第4話 この場所は闘技場

 挑戦者たちの攻撃を回避しながら、バルトは考えていた。

 ……もしも今の肉体ではなく、元の体であったらこのレベルの相手など余裕で勝負を決めることができるのだがなぁ、と。

 現在の肉体もバルトがいう弱々しいものらしいが、それは元のバルトという男を知らなければ贅沢な悩みだと思うことだろう。

 元々、バルトという男は×××地方にある闘技場の出身であった。いや、闘技場に育てられたというのが正しいかもしれない。その出自が奴隷であったために幼き頃に闘技場へと売られたのだ。……違法ではあったが。

 そのため、生き残るためには体が丈夫でないといけなかったのと、勇者として旅だった際も強くならなければならなかった。そのため、こちらの世界に辿り着いた時点では並の格闘家よりも筋肉質であった。

 しかし、仮想世界『IF』においてはその肉体とは別の肉体に魂を入れられることになっていたため体の感覚に未だに馴染めていないのであった。

 

 肉体を別のものを使用する理由として『IF』管理者たちへのインタビューを行った記録がある。内容は以下のものであった。


   【録音データの再生開始】


「様々な世界からこちらから呼ぶのに、公平なルールも無しに戦ってくださいなんて言うのも失礼な話だろう?」


「そうそう。だから、性別毎に年齢はランダムな肉体とここで生活をしていた記憶を渡すんだ。ある意味ではゲームへと参加できるかのふるい分けって訳さ」


「え、耐えたところで前の能力は使えないだろうだって?

ハハハ、その心配なら必要はないよ。ファイト用のステージに入ると少しだけだが能力……運動神経やら魔力なんかの一部を返すんだけど、それでも肉体によっては使いこなせなくなってしまうんだ」


ここで、管理者たちの笑い声が響く


「いやぁ、そんなに怒らないでくれよ。

あくまで基本能力の話さ。一部しか返さない代わりに一時的に持っていた能力……そうだな、魔法使いなんかなら最大魔法を3回まで放つことができるように設定してあるんだよ。その能力はゲーム参加前に本人に選んでもらったものを使えるようにするってシステムで……おいおい、まだ話は終わってないぞ」


     【再生終了】


 ただ、馴染めていないだけで戦いの勘におきる微妙なズレのようなものはしばらくするとなんとなくではあるが治っていた。


 ただロビン《あいつ》を助けるという使命感が一時的に焦らせてしまう。しかしこの場所がかつて自分が戦っていた闘技場と同じもの……似たようなルールで戦えることに喜びと共に冷静になることができた。

 今行っている試合もハンデキャップマッチを行っていた時と変わりはない。ただ対戦相手との差があまりないせいで本来のハンデキャップマッチが行えないことは少しだけ残念ではあったが。


「さて、遅刻したお詫びに10分だけこちらから攻撃はしないといったが、……まさか、最初に呆れて帰ったのを除けば大半が脱落するとは……。」


残った挑戦者を見ながらバルトは言った。


「しかも仲間割れをして……だ。勝手に人数が減るのは少し残念だな」


そう呟くと


「あんたが遅刻しなければこんなことにはなってねーよ!」


「何が協力して俺を倒せだ、馬鹿にしやがって!」


 残った挑戦者たちのやじがステージ内で響き渡った。


「確かに、遅刻したのは俺だ。本当にすまないとは思っているが、なにも攻撃はしない、逃げ回ってもいない相手に一撃……ほんの一撃も入れることのできないやつら相手にこちらが最初から本気でいっていたらどうなったんだろうな?」


 当然ながら、やじが止まる様子はなかった。30分もひとつの連絡も無しに、開口一番に言ったのが寝坊しました。ごめんなさい。その後のハンデをつけて戦うと言った際は先ほどバルトも言ったように、呆れて帰った一部を除けば大半が歓喜した。回避するわけがないという安心感があったり、楽にポイントが稼げるということを考えていたりした。……バルトの協力しながら戦えという意味を理解していたのは誰もいなかった。

 

 戦いはじめるとやれ、俺が先に倒すだの今俺の邪魔をしやがってと妨害合戦からそのまま撃破して、プレイヤーを脱落させていってしまった。

 もしも、『ファイト・ゲーム』が命がけのものだったら大量の脱落者は死体となって筐体の中や携帯機の前に増えていただろう。しかし、参加者が敗北しても勝ったとしても5時間の使用不可と敗北の場合のポイント減点という甘いルールがあるだけだった。

 勝てばポイントがゲットできるため連携してまず上級であるバルトを倒してその後で争えばよかったのに彼らは勝手に自爆していったのだった。

 流石に棒立ちとはいかないと思っていたが以外とありだったかもなぁ……そう思っていたタイミングで10分が過ぎてしまっていた。そして、現在に至る。


「さてと……そろそろ動くとするが、構わないな?」


 残った挑戦者の一部はこの言葉を聞き、身構える様子を見せたり剣を構え直していた。しかし一部はその言葉を聞いていなかった。

 次の瞬間にはひとりまたひとりと宙を舞っていた。いや、殴り飛ばされていった。


「今すぐ本気でいくわけにはいかないんでなぁ……まだ準備運動程度だがついてこれるか?」


 そう呟きながらひとりまたひとりと挑戦者へと向かっていく。振り下ろされた剣を受け止めながらそのまま投げ、また少しの隙間ができていれば通り抜けながら相手に拳を叩き込んでいった。


「…………よ、我に力を貸したまえ!極大火炎魔法 フルフレイム!!」


どこからか詠唱を行い火炎球がこちらに向かっていた。周りにいた人間はすぐに逃げ出した。バルトも回避しようとする。しかし火炎球は左右へと大きく翼を広げていった。


「……くそ、範囲魔法かよ」


 魔法の範囲に気付いた時には回避するための距離が足りなかった。


「やったか?」


「わからないけど、当たっただろ」


「さてと、ポイント争奪戦といこうぜ」


 挑戦者たちは口々に様々なことを言っていた。この世界では反則ギリギリな能力は一部使用が出来なくなっていた。皆が英雄としての能力は狭められていた。

 能力、肉体、経験の融合率が高いほどこのゲームは有利であった。それは上位になればなるほどその要素は運だけでないことを知っていた。

 どのようなタイミングで自身の能力が効果的であるかをわかるものほど上位へと昇格していった。


「まったく……この肉体の運動能力を平均値へと引き上げるだけで、一年間使ってしまったからなぁ、こんなところで負けることはできないんでな、ここからは少し能力を使用させてもらうぞ」


 その声に、周囲の空気が重く固まった。

 上空から男が、対戦相手であった人間が降ってきたのだから……。


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