第8話 魔術師の降臨

 襲いかかる巨大ハート型の爆弾魔法は拘束されているバルトへと容赦なく爆発するかに見えた。しかし、巨大なハート型が小型爆弾の群れであると近づいてきた時に気がついた。

 ……わざわざ、小型にする必要があるのか?理解することのできない恐ろしさと拘束されて身動がとれない体をもがきながら思った。

 すると、爆弾は目の前にくると……その体から小さな物体へと分裂しながら近づいてきた。風に乗りバルトの全身へと次々に爆発していった。

 攻撃に耐えながらバルトはひたすら考えていた。自分の記憶から抜け落ちてしまったものは何かと。重要なことだったはず……顔は思い出せるのに、名前や人物像が……思い出せない。爆発の中、記憶が断片的に戻っては消えるのを繰り返していた。


「……流石にやりすぎじゃないか?」 


「あれくらいやらないと倒せない相手だと思ったの!」


 マリン・ランドゥの魔法が終わったころにはバルトの身体は爆発によって、黒く変色していた。マリンたちも流石にやりすぎたと考えていたが、前回の試合の時には炎を回避してから残党を片付けてしまったような相手に加減ができなかった。

 バルトの身体はピクリとも動かない。しかし、試合終了の合図はならなかった。


「なんで、まだ試合が終わらないの?」


「審判の判定待ちなんだろう。しかし、審判なんていないも同然なんだけどなぁ」


 そろそろ、試合終了の合図が鳴りそうというタイミングで試合は急変する。バルトが立ち上がったのだ。本来ならもう動けないはずであり、戦うことの困難な状態であった。


「なんで、まだ立ち上がったりするの!?」


思わずマリンは叫んだ。少女たちには立ち上がってくることに理解ができなかった。ここで負けてもポイントが少し減るだけであり、実際に死ぬわけではない。ただでさえダメージの一部が肉体に影響を与えるのに、どうして……?


「そっちが奥の手を見せたんだ。こちらも見せないわけにはいかないだろう?」


 息絶え絶えにバルトは呟く。マリンたちに向かって話していたが、その声は枯れていたため、届かなかった。


「俺の……切り札的なものは、ダメージを受ければ受けるほど、身体能力が上がるというものだ……」


 次の瞬間には、もう一人のマリンは吹き飛ばされていた。そして、そのままビルの壁に叩きつけられて気を失った。


「もう使ってたんじゃ……」


「悪いな、身体能力の一部を使うことに制約はないんだ。全身へと使うときのみ制限と負傷による強化があるんだ」


 マリンが近距離からの魔法で対抗しようとするよりも早く、拳が叩き込まれた。その直後、試合終了の合図が流れた。勝敗は両者の引き分けで終わった。


 ある学生は誰もいない教室の中で大の字になって倒れていた。

 ……ギリギリであった。自身の使用していた簡易アイテムの制限時間により、試合から離脱することができたのだ。あのまま、戦っていたらこの状態よりも酷いことになっていただろう。もう一人のマリンのダメージと最後の拳の一撃のダメージで意識はあるが、体が動かせそうになかった。


「まったく、酷い。拷問のような状態だなぁ……」


 カラカラと笑ういながら、ふと、あの対戦相手がなぜ、立ち止まったことに少し疑問があった。あの能力があるなら、最初に受けたダメージやこちらが二人になる前に叩けばよかったのに何故?それに途中上の空になっていたような……?

 あれこれ考えは浮かぶが状況はまったりとできそうになかった。


「警備員か、先生来ないかなぁ……」


 体の痺れはまだ治りそうになかった。


 バルトこと「カネダイサム」はバトルステージから戻ると、そのまま床に倒れこんだ。しばらくは立てそうにもないし、明日からはしばらく筋肉痛に悩まされそうだな、そう考えていた。

 その時携帯に一通のメールが入っていることに気がついた。


「誰からだ……?」


 アドレスを見ると見覚えがあった。助手であるミドリからだった。


「……何考えてやがる」


 メールの内容を見てバルトは唖然とした。内容は試合の申し込みだった。指定日時など細かく決められていたが、対戦相手はミドリ本人であった。


 メールが届いてから数日が過ぎ、試合当日となった。ミドリが来たら問い詰めてやろうと考えていたが事務所へとミドリが現れることはなかった。

 時間となり、対戦ステージへと移動することにした。筋肉痛がまだ辛いのに呼び出したことを問い詰めるために。


 ステージにいた人物を見て、バルトは驚愕した。ミドリとは違うよく見知った人物がそこにはいた。


「お、お前は……」 


「久しぶりですね、バルト。いや、勇者だったものと言うべきですかね?」

 

 茶色がかった黒い長髪に、物腰の柔らかそうな態度と表情。バルトは知っていた。この懐かしい男の名を。


「グリン……!」


 かつての旧友であり、旅を供にした仲間との再会はバルトの暗い心にわずかではあるが明かるくした。

 しかし、大きな疑問が彼の心を再び冷たく暗い場所まで引きずっていった。


「なんで、お前がここにいるんだよ……!?」


「その答えならあなたはもうわかっているはずですよ」


 グリンは静かにそう答えた。まだ納得はできなかった。その様子を見て冷静そうな表情をしていたグリンだったが、急に声を荒げながらバルトの胸ぐらを掴んだ。


「まだ、わかんないのか。私がここにいる理由も、お前が今も戦っている理由も、助けるはずだった人物のことも、全部!」


 バルトの脳内は混乱していた。実際、「カネダ」という人物の存在と混じりつつあるため、一部はわからなくなってきていた。しかし、全てを完全に忘れてしまった訳ではなかったが、助けるはずだったという部分がひっかかっていた。


「助けるはず……だった?誰をなんだ、あいつを助けるために今も戦っているのだが」


「思い出せ、私と別れてから何があった。魔界に一人で乗り込んでからのことを……」


 まだ、混乱し、頭を抱えていたバルトに先ほどとは違って優しく声をかけながらグリンは言った。


「勇者の器であり魔王の器であった、ロビン=ガルシアとの思い出を……」


 そう呟くと二人の周囲を光が包んだ。






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