第2話

 アストルヒィア艦隊旗艦ミュゼルグード。

 クラルデン艦隊旗艦ポライアーゼ。


 2つの艦隊は渦巻銀河の辺境にて、その戦端を開いた。


 二つの勢力の艦艇の基本的な構造とその運用方策には、小さくない差がある。

 アストルヒィアの艦は、広大な宇宙領域において距離を置いて展開しながらも、それぞれの等級の艦艇が役割を担い、広くとる艦隊陣形を活かした遠距離戦を主体とし、それぞれの艦艇によって運用方法が異なる。

 対して帝政クラルデンの艦は、他勢力に比べて明らかに戦闘機能を突き詰めたような重火力・重装甲・高機動の艦艇が多く、その設計は突撃!前進!接舷!激突して当たり前!力でごり押しじゃ!というもの。何しろ駆逐艦の等級に当たるポラリス級疾航艦でさえ、その全長は300メートルに上る。アストルヒィアにおける駆逐艦であるα艦は190メートル。巡洋艦であるβ艦でさえ285メートル。いくらクラルデンの中核をなすトランテス人がデカいとはいえ、アストルヒィアに言わせれば艦体の巨大化は過剰すぎる。

 重武装と高火力、高い機動性を生かした突撃戦法を駆使するクラルデンの艦艇は、艦隊戦を想定する個艦性能においては高い水準を誇っている。

 それがほぼ同数。

 アウトレンジの砲撃戦ならばアストルヒィアの艦艇が優秀だが、クラルデンの艦艇はその距離を詰められる性能を持っている。

 それが互いに艦隊線を行うとなれば、自然と常道に則った戦闘はアストルヒィアが遠距離から砲撃を加え、それをクラルデンが詰めていくという攻防戦になる。

 距離が開いているうちが、アストルヒィアの艦隊は有利になる。


「撃方はじめ!」


 艦隊次席指揮官の号令により、アストルヒィアの艦艇が一斉に砲火を打ち鳴らす。

 鳴らすと言っても、宇宙空間なので音はない。

 しかし光学兵器は閃光を出す。

 距離を詰めんと迫り来るクラルデンの艦隊に対し、艦隊を後退させながらアストルヒィアは砲火を向ける。

 その閃光が、次々にクラルデンの艦艇の装甲に直撃をする。

 だが、それらは外れるか、もしくは直撃しようとも帝政クラルデンの艦艇の強固な前面装甲により弾かれるなどして、ほとんど損傷は出なかった。

 しかし、全くの無傷ということはない。

 ネスタメル準航艦やポラリス級疾航艦といった速さに重点を置く小柄な艦艇はそれなりのダメージを受けた様子で、δ艦の主砲である26ラング口径3連陽電子砲の直撃を受けたポラリス級疾航艦一隻が装甲を融解させ爆沈した。

 しかし、負傷した艦艇を無視して、我先にクラルデンの艦艇は接近してくる。

 この辺りはトランテス人の性質と言えばいいのか、戦場で果てるが軍人の誉れと言っており、基本的に味方が損傷しても救護することはせず、艦隊の損害が増えても戦闘を簡単にはやめようとしないのである。

 そのため、負傷者を増やして追い払うということは難しい。

 クラルデンの艦艇から、亜光速誘導弾が次々に発射される。

 光線兵器とはいえ、クラルデンの特徴的な回転砲座式のトイ・ロールガンは命中率に難がある。それを補うための回転砲座による連射性なのだが、やはり距離を詰めないと当たらない。

