第6話 試合開始

 気がつくと、また朝だった。いや、昨日頭痛がしてからそのまま寝てしまったことだけは流石に理解することは簡単なことであった。

 この日は平日であったため、助手のミドリは朝から学校へと行っていた。机の上には書き置きの手紙があった。

その内容は、試合を組んでおいたことといらない書類を処分しておいたという業務的なものだった。


「勝手に試合を組んでくれるのはありがたいんだけどなぁ……でも、時間の指定がいつも早いんだよな、指定時間は12時30分からか、まだ余裕はあるか」


 そうぼやきながらも試合までの時間を念入りに確認すると、日課である、トレーニングをはじめた。昨日出来なかった分少し多めにすることで、鬱憤を晴らしたりするのが闘技場から冒険の旅に出た頃からの唯一の趣味であった。


 トレーニングの内容は腹筋などをウォームアップとしてはじめ、ランニングを2キロメートルほど(もっとも距離の単位を知ったのはこの場所にきてからだが)走ることだった。流石に昔のように、野宿していた時は運動として海や山に住む獣や魔族を倒したりすることはできない。街に泊まっているときはいつもこれで代用していた。すべてのトレーニングメニューを終えた頃には、試合開始30分前だった。


 魔術師は退屈そうに座っていた。この世界での学問は彼にとっては面倒なものでしかなかった。しかし、それは最初のうちだけで似たような箇所がずっと続いていたため新鮮さを得ることが出来なかった。助手という名目でのアルバイト先である事務所の所長の試合は授業が終わってすぐぐらいだろうかなどとぼんやり考えていると


「おい×××!聞いているのか!!」


という教師の声に静かに


「すみません、聞いていませんでした」

と答えると、


「そろそろ、受験も視野に入れないといけない時期なのにそんな調子でどうする」


と教師からは呆れたような声で説教をされてしまった。

 魔術師は知っていた。このやりとりがもう何百回と行われていることに……


 試合前はいつも余裕があるバルトだが今回は、少し不安があった。今までとは違ってステージを向こうから指定してきたからだ。

 この『ファイト・ゲーム』ではステージを指定しない場合、白塗りの空間で、両端には壁があり、上空の空いた場所が選ばれることになっている。これは、どちらにも逃げ場がなく、正々堂々戦いやすくするためになっていると、『アイ』からの手紙に書かれていた。そのためかプレイヤーたちは指定しないことが多い。

 しかし、今回の対戦相手である

マリン・ランドゥはステージの場所を指定してきた。その場所ステージは「夜のビル街」というものであった。

 闘技場や田舎町などならイメージが浮かぶがビル街というものをあまり知らないバルトにとってはどういったステージか検討が付かなかった。ビルはこの世界にきてからなんとなく知ったとはいえ、なぜこんなステージを選んだのかがわからなかった。


「相性ではこちらが不利なのになぜよくわからないステージを選んだきたんだ?」


 接近戦でしか戦うことができないバルトからしてみれば魔法が使えるなら端から攻撃してくればいいという考えがあった。だが、その考えが出来るのは自身の能力を理解している場合ということには気づけていなかった。


 一人の生徒が、授業を抜け出した。お手洗いに行ってくると理由をつけていたが、本来の理由は違っていた。

 授業終了の時間は12時30分までとなっていたが、この授業を担当している教師はその授業時間から10分長く授業をすることでクラス内からは嫌われいていた。

 しかし、この生徒はこの授業が嫌いではなかった。それなのに抜け出したのはこの生徒が『ファイト・ゲーム』に参加していて、授業終わりに試合があるからだった。学校内にある転送装置へと近づいていったが、その周辺では別のクラスが授業をしていたため違う方法を使うことにした。

 周りに人がいないのを確認すると空き教室に入った。この教室は少し前までは何かの授業で使われていたのだが現在では倉庫の代わりとして使われており、たまに素行の悪い生徒たちのたまり場となっていた。

 コンセントを探し、かばんから折り畳み式のものに紐のようなものがついた機械を取り出した。筐体版との違いは転送されてからしばらく経つと強制的に戦闘から離脱させられてしまうというデメリットのある持ち運びの簡単なアイテムだった。

