中編 高志無双

「何事だ?」


王室のベットから上体を起こした国王が入り口に居た兵士に問いかける。


「はっ、どうやら牢屋から異世界人が逃げ出した模様です」

「ほぅ・・・なにか特殊な能力を持っていたのかもしれないな・・・だが次の召喚の為に・・・殺せ」

「畏まりました」


返事をしたのは兵士ではなかった。

屋根裏に潜むその者は王の言葉を聞くと共にその気配を消す。


「もし使えるとすれば・・・いや、あのステータスでは使い道は無いな」


国王は知らない、高志の持つその能力を・・・






「止まれ!」


明美の腕を肩に回して高志は城の中を歩いていた。

前には数名の兵士が武器を持ち立ち塞がる。


「頼むから、通してくれ・・・」


高志の目を見た兵士達は息を呑む。

まるで魔物と対峙した時の様な威圧を受けていたのだ。

一歩でも動いたら殺される・・・

そんな気配を察知したのは殺しが日常となった世界の兵士なのだからだろう。


「こ・・・殺せとの命令だ!全員かかれっ!」


後ろ側に居た一人の兵士の命令で数名の兵士が一斉に高志と明美に迫る。

だが高志まで3メートルくらいのところまで近付いた時に突然兵士達は前のめりに地面に倒れこむ!


「なっなな・・・」

「ぐ・・・ぁ・・・」

「あがが・・・・」


その誰もが奇妙な声を漏らしながら身動きが取れずにいる光景を命令を出した兵士が唖然と見詰める。

そう、これが高志の能力であった。


「あんた達を殺す気は無いんだ・・・頼むから通してくれ」

「だ、駄目だ!お前は殺せと国王様からの命令が・・・」

「なら・・・邪魔だ!」


高志の目が一瞬光ったような気がしたと同時に兵士は真横の壁に突然吹き飛ばされ衝突の衝撃で意識を失いそのまま床に沈む。

地面に倒れる兵士達はその光景を立ち上がることも出来ない状態のまま見詰める・・・

そして、高志が歩き去った。

すると不思議な事に兵士達は普通に起き上がれるようになった。

全身に嫌な汗をかきながら彼らは自身が運よく助かったと言う実感を得るのであった。






高志は城の中を歩き回り食料の保管されている部屋に来ていた。

入り口では数名の兵士がガタガタと震えながら荒い呼吸のまま高志の動向を見ている・・・

そんな中、高志はパンと水を明美に与えていた。


「ゆっくり噛んで少しずつ飲み込んで下さいね」

「うん・・・ありがとう・・・」


明美は自身を助けてくれている高志に対する態度に困惑していた。

自分が九死に一生を得たのは高志のお陰だが、彼のこれまでの不思議な力に恐怖していたのだ。

人は理解の及ばない物に恐怖を抱く、幽霊しかり科学しかり・・・


「これからどうしましょう・・・」

「帰れるの・・・かな・・・?」


高志の質問に明美は疑問で返す。

それはそうだろう、分からないものは分からないのだ。

だがそれでも返答が自然と出るように回復している明美の様子に高志は微笑む。

年下の男の子だと言うのに明美はその微笑に心が躍るのを感じた。

死を覚悟した自分を助けてくれたナイトと言っても過言ではないのだ。

不思議な力を持っていたとしてもそれが自分ではなく自分を助ける為に使われているのを理解しているからこそ少しずつ慣れてきたのであろう。


「帰れませんよ、貴方達はここで死ぬからです」


入り口から声がして2人が振り返ったと同時であった。

2人目掛けて一斉に物凄い量の矢が放たれたのだ!