 よって、クラルデンのアウトレンジの攻撃手段は限られる。

 1つはこの亜光速誘導弾。亜高速というだけあり速いが、実体弾なので迎撃は難しくない。


「対空戦闘!」


 アストルヒィアの艦艇が放つ榴弾迫撃砲が、迫り来る高速誘導弾の進路を塞ぐ。

 それによりできた破片などの飛び交う煙の中に突っ込んだ亜光速誘導弾は、次々と迎撃されていく。

 全弾迎撃成功にアストルヒィアの艦隊は活気付くが、クラルデンの側もそんな手段では容易く迎撃されることは想定していた。

 その煙に乗じて、ポラス艦隊はもう1つのアウトレンジ攻撃の手段に出る。


「艦載機を飛ばせ! 奴らの頭上から奇襲を仕掛け、陣形を乱す。その艦に前衛を進め、乱戦に持ち込むのだ!」


 軍帥ポラスの命令により、クラルデンのトトリエ級攻航母艦から次々に艦載機が発艦していく。

 クラルデンの戦闘機はそのほとんどが無人機で、遠隔操作か戦闘パターンを組み込まれた人工知能による自動運転で動く。

 広大なるクラルデン大銀河を征服している帝政クラルデンの物量はアストルヒィアと互角という存在であり、無人機の使い捨てを大量に可能としている。

 そして、それらを元はアストルヒィアのものである次元転移を用いて直接敵艦隊の元に飛ばし攻撃を加えるというものである。

 これにより敵艦隊の陣形を乱し、一気に距離を詰めにかかる戦術。

 次々に次元転移をした艦載機群が、突如としてアストルヒィアの艦隊の上部に出現した。


「艦載機多数! 次元転移を行った模様!」


「距離を詰められるな! 艦隊の陣形を維持しろ! 対空戦闘始めぇ!!」


 対するアストルヒィアの艦隊も負けてはいない。

 次元転移の技術は、もともとアストルヒィアが持っているものである。その功績をどう生かすかというのを知り尽くす彼らは、クラルデンの飛ばしてきた艦載機がどうやって飛来したのか、そしてそれにより何を狙っているのかを即座に判断して迎撃に努める。


「こっちも無人の艦載機を下ろして、クラルデンの艦隊の正確な位置を測定して頂戴」


 ここでアミュレットからの指示が出る。

 それにアストルヒィアの兵員たちはすぐに動き出す。


「承りました、アミュレットちゃん。よし、無人機を飛ばせ!」


「ちょっと!?」


 さりげなく提督をちゃん付けで呼んだ次席指揮官は、何事もないかのようにテキパキと指示を飛ばしていく。


「突出する敵駆逐艦に対して集中砲火! δ–4、β–5は敵空母に対して遠距離砲撃をせよ!」


「砲角41度、1番主砲撃てぇ!」


 さらにミュゼルグードの砲雷長が1番主砲の陽電子砲を放つ。

 それは接近しようとしているクラルデンのユピリカ級攻航艦に飛んでいき、そのウィークポイントになる艦首プラズマ・カノン砲の砲身を撃ち抜き、機関まで達するほどに貫いてその巨体を撃沈させる。

