第旧話 後 勇者の結末

 男は旅の前に魔術師から『バルト』という名をもらった。名前がなかった男にはその名前をつけられた価値がわからなかった。

 しかし、自分のことを呼ぶときに、楽しそうな表情をむけてくれている、勇者の存在は無機質で灰色だったバルトの心を大きく変えた。楽しくも苦難の旅はバルトにも勇者にも大きな変化を与えた。生き残るための戦いかただったのから勇者の少年を守るためのものへとなったからだ。

 いつしか、バルトは勇者に対して尊敬や仲間としての友情とは違った感情を抱くようになっていた。本人たちはそのことを理解できていなかったが周りから見ていれば一目瞭然であった。

 魔術師もそれを内心からかってみたい感情を抱いたが、それが大きな別れとなることを知っていたため、複雑であった。

 いよいよ、魔王討伐の時に魔術師は本当のことを打ち明けようとした。しかし、彼らの顔を見ているとどうしても言うことが出来なかった。

 ……もしも、ここで引き返したりしたらどうする?せっかくのチャンスをみすみす逃すことになる。魔王は対策をとるかもしれない。ならば、言わないでかまわないだろう。

 そう自分に言い聞かせるようにして喉まででかかっていた秘密を飲み込んだ。

 決戦は長く続いた。回復に専念し、指示を出す魔術師。魔王に殴りかかるバルト、そしてその間を忙しくサポートする勇者。ギリギリの戦いだった。

魔王の攻撃を最後の気力で避け、バルトと勇者の連撃が魔王へと命中して倒した……かのように見えた。

 魔王は煙のような姿へと変身し、何故か勇者の体にまとわりついていた。その煙が勇者の体内へと沈んでいき、黒く禍々しい光が巻き起こった。

助けようとしたが体の動かないバルトはその光景をただ見ていることしかできなかった。


「フハハハ、貴様らが大切にしていたこの姿を手に入れることが出来れば貴様らももう自由に攻撃はできまい。これで誰も私を倒すことはできない、最強の状態だぁ!」


 魔王は低く地の底から響いてくるような声で高笑いをしていたが急にその声はピタリと止み、体をくねらせながら苦しみはじめた。


「なんだ、この感じはぁ?体が、言うことを聞かぬ……ぐぬぅ」


「今です!はやく止めを!!」 


 そう叫ばれたが、バルトには何が起きているのかはよくわからなかった。しかし、魔術師が勇者に止めをさせと言っていることはわかった。いや、わかりたくなかった。体を動かそうとするが、まだ先ほどからのダメージが残っていて立つことがやっとだった。

 フラフラと近づいていく、途中で勇者が使っていた剣を拾い上げて苦しみ悶える勇者の姿をした魔王へと剣を振り下ろそうとした、しかしそれはできなかった。

 顔を見ていると旅でのことを思い出す。その思い出が剣を握った腕を重く鈍くしていた。頭をかち割る必要はない、刺してしまえばいい。それもわかっている。だが、腕が動かないのだ。魔術師は何度も叫んでいるがそれ以上の行動を取ろうとしていなかった。


 その様子を見ていた魔王はフラフラと言うことの聞かない体を引きずりながら自身の開いた門の中へと飛び込んでいった。魔術師がとめようとした時にはもう姿はなかった。


「まぁ、このまま封印をすれば数十年は出てくることはないでしょう、結果オーライというやつですね」


「まてよ、全部……全部お前らの考えのなかで踊らされていただけなのか?」


「なんのことですか?」


 今さらとぼけるのも遅すぎるだろうと考えながらも魔術師は聞き返す。


「なんのこともなにも、あいつの体毎俺に魔王を殺させるつもりだっただろう……てめぇ。あの状況で冷静すぎるのはおかしいだろうが」


「感情的にものを考えていないだけですよ。あの状況ならそのまま止めを刺してしまえば封印具の一つが魔王の死と一緒に壊れるだけの被害で済むのですから」


 バルトは予想外の言葉に耳を疑った。封印具?なんのことだと一瞬考えたがすぐにその答えを理解した。いや理解したくはなかった。


「まさか、あいつは……ロビンは封印するためのアイテムだったというのか!?」


「おや、言っていませんでしたね。あなたの役割は勇者の身代わりではなく魔王の封印をするアイテムの運搬だったのですよ。お疲れ様でした。そしておめでとうございます、新たな英雄」


