第十一話 あかし
グリンの首をはねてからしばらくの間は棒のように立っていた。そのまま、空を眺めながらすうっと息を吸い込むと
「『AI』!どうせ見ているんだろう。もう、全て終わったぞ」
そう叫んだ。
少し間を空けて一人の少年が近づいてきた。ロビン=ガルシアの姿をしていたが、異なる存在。仮想世界の住人である『AI』であった。
「もう、おしまいにしますか?」
「あぁ、したかったができなかったことは終わったさ」
とバルトは足元を見た。グリンの首とその接続されていた胴体のあった場所には一冊の魔導書が二つに裂かれていた。
時は数十年ほど前に遡る。いや、地上では数十年経っているが、魔界ではほんの十年にも満たない月日であった。バルトが半死の状態から数日間さ迷い目覚めると見知らぬ部屋であった。コンコンと扉を叩く音がすると一体の緑色の小鬼、ゴブリンが入ってきた。
―こいつは敵ではないのか、いや油断させて俺を食べるつもりかもしれない。
そう疑心のこもった眼で見つめていると、想像したことのない笑顔をこちらにむけてきた。その表情から敵意を感じとることはできず、もし敵意があるとすれば、かなりの曲者であったに違いないがバルトはこの優しいそうな表情に少し甘えることにした。逃げ出そうにも体がまだしっかりと動けそうになかった。
傷を癒すために部屋を一つ貸してくれたゴブリンの夫婦に話を聞こうとしたが、言葉が通じるか少し不安がわき上がってきたがその心配も杞憂であった。言語は地上と同じであり少したどたどしい話し方のバルトの話を優しく聞いてくれた。
ある時、夫妻の家に一人の使者がきた。魔王からの手紙を持って来ていた。バルトへと宛てたものであった。
字をあまり読めないバルトに代わりゴブリンのおかみさんに読んでもらった。
[拝啓、バルトへ
お元気でしょうか……いやこちらにきてしまったということは僕を追ってきたからでしょう。もうこのまま、魔王に意識を少しずつ蝕まれていくだけの日々だと思う恐怖耐えられないほど襲ってくるような日々だった。
でも、魔王として魔族の一人から報告を聞いているときに君のことかもしれない人間の話を聞いてもしかしたらと思いこの手紙を書きました。
言ってはいけないけれども嬉しかった。多分数日もすればこの手紙を書いたことも君のことも忘れているかもしれない。魔王に全てを支配されているかもしれない。もしも君が僕を殺してくれるならそれが人として生きたかったロビン=ガルシアという人物の最後の願いです。君との旅は楽しかったよ。
この手紙を読んでいる人物がバルトという、僕の身代わりの勇者……いや相棒でない全くの関係のない人ならば彼に伝えて欲しい、ありがとう、そしてさよなら……と。]
両の眼からは涙が溢れてきていた。あいつは既に覚悟を決めていたのだと。バルトは魔王を殺すことを決めた。
ゴブリンの夫婦はその様子を見ても、バルトを止めることはなかった。
魔族において、魔王とは頂点に君臨するもの。いついかなる時でも、挑まれることは当然のことであり、殺されるならばそれは王が弱かっただけであなたを責める者などいない、そう説明されたが少し複雑な心境であった。
城の門番たちはあっさりと通してくれたかと思うとゴブリン夫婦と同じことを言った。いつでも戦いにくる魔族で溢れているが今の魔王になってからはあまりに来なくて暇をもて余しているという情報もおまけしてくれた。
ついに、魔王と……表面はロビン=ガルシアと再会するときとなった。
「久しぶりだな、ロビン。いや、今は魔王か?」
「誰かと思えば弱腰の勇者じゃないか、君があの時とどめを刺してくれなかったからこの肉体の持ち主は苦しむことになったんだぞ?」
挑発であることはわかっていた。しかしその挑発に乗るしかなかった。魔族の街で購入した安物の剣を握りしめてえいや、と魔王の腹部を目指して鋭く突きにいく。初撃は避けられるだろうと考えていたが、呆気なく腹部へと深々と突き刺さった。
