲んでいる事になる。オヤジさんにも迷惑だろ?そんなんじゃいつまで経っても結婚はおろか恋人もできないぞ。

「うるさいわね。いいのよ別に!」

 久しぶりに話してくれたな…じゃなくて話すな!

「ねえオヤジ、『町娘』って弱いわよね?」

「ん?ああ、弱いな。…と言っても実際は会った事ないけどな。『町娘』になった人達はダンジョン探索諦めるってのが常識だ。」

「そうよね…。『応援歌』って効果はほとんどないはずよね?」

「確かちょっと気合いが入る程度で実質効果はないに等しいって話だろ?」

「そう…よね。」

 丹澤慶子は本日53杯目のハイボールに口をつける。あの…死にますよ…。

「ハイボールで死ぬワケないでしょ?」

 いや、死ぬだろ!!だからナレーションと話すな!

 その時『しぐれ』の入口の引き戸がガラガラと開く。

「いらっしゃい!!…あれ?珍しい人が来たよ慶子ちゃん。」

 オヤジにそう言われた丹澤慶子は入口を見る。

「…ちょっと、何であんたがここにいるのよ…。」

 そこにいたのは月刊ダンジョン編集長の神野だった。

「ずいぶんな言われようだね。丹澤が連絡くれたんじゃないのか?」

「連絡はしたけど呼んでないわよ。遠いのにわざわざ来たの?」

 神野は丹澤慶子の隣に座る。

「東京からここまで新幹線なら1時間ちょっとで来れるんだぞ。そう遠くはないさ。」

 そうなんです。栃木県那須塩原市は意外と東京には簡単に行けるのです。作者も仕事で東京(上野)に車で1日2往復した事あるぞ。

「…で、メールで聞いた件どうだったの?」

「まあ、そう急ぐなよ。取り敢えず乾杯しようぜ。」



「…で、どうなのよ?」

 オヤジを交えた雑談をしばらくした後、丹澤慶子は再び神野に問いかける。

「ああ、過去の取材や資料を見てみたんだが、ちょっと面白い事が分かったぞ。」

「面白い事って?」

「『町娘』の『応援歌』なんだけどな、どうも効果にムラがあるみたいなんだ。あ、これは使う度に効果に差があるって意味じゃないんだ。使う人によって効果の大小があるって事だ。」

「それは個人の力量によってって事なのかしら?」

「それぞれの『応援歌』を聴き比べたワケじゃないから推測なんだが、歌唱力で効果が変わるんじゃないかと考えている。そもそも『町娘』になった時点でダンジョン探索を諦める人が多くてな…サンプルが少なくて確証が持てないんだよ。」

「なるほど…確かに私の知る限りでは『町娘』をレベル20まで上げたプレイヤーは聞いた事ないしね…。」

「そうなんだよ。そう考えると基本的にはDランクには違いないんだろうが、『応援歌』だけでも人によってはC、B、Aと価値が変わるって事になるな。だとすると『町娘』になった人は歌唱力を上げれば重宝される事にもなる。」

「そうね。」

「これを記事にしようと思ってるんだけど良いよな。」

「もちろんよ。早速調べてくれてありがとう。ここは奢るわ。」

「はは、じゃあお言葉に甘えさせてもらうよ。」

 2人はジョッキとグラスをチンと鳴らし乾杯する。

「それと丹澤の耳に入れておきたい事があるんだ。」

 神野は飲み干したグラスをコトリと置く。

「何よ?」

「五百旗頭(いおきべ)が玉乃井君に対して動き出したって話を聞いた。」

 丹澤慶子がピクリと眉を動かす。

「まだ高校生よ?早すぎない?それは五百旗頭が個人的に動いてるの?それとも防衛省が動いてるの?」

「それはどちらでも同じ意味だろ?」

「なら、きっと文部科学省も動いてるわね…。」

「そうだな…。どうするんだ?」

 何何?何の話?

「どうするって……五百旗頭より文部科学省の方がマシだわ。どっちが先に接触してくるか分からないから先手を打つわ。こちらから文部科学省にコンタクトを取ってみる。タマ君にも話しておかなくちゃいけないわね。面倒くさい…。」

 何の話かはよく分からんが、それはコンタクトを取るのが面倒くさいのか?タマに話すのが面倒くさいのか?

「8:2でタマに話す方が面倒くさいわね。」

 あっ、そうですか。

「教えてくれてありがとう。タマ君はアホでワガママで変人だけど教師として、大人として守ってあげなくちゃね。」

 変人は人の事言えないと思うぞ丹澤慶子。

「俺に出来る事があったら言ってくれ。」

「うん。」

「それと……もう1ついいか?」

「何よ。まだ何かあるの?」

 神野はグラスに入ったビールを飲み干した。

「ああ、今度結婚しようかと思ってるんだ。」

 店内にオヤジが何かを切る音だけが響く。

「…そう、良い人見付かったのね。おめでとう。」

「まあな。でも一つ問題があってな。」

「問題?」

「ああ、その相手が俺と結婚してくれるかどうか分からないんだ。」

「は?ちょっと意味が分からないんだけど?」

「だから聞いてみようと思うんだけどいいかな?」

「……。」

「丹澤、俺と結婚してくれないか?」

 おお!!

「何を言い出すかと思ったら…冗談はもっと若い女の子達に言いなさいよ。」

 おい丹澤慶子!チャンスを捨てる気か!二度とないぞ!

「うるさい…。」

 あ、はい、すいませんでした。

「…私、教師辞める気ないし、この町も離れないわよ。はい残念、結婚出来ません。」

「茶化すなよ。それは構わないさ。さっきも言ったろ?東京とここはそう遠くはないんだ。俺が新幹線で仕事に通えば良いだけだろ?」

 丹澤慶子は空になったジョッキを両手で包み込み見つめている。ジョッキが空になってもおかわりを頼まないのはツチノコを発見するレベルで珍しい事だった。いや、ツチノコじゃなくてカッパかな?何がいいかな……じゃあ、ヒバゴンで!!

「本気なの?」

「ああ。」

「全部知ってて言ってるの?」

「ああ。」

「そう…。少し…考えさせて…。オヤジ!おかわり!」

 

 これは…もしかしたらもしかするのか!?丹澤慶子よ、さっきも言ったがチャンスだぞ!!

 それに防衛省とか文部科学省とか話がでかくなってきたな…。それに五百旗頭って誰だ?


 次回!!最近コンちゃんが目立ってたけど久しぶりに主役のタマがメインだ!………つづく!!


 






 

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