 バルトはその言葉を聞き、掴みかかろうとした。しかし、体は限界だったためにそのまま地面へと倒れ込んでしまった。しばらくの間、仲間と信じていた者へ恨みの眼差しを向けていたが少しずつ視界は暗くなっていった。


「騙してすみませんね。本当は話した方がよかったのですがこの様子を見ると私の予感が的中したみたいなのでこちらとしては話さなくてよかったみたいですね、封印は……まぁ後日にしますか、この傷だらけの英雄を連れ帰ってしまわなくては……いや、彼は魔界の門の中へ放り投げましょう。いっそのこと死んだことにした方が彼のためかもしれません」


 その言葉がバルトの聞いた魔術師からの最後のメッセージだった。



 周囲を包んでいた光が少しずつ弱まっていった。記憶を復元するための魔術は二人の人間の思考を混ぜ合わせてしまうという部分を除いては問題なく忘れてしまっていた記憶を鮮明に思い出させた。


「あぁそうだ、そうだったんだ」


「思い出しましたか、バルト。あなたは……」


最後まで言いきる前にグリンは吹き飛ばされていた。戸惑う様子を見せるグリンにむかって、バルトは叫んだ。


「思い出しましたか?じゃないぜ、また胸糞の悪いことを思い出させやがって!自分はなにも悪くないとでも思っているのか」


「あれは、世界を救うためにあなたを」


「そのために身寄りのなくいつ死んでも問題ない人材を選んだってわけか……。言っておくが俺はあいつのことを、ロビンのことを完全に忘れたことはなかったがてめぇにされた仕打ちの一部以外は一度たりとも忘れたことはない!」


「う、嘘だ。この世界の人間と違う人間の意識は共存できないはず……。ロビンのことも忘れていたお前が何を言う」


 と言い返している途中にも拳による攻撃はグリンの腹部へと直撃する。


「お前があいつの名をそれ以上語るんじゃねぇ。もっともお前はこの世界の真実を知る前に死んでいくがな」


 流石にその言葉はグリンの怒りに触れたのか先ほどとは違い言葉を荒げながら叫び返した。


「剣闘士風情が調子にのりやがって、何が気にくわない?騙したことか、英雄へと馴れなかったことか、あの封印具との叶わぬ恋をした八つ当たりかぁ!!」


「それが本当のお前か?」 


 そう聞き返した言葉には耳を貸さず、杖を振るいながら様々な魔法を放っていった。しかし、バルトの体へと直撃することは一度もなかった。逃げ回るような様子を見ながら少しずつ冷静になっていく。いくら勢いよく魔法を唱えても当たるはずはない。元、いや偽物だったとはいえ腐っても勇者。この程度でやられるはずはない。

 しかし、視界が晴れていったが影もないため、不思議に思っていた次の瞬間には気持ちの悪いいやなんとも言えない感覚がグリンを襲っていた。

 グリンの体から何かが生えてきていた。いや、剣で背後から刺されたのだろう。


「いつの間に……剣を?ずっと持ってなかったの……に」


 息も絶え絶えにグリンは疑問に思う。見間違えるはずもないあれは剣だ。素手から剣を取り出せないはず、隠し持っていた様子もない。ならば、これは……?

 その疑問が解ける前に勢いよく剣が引き抜かれ、血が吹き溢れる。みるみる内に意識は遠のいていき、それまで考えていたことをそのまま闇へと引きずりこまれた。しばらくしてグリンは息を引き取った。


 バルトはただ無言で手にした剣を投げ捨て見えないように背負っていた剣を抜いた。かつて、自身が魔王を封じるための器と知って生きてきた少年……ロビン=ガルシアが生前使っていたものであった。


「これで、ようやく一つの復讐を終えられるな」


 そう呟くと、彼は剣を振りかぶり魔術師グリンの首をはねた。


「ざまぁみろ」


 そう呟く声は、誰にむけたものであるかは定かではない。ただ震えるようであったことだけは確かであった。

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