第46話 うっかりにも程があるのです。
前回までのあらすじ…前回を読んでください。
ベテラン飼育員門倉に連れられハンクスはバックヤードに来ていた。そこはイルカの水槽の上部に位置しており、エサをあげたり健康チェックをする場所である。
「少年、名は何という?」
門倉は低く威厳のある声でハンクスに聞いた。
「塩野谷善朗です。」
そういえばそんな名前だったね。
「塩野谷君か。」
「あの…。」
ハンクスは恐る恐る門倉に声を掛ける。
「なんだ?」
「何で僕をここに?」
「…さっき見てたよ。明美が塩野谷君に心を開いているところを…。」
「明美?」
説明しよう。明美とは前話でハンクスが愚痴をこぼしていたイルカの名前だ。ちなみに門倉の初恋の相手の名前を勝手につけて呼んでいるだけで公式な名前はミルちゃんである。このおっさん大丈夫か?
「それで思ったんだよ。君こそが俺の後を継ぐ真のイルカニストになる男だと…。」
英語風に言ってるけどイルカは日本語だからね門倉さん…ってイルカニストって何だ!!
「は…はあ…。」
「…で、イルカショー…出てみないか?」
「え?」
正気か門倉?
「いやいや、あれって血の滲むような訓練とイルカとの信頼関係がなきゃ出来ないもんでしょ?」
そうだぞ。
「普通はな…。だが、君なら出来る!!君なら出来るんだ!!やってくれるか?」
根拠がないぞ門倉…。
「おじさん…。その熱い思い…伝わりました…。分かりました出ましょう!」
正気かハンクス!?
ハンクスと門倉は固い握手を交わし準備に入った。
そして話は元に戻る。
「いやいやいや…テレちゃん、やっぱりハンクスなワケないよな?世界にはそっくりな人間が3人いるとか言うじゃないか。それだよそれ。ハンクスのそっくりさんに違いない。」
「そうか…な?」
「そうさ!そうだともさ!」
「じゃあ、何でそのそっくりさんはこっちを見て満面の笑顔で手を振っているんだ?」
見ると確かにこちらに手を振っている。しばらくすると別の方向に手を振りだした。
「ほら、テレちゃん、他の人にも手を振ってるじゃないか。偶然だよ。」
「いや…よく見ろ。そのそっくりさんが今向いている場所に…ほら。」
「え?あ…フェミちゃんとメガネ…。」
「これはハンクス確定でよさそうだな…。」
アシカやイルカのショーが続いている。ハンクスは初めの挨拶から出てきていない。タマ達はハンクスの事を頭の隅に残しつつショーを楽しんでいた。
「うお~!!冷た!!気持ちいい!!」
タマは全身でイルカが飛ばした水を受け止めている。テレちゃんもキャーキャー言いながら水をかぶっていた。楽しそうだね。
「ふ~堪能した。あれ?ハンクス出てきたぞ。」
ハンクスは水に飛び込むと明美…いや、ミルちゃんに跨がった。
「お~!!やるなハンクス。」
タマが感嘆の声を上げるや否やハンクスはフェミちゃんとメガネの所に豪快に水をかけ始めた。
二人を祝福するという名の八つ当たり、または嫌がらせであろう。本来水がかからない場所にも関わらずフェミちゃんとメガネはずぶ濡れだ。その周りの観客達も歓声とも悲鳴ともつかない声を出している。
ひとしきりかけると今度はタマ達の方に向かって来た。
「タマ…嫌な予感しかしないんだけど…。」
「そうだな…。」
まあ、予想通りハンクスはタマ達の前で豪快に水をかけ始めた。
「うおっ!!こ…これはキツ…息が…できな…。」
あまりの水量に流石のタマも醍醐味などとは言ってられない。テレちゃんはうずくまり呼吸を確保している。タマ達の周りには観客がいなかったのは幸いだ。
「こら…ハン…クス…いい加…減に…。」
そんなタマの言葉が届くはずもなくハンクスは水をかけ続ける。
「いい加減にしろやー!!!」
タマは席を立ちハンクスに踊りかかった。
ハンクスを明美から引き離し二人は水槽の深くに沈んで行った。
「…と、いうわけです。」
丹澤慶子は水族館の館長室に来ていた。そこにはタマとハンクス、そして門倉の姿もあった。
「本当に申し訳ありません!!」