 制限時間のあるアイテムではあるが安い単価で購入でき、戦いを短時間で終わらせることができるほどの実力がある参加者はこちらを用いることが多かった。

 プラグを差し込み、ゴーグルを着けると薄暗い教室の中に光が満ち、生徒を光が包みこむとその場から機械だけを残して消えた。


 観戦者たちはこの試合を楽しみにしていた。『ファイト・ゲーム』において、珍しい状況だったからだ。上位者同士での戦いがないわけではないが、大抵が同レベルでの戦いがメインになるため自身より少しレベル差がある相手と戦うということなかった。ましてや、先日に上位ランクに上がってきたものである。必ず勝つことができる訳ではないし、下手に負けると減点ポイントで逆転されかねないため、自分たちから試合を申し込むことはなかった。

 しかし、マリン・ランドゥは試合を申し込んだ。にどのような目的があるのかはわからない。ただ面白い試合が見れるかもしれないという興奮と賭け事に昇華したことによる熱狂が観戦席……画面越しから渦巻いていた。


 まず、最初にステージに着いたバルトは地面の不自然な固さやチカチカと輝く光による視界への影響が戦いへの不安を増していた。

 こんなところで戦いをするなんて正気じゃないな……そう思いながら対戦相手を待っていた。


「待たせたわね!」


その声とともにステージの明かりが暗くなった。

 声の主を探して周囲を見渡していると高い建物の頂上に人がいた。


「逃げずによくきたね!でも、本当に私が倒せるかな?」


 会場はざわつき、バルトは困惑していた。対戦を申し込んできたのはそちらなのに、なぜ偉そうなのかと。


「私の名前は知っていると思うけど、マリン・ランドゥ!またの名を……」


 そこまでいうと光が建物の頂上にいる人物を照らす。


「マジカルガール☆マリンちゃん!!

サインならあとで挙げるわね(ハート)」


そう名乗った人物の服装は魔術師の着ているローブのイメージからはかけ離れた、どちらかといえば、格闘家の服装や普段着にフリルの着いた感じの簡素なものであった。

 会場のファンのボルテージが最高潮に達すると同時に試合開始の合図が鳴る。


「変なやつだな」


 そうバルトが呟くと同時に足下が爆発した。回避しようにも急な攻撃により虚を突かれたバルトには対処するのが困難であった。

 爆風の中を転げるように移動したが、多少のダメージを受けてしまった。

 油断した……。そう考えている間にも、今度ははピンク色の竜巻がゆっくりとこちらに迫ってきていた。周囲を見渡し建物の中へと飛び込もうとするが、実際の建物ではなくステージの一部であったため建物の入り口は開かない。

 そう、彼が最初に考えていた遠距離からの攻撃連打を今、まさに受けているのだった。


 しかし、その対処ができずそのまま竜巻の餌食となっているのならば、彼が冒険の旅での経験は無駄だっただろう。


「これがただの竜巻ならどうしようもないが、魔術や魔法の類いであるのならば……」


対処はできる。そう呟くと竜巻へと向かっていった。


「何をしようとしているの?」


 建物を移動しながらマリンちゃんは疑問に思った。自爆行為であるはずの行動を取られたからである。特殊な魔力で打ち消す?いや、そんな情報はない。以前の戦いで炎の魔法を上空に逃げてやり過ごすなんて戦術をとる必要はないはず。まさか、こちらに向かっている……可能性が高いが、今は魔力による気配遮断を行っている。そのためには時間稼ぎが必要である。そのために爆発魔法「ハート・ボム」と召喚魔法「ピンク・トルネード」を使用するのだ。今までの相手はこの二つと遠距離からの攻撃で倒すことができた。 

 今回もこれで大丈夫だろう。そう考え建物の影から覗く。しかし、対戦相手の姿は見えなかった。


「おかしいな、もう試合が終わったならアナウンスがあるはずなのに」


 そう独り言を呟いていたが、背後に気配を感じた。ありえない、でも気づかれていないはず……そう考えやり過ごそうとしたが


「隠れて攻撃するつもりだったみたいだが、かくれんぼは苦手みたいだな」


 その声を聞き、早く逃げようとしたが、何かが体にぶつかりそのまま吹き飛ばされてしまった。


 試合はお互いにダメージを与えることで開幕した。まだ始まったばかりだ。

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