 隣ではδ艦が主砲を放ち、それをクラルデンのトトリエ級攻航母艦の前に出てきたインデルシア級衛航艦のシールドピットの展開前に直撃させ、その艦体を撃沈させた。


「衛航艦付とは…厄介ですね」


 ミュゼルグードの艦長がぼやく。

 クラルデンの衛航艦は、文字どおり他の艦艇の盾となる無人艦である。

 巨体に似合わない機動性と、シールドピットによる防御は、こちらのロングレンジ攻撃をいともたやすく防ぐ。

 今の一隻は運良く貫けたが、既に敵艦隊の中枢にはシールドを展開されてしまった。


 そして、トイ・ロールガンの射程に入ったらしく、クラルデンの艦隊が次々に光線を乱射し始めた。

 まさに乱射。回転する砲塔による連射性を活かし、数打ち当たると言わんばかりに砲撃をばら撒くのである。

 その連射性はアストルヒィアの艦艇を凌駕し、何とか回避行動を試みようとしていたβ艦が被弾。次々に装甲を貫く攻撃に大破に追い込まれる。


「β–3被弾! 航行不能!」


「α–4を前衛に出してβ–3を援護! 搭乗員の救援を急がせろ!」


 すぐに次席指揮官が穴を埋めにかかる。

 駆逐艦を前衛に出し、航行不能に追い込まれた巡洋艦の救援を試みる。

 アストルヒィアの多段空母から艦載機が発艦し、大破した巡洋艦に向かう。


「敵を近づけるな! 2番主砲、砲角26度、射角53分! 目標、敵駆逐艦、撃てぇ!」


 すかさずミュゼルグードの艦長も主砲を接近してきた駆逐艦に向けて砲撃命令を出す。

 いかに強固な装甲を持つクラルデンの艦艇といえど、駆逐艦が弩級戦艦の主砲の直撃を食らえばただではすまない。

 艦体の装甲が大きくえぐり取られ、クラルデンの疾航艦が轟沈する。


「本艦上に敵機多数!」


 しかし、その直後にミュゼルグードの上部をピンポイントで狙ったクラルデンの艦載機が次元転移で飛来した。


「対空戦闘!」


「間に合いません!」


 すかさず艦長が指示を出すが、数が多く、突然の襲来に間に合わない。

 ミュゼルグードの上部装甲に次々と対艦ミサイルが直撃し、砲塔も幾つか被弾、環境にもダメージが入り大きな衝撃に内部が揺れる。


「落ち着いて! ミュゼルグードの装甲は対艦ミサイルくらいなら耐えられる!」


 混乱する指揮所の中、アミュレットが椅子につかまりながらも乗組員を落ち着かせようとする。

 η艦は弩級戦艦。その巨体と装甲は、そう簡単には撃沈できない。

 ウィークポイントがあるのも事実だが、艦橋がある艦の上部装甲や正面装甲は非常に頑丈に作られており、そこは環境と主砲が集中している上部のほうが弱いと見た奇襲攻撃の場所を見誤ったポラスのミスと言える場面だった。


「被害報告!」


 艦長も取り直し、すぐに艦の現状を調べさせる。

 艦載機は迎撃部隊が味方艦艇から出されているが、空母がある限り敵は何度でもこの奇襲攻撃を送れる。

 陣形が乱されたアストルヒィアの艦隊は突撃してくるクラルデンの艦隊に押され、駆逐艦が2隻と巡洋艦が1隻撃沈、巡洋艦1隻が中破し戦闘不能に追い込まれている。クラルデンの艦艇もカレテスロ級1隻を撃沈できたものの、戦況は押し込まれつつある。


 すぐにオペレーターを含めるクルーたちがミュゼルグードの被害を調べる。

 ミュゼルグードは2番主砲を大破されたものの、それ以外は健在。航宙機能にも支障はなければ、装甲にも大きな被害はなかった。


「2番主砲以外はすべて健在、まだまだいけます!」


 その報告にアミュレットは頷く。


「今の次元転移の逆探知はできる?」


 アミュレットはその隙をすかさず逆転の機会に使う。

 次元転移はアストルヒィアの技術。もちろんとばかりに、普段はアミュレットをいじり倒すが能力は高い戦術長がすぐさま解析を終える。


「座標確認!」


「よし、そこにガントレイド砲の転移機構の座標を合わせて!」


 すぐにアミュレットは次の指示を出す。

 しかし、ガントレイド砲はこの至近距離で使うのはあまりにも危険である。

 それに主砲の射程に入っているとはいえ、敵の空母には衛航艦が付いており狙撃は困難。

 それに戸惑う戦術長に、アミュレットが怒鳴る。


「急いで!」


「りょ、了解!」


 アミュレットは戸惑う他のクルーに次々と指示を出していく。


「砲雷長、3番主砲の射角を調整。転移システムに入るようにして」


「応よ!」


「機関長、転移システムだけを用いるから。ガントレイド砲間で打たないで、転移の方だけ起動して」


「了解であります!」


「索敵担当、警戒を怠らないで。もたもたしてると次が来ちゃうし、今はミュゼルグードを被弾させるわけにはいかないから」


「畏まりました!」


「α–7とδ–2はミュゼルグードの僚艦について。γ–1、艦載機を全部飛ばして接敵している敵艦を叩いて! ウィークポイントは、艦首のプラズマ・カノン砲だから、そこに集中攻撃!」


「「「イェッサー!!!」」」


「返事くらい統一しようよ!?」


 最後にアミュレットのツッコミで締められ、慌ただしくアストルヒィアの艦隊が動き出す。




 その様子を見ていたクラルデンの艦隊を指揮官、ポラス軍帥は目を細めた。


「何をするつもりか知らんが、旗艦を潰せばそれで片付く。雌雄を決する! ポライアーゼ、出陣!」


「「「ドッセーイ!」」」


 機動艦隊を残し、旗艦であるポライアーゼ率いる主力艦隊も前衛地続いて前進を開始する。



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