丹澤慶子は深々と頭を下げる。
「いえいえ、元はと言えばこちらが悪かった訳ですから頭を上げて下さい。」
館長も頭を下げる。あの後、門倉始め他の飼育員達に水から引き上げられた二人はなぜか観客から拍手喝采を受けステージから去った…というか連行された。
事の顛末を知った館長はタマとハンクスの行動については不問として門倉だけがちゃんとしっかり怒られた。そんなワケだが、一応保護者である丹澤慶子が呼ばれた次第である。
「塩野谷君。」
館長室を出ようとすると門倉がハンクスに話し掛けた。
「今日はすまなかったな。」
「いえ。こうなってしまってなんですけど…楽しかったです。」
「そうか…。もし…」
門倉はそこまで言うと言葉を止める。それを見た館長が話し出した。
「初めてであれだけイルカを乗りこなすとは君は凄いな。もし良ければ卒業したらウチに来ないかい?門倉もそう言いたかったんだろ?」
「ええ。」
門倉はばつが悪そうに頷いた。
「は…はい!ありがとうございます!」
昨日フラれたとは思えない清々しい顔でハンクスは答えた。良かったなハンクス。
「まあ、色々あったがハンクスに気を使わなかった俺達も悪かったワケだから良しとしよう。」
タマが言う。
「そうだね。ごめんねハンクス君。」
メガネが言う。
「ハンクス君も誘ってみんなで行けば良かったんだもんね。」
フェミちゃんが言う。
「ああ、みんなの言う通りだ。許せハンクス。」
テレちゃんが言う。
「みんな…ごめんね。でもさ…そういうのってさ…。」
ハンクスは素直に謝り言葉を続ける。
「僕を埋めながら言う言葉ではないと思うんだよね…。」
ハンクスはみんなに砂浜に埋められていた。既に顔しか地表には出ていない。
「気にするなハンクス。後は顔だけだから…。」
タマは山盛りの砂を持ってハンクスに近付く。
「タマ、これ以上は事件になるから止めておけ。」
テレちゃんは冷静にタマを止めながら海水をハンクスの顔にかけている。怖いぞテレちゃん。
「さあ、みんな。そろそろ時間だよ。ハンクス君を発掘して戻ろうか。」
フェミちゃんが促し二泊三日の合宿が終わろうとしていた。
ホテルの駐車場に戻ると丹澤慶子が鈴木会長と何やら話している。第1ダンジョン部は帰り支度を終えて整列していた。
「さすが第1…。まだ15分前なのにもう集まってるよ。」
メガネが感心して言う。第5ダンジョン部も第1に習い整列する。鈴木会長と丹澤慶子が一言二言話した後、第1ダンジョン部はバスに乗り出発して行った。
「さて…先生、俺達も帰りましょうかね。」
タマは大きく伸びをしながら丹澤慶子に話し掛けた。
「それなんだけど…これはあなた達にとって残念な事なのか嬉しい事なのか…。」
「え?何かあったんですか?」
「あった…と言えばあったとも言える。」
どうした丹澤慶子?はっきり言わないとはらしくないぞ。
「ちょっとはっきりして下さいよ。帰らないんですか?」
「帰らないんじゃないわ…帰れないのよ。」
丹澤慶子の言葉に皆ポカンとしている。そんな中、最初に気を取り戻したフェミちゃんが慶子に問う。さすが部長。
「帰れないってどういう事ですか?」
「あのね…その…うっかり…ついうっかりね………飲んじゃった。」
「へ?」
「お酒を飲んじゃったのよ!車運転しなきゃいけないのすっかり忘れてて…。で…でね、鈴木さんに聞いたらホテル部屋空いてるってさ。良かったわね、みんな。」
「良かったわね…じゃねぇっすよ先生!」
「ごめんって言ってるでしょ!!」
いや、言ってないぞ丹澤慶子。
「ホテル代もその他諸々私が出す!!さあ、もう一泊するわよ!!家に連絡したら海で遊んで来い!!」
財力にものを言わせ逆ギレで押し切ったな…。
こうして第5ダンジョン部の合宿は延長される事となった。丹澤慶子のせいで…。次回!!初めての経験をするぞ!!つづく!!
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