第5話 戦い終わって……

 場は一瞬にして凍りついた。勝ったような雰囲気は一変して、敗色へと変わりつつあった。

 誰かが反応しようとしたが、その瞬間には空中へと投げ飛ばされていた。


「な、なんだよ……あの速さ!」


「着地してからすぐに攻撃してきやがった!」


 そう叫びながらも反撃しようとする。しかし眼にも止まらぬ速さでバルトの攻撃は挑戦者たちへと叩きこまれていく。ひとりまたひとりと脱落していき、最後の一人となった。


「ちくしょう……ここまでかよ」


挑戦者の悔しそうな声が聞こえてきたがそれを無視するように、冷酷に


「これでラストだ」


と、呟きながら挑戦者の体に拳を叩き込んだ。



 戻ってきたバルトに最初に投げかけられた言葉は、多人数を相手にしたことに対しての称賛の言葉ではなく、彼の助手である、ミドリからの小言であった。


「まったく……調子に乗って負けてしまえばよかったのに」


「勝ったからいいじゃないか」


「勝っても負けても苦情が入ってるから言ってるんですよ!」


 筐体から出てみると苦情の電話を相手にしていたらしく、その対戦が終わったタイミングという最悪の状況であった。

 どうも、自分のファイトスタイルは周りからは嫌われているらしかった。とはいえ、成人を過ぎて、アラサーである自分の体力としては平均より下だったのを無理やり平均値まで鍛え上げているため、相手を速攻で片付けるか、カウンターによる一撃必殺を仕掛けるしか勝ち目はなかった。

 その方法で、上位陣と張り合えるほどのランキングへと登り詰めていったが、当然、彼に負けて不満を持っている人間は何人もいた。

 ―わざわざ相手にするようなもんでもないだろう。と、いつもバルト……いや、事務所にいるときの「バルト」はそう思っているが、助手であるミドリはそのことが気にくわないようだった。

 ミドリは、下位ランクであった頃からの付き合いであり、自分から助手として働きたいと願い出てきた……いや押しかけてきたというのが正しいだろうか、とにかく古くからの付き合いであり、小言も多いがその数倍、よき理解者でもあった。こちらの世界には、あいつはいない。他の仲間も存在していない。そんな時に支えてくれた人物というだけではあるが、内心不安がよぎる時もあったが誰かがいるだけで気が休まるのだった。

 急に、頭が響くように痛んだ。最近よく起こるようになっていた。誰かが、自分のことを読んでいる……しかし、声の主がわからない。そんな気にもなっていたが、少しすると収まっていた。


「すまないが、少し休んでくる。その仕事が終わったら帰ってもいいから」


「いつもの頭痛ですか……。わかりました、ゆっくりと休んでください」


 その返事を受け、バルトはフラフラと自分の寝室へと入っていった。

 この体の元々の所有者であった……現在バルトと意識の融合が日を追う毎に進んでいる「カネダイサム」という男はなぜこんなにも部屋を片付けることができないんだろうかやあの助手はなぜ俺なんかをサポートしてくれるんだろう……など考えを巡らせながら横になった時ふと、あることに気付いた。


「今まで、ミドリには頭痛の話なんかしていないはずなのにあいつはなんで頭痛に悩まされているんだとわかったんだ……?」

 その疑問点を今も書類と格闘中である助手のミドリに尋ねようとした。しかし、先ほどの疲れはバルトの意識に反して、体をやや固い布団の上から動けないようにし、その行動しようとする意識を眠りの中へと沈ませていった。


「まったく……、まだ気づきやがらないのか」


 暗闇のなかで魔術師はひとり呻いた。この世界の真実に早く辿りつけなければ、間違いなく2つの魂が混ざりあって本来の人物ではなくなってしまうだろう。そうなれば、あの人を悲しませる結末になってしまう。それだけは避けたかった。

 調べたところ外への出口は見つからない。解決法はこちら側にしかないという意味なのだろう。間違いなく鍵になるのはあのアホ……バルトなのだが、勘づいているのにそれを無視しているような気がしていた。

 だいたい、図書館に訪れて本来はないはずのものに気がつかないなんてありえない……いや、もしかしたらそれも脱出するために必要な鍵なのかもしれない。しかし、考えを張り巡らしてみたがわからないことだらけであった。


「さて……どうすれば真実に向き合ってくれるかねぇ?」


 そう呟きながらも残っている作業へと戻った。目の前には多くの書類が山積みとなっていた。しばらく書類の整理や挑戦者たちからの依頼へと目を向けていった。ふと、ひとりの人物からの対戦依頼が目に飛び込んできた。依頼主の名はマリン・ランドゥ。現在のバルトのランクよりも上のランクに属している魔法使いだった。いや、魔法使いか疑問に思える人物であった。

 最初は自分よりも下の相手に依頼してくるなんて変わった相手だなと思うだけであった。しかし、ある部分を見た時に魔術師の中である考えが思いついたのだ。


「もしかしたら、この相手なら負かしてくれるかもしれない。いや、負かせなくても自身の置かれている状況に対して疑問を持ってくれればそれでいい」


 静かにそう呟くと試合の日程の調整をはじめた。しかし遅すぎてはいけない。遅くに試合を組んでしまうと、記憶が先に融合を終えてしまうかもしれない。できるだけ、早く調整しなくては感情が湧き出て、焦る気持ちを抑えながらゆっくりと日程の調整へと取りかかっていった。

 日程の調整を相手としているうちに日は傾き、調整を終えた頃にはすっかり暗くなっていた。


「まずいな、この体の人物が動ける時間が終わってしまうな……」


 帰り支度をしながら、この体の人物ならばどう言い訳するだろうか?

そう考えながら、部屋を出た。

 部屋のなかは朝と同じ沈黙が再び支配し、電池の変わった時計がただ静かに時を刻むだけだった。



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