理解できなかった。いやしたくはなかった、まだ魔王の中のロビンには自身の持ち物を制御するだけの力が残っていたのだ。
「ロビン!」
そう叫び近寄る。もう既に息も絶え絶えになっていた。
「これで……これでよかったんだよ、」
「まだだ、傷を治せば……」
そう心配するバルトにロビンは小さく首を振り、少し微笑むと静かにその呼吸を止めた。男の叫びが部屋中に、城中に響き渡った。こうしてバルトという勇者は魔王の座を手に入れた。
その後数年の月日をかけて、魔界を完全に掌握したバルトはふと、自分のいた地上が今どうなっているのか気になった。あの後どうなってしまったのか、ムカつくがあの王たちに託した闘技場の奴隷として戦っていた戦士たちが旅にでてからどう過ごしているか知らなかった。
それに、忘れることのないあの少年の遺骨を地上のどこかで埋めてやるつもりであったが、あの後、業務の多忙さから地上へは戻れていなかったがようやく仕事の波が収まり部下の一人に任せても問題なく機能するほどだった。
「一度故郷に戻るか、こっそりとだが」
そう呟き、部下たちに留守を任せゴブリン夫婦にもあいさつをしてから魔の境界線を探してフラフラと何かに導かれるかのように歩き出した。
「最近は魔王様もさぞ疲れていたのだろう」
魔王の手下の一人はこう語る
「この地を治める手腕は惚れ惚れするようなもので、この国だけでなくすぐに全ての魔の国々を支配していった実力は尊敬している。しかし、最近では何やら一人語が多くなってしまった。我輩は詳しく聞いたことがないが、ある部下の一人が今回の地上への遠征も魔王様とは別の立場な人間に説得されている感じだったと聞いている。
この、遠征で新たな刺激や療養となってくれればいいのだが……」
地上に戻ってみると自分の知る世界はなかった。いや、あの町は何者かの襲撃で焼け跡になっていた。闘技場は跡形もなく消え去っていた。
あてもなくさまよっていると、一人の老人が蹲っていた。どうしてそこで蹲っているのかと尋ねるとこう答えた。
「数十年前に勇者が亡くなってからすぐに魔術師のような人間がここに来て、町を燃やして住人を殺していったんだ。その時闘技場の元奴隷たちは魔術師を……いや、思い出したくもない風景だった。ワシはその場から逃げた。今ここにいるのはまだ誰かが来て笑い話にできるかと思っていたが、この町の住人はワシ以外は逃げ切れなかったようじゃ」
そう話を終えるとまた顔を伏せた。
―あいつは俺を殺すだけでは飽きなかったのか。そう考えると怒りがマグマのようにふつふつと音を立てているような気がしていた。
「お前はきっとこれは何かの勘違いだからそんなことは止めようと言うだろうな。すまないが、お前と同じ場所に俺もあいつも逝くことはできなさそうだ」
バルトは再び魔界に戻ると軍を引き連れて自分の居場所を奪った世界を蹂躙していった。自分と同じ立場の人間も、うら若き女も、子どもにすら情けをかけることはなかった。彼は既に人のみちから外れていた。
いくら探してもあの魔術師は出てこなかった。彼の持っていた魔導書も見つからなかった。
バルトと世界の均衡が崩れて世界があと数年もないうちに膝まずくというある日、一人の幻が現れた。それが『AI』だった。
『AI』は仮想世界という場所でならなんでもできるとそう教えてくれた。願いなど今は一つだけであった。
「魔術師グリンの肉体と思考を蘇らせてその器毎殺せる舞台を用意してくれ」
こうして架空の都市を闘技場に変えて参加者たちも『IF』に存在する人物を使い長く待つことを選んだのだ。自身よりも何十倍も賢く、抜け目のない男を罠に嵌めるために。
そして、この日罠に嵌まった魔術師は器と一緒に葬られた、誰にも見届けられなかった悲しき男によって。
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