まさに冗談の様な光景に明美は思考が停止した。

世界がスローモーションの様に流れ矢の向こうで両手をこちらへ向ける一人の魔道士が見えた。

魔道士の横に在る箱から矢が次々と勝手にこちらに向かって飛んできているのだ。

だがその矢は2人の居る場所だけを避けるように変化する。

まるでモーゼの様な光景に明美だけでなくその魔道士も横で座り込んでいる兵士も目を疑った。


「ほぅ・・・私と同系統の風魔法使いですか・・・」


魔道士のローブがふわりと浮き上がりその体を宙へ浮かべます。

そして、矢ではなく今度は空気の刃を高志達に向けて飛ばします。

しかし、目視できた風の刃は再び左右に反れて矢とともに食料庫を荒らすだけに留まります。


「止めてくれないか?僕達は元の世界に帰りたいだけなんだ」

「駄目ですよ、貴方ほどの魔法使いならきっと国王様も考えを改めて下さる。だから殺すのはそちらの女性だけに・・・馬鹿な?!」


そう言って風の刃の中に小さな針が隠れて明美に向けて飛んでいきます。

だがその針すらも横に反れて明美には届かない。

それに驚愕するのは目の前の風魔道士である。


「そんな・・・私よりも高度な魔法使いだと言うのか?!」

「とりあえず国王さんに帰る方法を聞きに行こうか」

「えっ?あっ・・・はい・・・」


明美は完全に高志を年下の男の子とは見れなくなっていた。

自身を避けた攻撃は自分に当たっていれば確実に死んでいたと言うのは目に見えて分かる、それが高志のお陰で助かっているのだ。

高志は風魔道士の方へ明美の手を取って歩き出します。


「ま、待て!ここは絶対に通さな・・・」


その時、その場所に立っていた風魔道士の姿が消えた。

明美は何が何だか分からないまま高志に手を引かれて付いていく・・・

だが入り口に座り込んでいた兵士だけは全てを見ていた。

風魔道士は天井に一瞬で貼り付けにされていたのだ。

余りの圧力に身動きも取れず呼吸もままならない状態でその意識は既に無かった。

そして、高志の姿が見えなくなると共に地面に落下してきた風魔道士は既に瀕死であった。


「こっちだよね・・・」


高志は明美の手を引きながら王室を目指して城内を歩く・・・

彼の通る道に立ち塞がる兵士は全て地面や壁に貼り付けにされていく・・・

その光景を見て明美は高志の力に気付き始めていた。


「ここだね」


そして、2人は王室に辿り着いた。

失礼の無いようにノックをする高志、嫌がらせとしか思えないその行動に明美は苦笑いのままである。

その時、自然と扉が開いた。

ノックの衝撃で開くくらい軽くなっている事から鍵がかかっていないのに気付いた高志は警戒をしながら扉を押す。


「死ねぇえええ!!!」


予想通りそこに槍を構えた兵士達が立っており一斉にそれを突き出してくる。

不意打ちであればどんな魔法が使えようとも致命傷を負わせられるだろうと考えたのだろう。

だがその矛先は高志に届く前に兵士達の手から離れて地面に落ちた。


「へっ?」


兵士は自分の手を離れた槍に引っ張られるように前のめりに倒れ高志達の前に転がる。


「ちょっと国王さんに話があるのでどいてもらえます?」


高志の言葉に兵士は化け物でも見るかのように横へその体を避ける。

国王からしてみればそう見えたのだろう、だが実際は高志の力でどかされていたのだ。


「お、お前達?!私を守らんか!」


国王が声を上げるが兵士は顔を左右に振りながら自分の意思ではないと訴える。

そして、高志が話す・・・


「国王、僕達を元の世界へ戻して下さい」

「そ・・・それは・・・」

「それは?」


顔色の悪い国王の歯切れの悪い返答に高志は薄々気付いていたが国王の返答を待つ。


「それは不可能なのですじゃ」


後ろから声がして高志が振り返る、そこには召喚された時に立っていた老人が居た。

老人の言葉に苛立ちを持つ高志は問い返す。


「不可能?なんでさ?」

「世界を渡るにはその世界の者の魂と等価交換が必要なのですじゃ・・・」


老人の話を聞いて明美は察した。

自分が牢屋に入れられた時に別の牢に入っていた人物が死んだと同時に高志が召喚されたのだと・・・

つまり、2人が元の世界に帰るのには向こうの世界の人の魂を対価にして儀式を行なわないと駄目なのだと。

そして、自分達の世界に魔法や召喚術という物は・・・ない。


「そ、そんな身勝手な!」


明美が声を荒げる。

もしかしたら帰れるかもしれないと考えていたのもあるだろう。

だがその時、城が大きく揺れた!

その場の誰もがバランスを崩しそうになりながらその揺れに耐えると叫びが聞こえた。


「敵襲だ!魔物達が攻めてきたぞ!」


場はますます混乱を極めるのであった。

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