第3話 序章の終わり、戦いのはじまり
バルトはロビンの様子に気がついていなかったことを後悔していた。ロビンにはこの目の前に存在するロビン=ガルシアの姿をした『アイ』という存在が見えていなかったのだ。そうなると、この場所のルール次第では残れるかはわからない。市民……観客として残してもらえるなら大助かりだが、戦いを拒否した場合に追い出そうとするような相手だ。自分だけを残して追い出そうとするかもしれない……。見えていないことに気がつかないでくれ……と内心で祈るしかなかった。
しかし、残酷なことに『アイ』は二人の様子の変化に気がついていた。そのことに気がついたのは、バルトにこの言葉をかけられた時であった。
「相棒の方……えーと、ロビンさんでしたか。もしかして、《私のことが見えてない》のですか?」
バルトはこの時の『アイ』の表情を忘れることはないだろう。あの勝ち誇った、邪悪な笑みを……。
「この場所には残念ながらあなたの居場所にはなることができないようです」
そう、『アイ』が告げると少しずつこちらに、まるで氷の上を滑るように近づいてきた。
バルトはロビンを守るためにも身構えようとした。しかし体が見えない紐で縛りあげられたかのように動かなかった。咄嗟に
「早く逃げろ、ロビン!!」
と叫ぶしかなかった。バルトは自身のこの状況が悔しくて仕方なかった。守るために戦うことができず、逃げろと叫ぶことしかできないことに。逃げ場などないとわかっているのに逃げるという選択肢を選ばせてしまったことに……。
しばらくは辺りを逃げ回っていたロビンだったが剣を抜き戦おうとした。しかし、剣を振り抜くよりも先に『アイ』に捕まってしまった。
「……追放しようかと思いましたが、気が変わりました」
『アイ』からバルトへと向けられたその表情は先ほどと同じ邪悪なものを感じとることができた。
「あなたにとってこれが大切なことはよくわかります。なので、人質にさせてもらいます。これであなたには拒否権と逃げ場の両方がなくなりましたね」
最初から逃げ場はなく選択肢もないことをわかっているはずであった。それなのに『アイ』は人質を取るという行動に出た。もしも、この時に冷静な判断のできる人物がひとりでもいればそのことを指摘しないにしても不審に思っただろう。人質にしなかったとしても既に拒否権や逃げ場がない……それはバルトも理解していたはずであった。しかし、ロビンが人質として捕らわれたことで冷静な考え方ができなくなっていた。
「ロビンを離せ!」
「それはできませんよ。もしも、手放してこの場所から脱出。その後飢え死にしたなんてことになったらこの世界に英雄を召喚した意味がなくなるじゃないですか」
お前がこの場所に呼んだのか……!そう言おうとしたが、今はそんなことを言っている時ではないことに気づいた。既に相手には有利を取られてしまっている。今さら喚いたとしても人質となったロビンを解放なんてことを今はしないだろう。しかし、ひとつだけ気になっていたことを尋ねてみることにした。
「……最後にひとつ聞いていいか?」
「どうぞ」
「なぜ、お前の姿はロビンと同じなんだ……?」
この質問がくることは前提としてあったのだろう。少しの間を置いた後、ゆっくりと口を開いた。
「私の名は『アイ』すなわち、あなた自身でもある。今あなたが見ている私の姿はあなたが好意を抱いている人物の姿です」
あぁ、そういうことだったのか……。と納得する一方で、ロビンに『アイ』の姿が見えないことを少し残念に思った。
もしも、こんな状況でさえなければロビンには誰に見えたのか聞いてみることもできたかもしれない。見えていないのはもしかしたら、好きな人が見えたことによる照れ隠しなのでは……なんてからかってみることも……。
いや、そんなことを考えたところでなんの意味もなかった。
「……ロビンに何かしたらお前を殺してやるからな」
バルトは威嚇するようにロビンそっくりな人物である『アイ』に言った。
「そんな手荒な真似をするつもりはないですよ、あなたがトップになれば」
「そうか、なら安心できる……か?」
そうやり取りをした後、バルトの足下が崩れていったような気がしたかと思うと、バルトは暗い闇の中へと落ちていった……。
目が覚めると、知らない部屋であった。いや、知っていた部屋だった。清潔感からはかけ離れた、汚れた部屋。床には本が積み重ねて置いてあった。壁にはびっしりと新聞の記事が張りつけられていた。
「また、あの時の夢か……」
そう呟くと彼はゆっくりと起き上がった。ここは、×××にある第3都市チュークのエリアAの3番地。そこの事務所が彼の住み処であった。
早く準備をしないと助手のやつにがみがみと言われるなと思いながら眠そうに準備をする。
コーヒーを飲みながら、ラジオの電源を入れる。いつもとあまり変わらない『ファイト・ゲーム』の勝敗や上位ランクになった新人がどうなるかの予想なんかを騒いでいた。
―こんな廃れた事務所にいる痩せた弱々しいやつが、今話していた上位ランクになった新人だなんて誰も思うわけないわな……としみじみとコーヒーを飲んでいると、勢いよく扉が開いた。
「まだ、ゆっくりしてるの?もう
「もう少し、待っててもらうようにいってくれないか?」
声の主は呆れたように言い返した。
「もう、ステージに行ってるんですよ。何時だと思ってるんですか?」
「まだ、午前8時だろ」
「もう、10時前ですよ!対戦時間は9時30分からに設定したのはどこの誰ですか!」
改めて壁掛けの時計を見直すと、針は8時から進んでいなかった。慌てて部屋の中にある大きな箱のような筐体の中に入った。
「それじゃあ、挑戦者との対戦といきますかぁ……いや、先に謝らないといかんな」
そう呟きながら、挑戦者の待つステージへと向かっていった。
20歳をほんの少しだけ過ぎていたバルトは現在では26歳をすぎた弱々しい男へと姿を変えていた。
ただ、男の心中にはたった一つの決意が燃え上がっていた。
必ず、あいつを救うという決意が……。
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